第42話 粉魔石の発見と、虹魔粉と、また騒がせてしまった
チェスガン学園へ入学してからしばらく経った頃。自分は寮の自室で、ひとつの重大な発見をしていた。
机の上には細かく砕かれた魔石の粉末。そして鏡の前には――黒い全身タイツ姿の自分。しかも全身に埋め込まれた魔石が光を反射し、無駄にキラキラしている。
「……」
どう見ても不審者だった。夜道で遭遇したら全力で逃げる自信がある。
だが問題は見た目ではない。いや、本当は十分問題なのだが、今はもっと重要なことがあった。
ステータスである。
何気なく確認した時、自分は奇妙な状態異常を発見したのだ。
【状態:魔石吸引】
「……なんで?」
最初は目を疑った。風邪みたいな名前である。だが実際に身体能力や魔力が微妙に上昇している。
気になった自分は徹底的に検証した。そして判明した。
全身タイツに埋め込むため加工した魔石。その際に発生した粉末を吸い込む。すると短時間だけ能力値が上昇する。
「つまり……」
机の上の粉末を見る。
「粉魔石は食べ物だった?」
違う。たぶん違う。絶対違う。そう信じたい。だが結果だけ見ると否定できなかった。恐ろしい世界である。
さらに検証を続けると、属性効果まで強化されることも判明した。
「これ……商品になるんじゃないか?」
ふとそんな考えが浮かんだ。料理を売る方法もある。だが自分の料理は危険だ。以前のシュークリーム事件を思い出す。あれ以上目立つのは避けたい。ならば別の商品。目立たず、扱いやすく、利益も出る。
「粉だな」
口に出した瞬間、怪しさが爆発した。
「いや違う」
慌てて首を振る。
「魔導素材だ」
言い換えた。少しだけ健全になった気がする。
★
それから数日。試行錯誤を重ねた結果、ついに商品が完成した。
【虹魔粉】 ステータス微増 属性効果上昇 効果時間三時間
「虹ってなんだろう?」
作った本人もよく分からない。おそらく複数属性の魔石を混ぜた結果だろう。だが名前は格好良い。重要なのはそこだ。たぶん。
まずは市場調査をすることにした。
★
訪れたのは街の魔道具店だった。店内を歩きながら【鑑定】を発動する。
【回復ポーション小】【回復ポーション中】【強化ポーション小】【強化ポーション中】
「普通にあるんだなぁ」
ポーション文化はしっかり存在していた。さらに強化ポーションの説明を読む。効果は虹魔粉とほぼ同じ。
「なるほど」
値段を確認する。
「意外と安い」
食堂数回分程度だった。つまり虹魔粉もそのくらいが適正価格らしい。前世でも相場を知らずに商売をするのは失敗のもとだった。価格設定は最重要事項だ。
相場を把握したところで、次の目的へ移る。
「すみません」
「ん?」
「空き瓶ありますか?」
「あるぞ」
「五十本ください」
「……五十?」
店主のおじさんが目を丸くした。
「多くないか?」
「勉強用です」
「錬金術か?」
「そんな感じです」
おじさんは苦笑しながら瓶を用意してくれた。商売人は理由より数字で動く。五十本の売上の方が大事らしい。その判断は正しいと思う。
★
その足で露店街へ向かう。目的地はもちろん、いつものクズ魔石屋だ。
「また来たか坊主!」
店主のおじさんが笑う。
「クズ魔石ください!」
「またか!?」
「大量に!」
「だから何に使うんだよ!」
「企業秘密です!」
「子供が企業秘密とか言うな!」
そんなやり取りをしながら、今回も大量購入した。おじさんは最後まで首を傾げていたが、自分は満足だった。毎回来るたびに少しずつ値引きしてくれるようになっている。これが継続取引の効果だ。
★
さらに数日後。再び露店広場。今回の商品は虹魔粉のみ。看板には大きくこう書いてある。
【返品不可】
完璧だった。これで安心。たぶん。
開店から二十分ほど経った頃。
「あの少年!」
聞き覚えのある声が響いた。顔を上げる。そこには見覚えのあるダンディー執事が立っていた。以前シュークリームを大量購入していった人物である。今日も全力でダンディーだった。
「君は以前、シュークリームを販売していた少年ではないかな!?」
「違います」
即答だった。反射だった。
「そうか……」
執事はその場に膝をついた。凄く落ち込んでいる。
「若様が毎日シュークリームを要求されるのだ……」
「それは大変ですね」
「私は探し続けている……」
「頑張ってください」
他人事なので応援だけしておいた。少しだけ可哀想だったので、明日あたりまた作ろうかなと思う。
(でも印象阻害のブレスレットを付けているのになぜ気付くんだろう……)
執事の観察眼が鋭すぎる。長年の奉公で培われた何かが、印象阻害を突破しているらしい。恐ろしい話だった。
★
「坊主」
次にやって来たのは以前ネックレスを買ってくれた冒険者だった。
「この虹魔粉って本当に効果あるのか?」
「あるらしいですよ」
「らしい?」
「代理販売なので」
自分は平然と嘘をついた。製作者本人だけど。
「試していいか?」
「どうぞ」
冒険者はその場で購入し、迷わず使用する。しばらく身体を動かした後――。
「おおっ!」
目を見開いた。
「どうでした?」
「マジで強くなってるぞ!」
どうやら成功らしい。
「保存期間は?」
「二年くらいです」
「二年!?」
冒険者が叫んだ。
「そんなに驚くことですか?」
「坊主……普通の強化ポーションは一週間も保たねえんだぞ?」
「えっ」
知らなかった。前世の保存技術の感覚が染み付きすぎていたらしい。
「長距離遠征じゃ保存期間が重要なんだ」
「なるほど」
勉強になった。ポーションの保存期間は短い。だから遠征中に補給できない状況では使えない。つまり保存期間が長い強化薬は、それだけで希少価値があるということだ。
すると冒険者は腕を組み、真剣な顔で考え始める。数秒後。
「よし」
決断したように頷いた。
「全部くれ」
「全部?」
「ああ」
「本当に?」
「全部だ!」
まさかの全品買い占めだった。大量の瓶が次々と売れていく。
「ありがとうございます!」
「いや、こっちが礼を言いたいくらいだ」
冒険者は苦笑する。
「この街の露店はどうなってるんだ?」
「え?」
「前は高性能ネックレスが売ってたし、今度は長期保存可能な強化薬だ。掘り出し物だらけじゃねえか」
自分にはよく分からなかった。ネックレスも虹魔粉も普通だと思う。この街の人達は少し大げさなのかもしれない。
★
露店を片付けた自分は、売上金を数えながら寮へ向かっていた。
「よし」
資金が増えた。クズ魔石が買える。工具も買える。研究費も増える。完璧だった。
次は何を作ろうか。失敗作でも結果的に売れているなら、もっと本気で設計した物を作ったらどうなるのか。少し試してみたい。
(でも目立ちすぎるのは困るんだよな……)
難しいバランスだった。
その頃――冒険者ギルドでは。
「保存期間二年の強化薬だと!?」
「嘘だろ!?」
「どこの錬金術師だ!?」
大騒ぎになっていた。
さらに騎士団でも。
「長期保存可能な強化薬?」
「報告は事実です」
「製作者は?」
「不明です」
「探せ」
調査命令が飛んでいた。
だが本人は全く知らない。売上金を抱えながら、次はどんな失敗作を作ろうかと考えている。
本人だけが、自分の価値を過小評価していたのである。




