第43話 血液濃縮循環機と、虹魔石と、また世界
最近、自分は魔導具開発に夢中になっていた。
作るのが楽しい。完成するともっと楽しい。そして売れると最高に楽しい。
前世では会社員として長く働いていたが、自分で考えたものが評価される機会はほとんどなかった。上司の名前で成果が出ることもあったし、チームの結果として埋もれることも多かった。
だが今は違う。思いついた物を作り、それが誰かの役に立つ。その実感がある。それだけで不思議と嬉しかった。
そんなある日。自分は机の上に置かれた小瓶を見つめていた。中には以前作った【虹魔粉】が入っている。ステータスを一時的に向上させる謎の粉。売れ行きも悪くなかった。
しかし、一つだけ気になることがあった。
「これ……固めたら魔石にならないかな?」
ふと浮かんだ疑問だった。
魔石については図書館で色々調べている。一般的には魔獣の体内で生まれる結晶。魔素が長年蓄積し、心臓付近で結晶化したものだと言われている。だが資料によって説明は違った。血液中の魔素が沈殿したもの。老廃物の一種。胆石のようなもの。様々な説がある。
「つまり誰もよく分かってないんだよな」
これが結論だった。なら試せばいい。実験こそ発明の第一歩である。前世でも「やってみなければ分からない」が現場の鉄則だった。
★
まず仮説を立てる。魔獣の体内環境を再現できればいい。前世の知識で考えるなら、循環、濃縮、沈殿、結晶化。この辺りだろう。
魔獣の血液は食堂から分けてもらった。解体時に余るらしく無料だった。そして材料はもう一つ。虹魔粉。これを混ぜて長期間循環させればどうなるか。
数日間に渡って試作と改良を繰り返した結果――ついに完成した。
【血液濃縮循環機】 血液を循環させながら濃縮する装置。
「うん」
自分は完成品を眺める。
「見た目は完全に怪しいな」
透明な水槽。何本ものパイプ。魔力駆動式の攪拌機。濃縮ユニット。どこからどう見ても怪しい研究施設だった。六歳児の部屋に存在していい物ではない。
しかし性能は本物だ。魔獣の血液二十リットル。虹魔粉一キロ。全て投入する。
「よし」
後は待つだけだった。数日かかるだろう。そう思った自分は、そのまま装置の存在を綺麗さっぱり忘れた。
(研究者あるある)
前世でも仕込んだ実験を放置して別の作業に移ることはよくあった。
★
その頃、学園では金銭について学んでいた。
「貨幣制度は世界共通だ」
ロナルド先生が黒板へ文字を書いていく。銅貨。銀貨。金貨。魔法札。意外なほど分かりやすい。前世の通貨制度と大差ない。
ただ一つだけ驚いたことがある。
「高額取引は認証の指輪を使う」
つまり電子決済だ。魔法文明なのに電子マネーがある。しかも管理しているのは聖教会。実質的な世界政府である。
「便利だけど怖いな……」
前世の会社員時代を思い出す。税務署も顔負けの管理体制だ。脱税なんて不可能だろう。取引の全履歴が残る世界では、不正をするだけ損になる。
(つまり真っ当に稼ぐのが最善ということだ)
今の自分はたぶん真っ当な範囲だと思う。たぶん。
★
数日後。自分は部屋へ戻った瞬間、あることを思い出した。
「あっ」
嫌な予感がした。
「血液濃縮循環機!」
慌てて部屋の隅へ向かう。布が掛けられている。完全に忘れていた。
「どうなったかな……」
恐る恐る布を外す。
その瞬間。
「うわっ!?」
強烈な血の匂いが鼻を突いた。慌てて窓を開ける。換気。全力換気。
そして中を覗き込んだ。
「……え?」
水槽の底に何かある。
虹色。綺麗な結晶。直径五センチほど。普通の魔石とは明らかに違う。光の当て方によって色が変わる。赤にも青にも、金にも見える。
恐る恐る鑑定する。
【虹魔石】 全属性対応の低濃度【魔導石】
「……はい?」
新しい単語が出てきた。魔導石。聞いたことがない。図書館でも見た覚えがない。
だが全属性対応。その時点で普通じゃないことだけは分かる。むしろ危険な予感しかしなかった。
(魔導王の本に出てきた魔導具と関係があるのか?)
名前が似ている。偶然かもしれない。だが気になる。
★
翌日。自分は変装して街へ出ていた。帽子。眼鏡。印象阻害の銀ブレスレット。完璧である。たぶん。
そして魔石専門店へ入った。
「すみません」
「はい?」
「珍しい魔石を手に入れたんですが」
虹魔石を机へ置く。店員のお姉さんが何気なく手に取る。そして固まった。
「……え?」
一秒。二秒。三秒。動かない。
やがて慌てたように鑑定具を取り出した。確認。もう一度確認。さらに確認。完全に挙動不審だった。
「こ、これは……!」
(やばい)
自分の危険察知能力が警鐘を鳴らす。前世でも、まずい案件は最初の反応で分かった。この顔は完全にまずい顔だ。逃げる準備をしておこう。
「どこで手に入れたの!?」
やっぱり聞かれた。
「それを聞くなら帰ります」
「っ!?」
「出所は言えません」
営業マン時代の経験が役立つ。こういう時は強気だ。情報を売りたくなければ黙る。それだけだ。
すると店員さんは慌てた。
「分かった! 聞かない! だから売って!」
必死だった。何故そこまで。怖い。
★
結果。虹魔石一個。金貨十枚。即決。値切りなし。交渉なし。現金一括。
「売れた……」
帰り道。自分は呆然としていた。
元手はクズ魔石と廃棄予定の血液。ほぼゴミ。それが金貨十枚。普通の家庭なら数か月は暮らせる金額だ。
「もしかして……」
虹魔石って凄い物だったのでは?
そんな考えが頭をよぎる。
(でも全属性対応って言っても低濃度だし、そこまで凄くはないと思うけど)
自己評価は低いままだった。
結局、自分は首を傾げながら寮へ戻った。次の魔導具の設計図を書きながら、「今度は何を作ろうかな」とのんきに悩んでいた。
★
一方その頃。魔石店の奥では緊急会議が行われていた。
「確認は!?」
「間違いありません!」
「本物です!」
店員達の顔は青ざめている。店長は震える手で虹魔石を見つめた。
「魔導石……」
伝説級の存在。文献にしか残っていない幻の鉱石。それが今、目の前にある。
「急げ!」
店長が叫ぶ。
「王都へ連絡しろ!」
「大商会にもだ!」
「聖教会にも伝えるんだ!」
店内が慌ただしく動き始めた。
誰も気付いていない。いや、正確には一人だけ気付いていない。
虹魔石を作った本人だけが、自分が世界の常識をひっくり返したことを知らなかった。
こうして。一人の六歳児が作った小さな結晶は――王都、大商会、聖教会、そして世界中の研究者達へ、静かに、だが確実に波紋を広げ始めるのだった。




