第41話 授業開始と、処理落ちと、秘密の全身
チェスガン学園へ入学して数日。今日から本格的な授業が始まった。
教壇の前に立ったロナルド先生は、教室をぐるりと見渡しながら腕を組んだ。その姿は教師というより現役冒険者だ。筋肉の圧が凄い。
「今日から本格的に授業を進めていく」
低くよく通る声が教室に響く。
「だが、その前にひとつ覚えておいてほしいことがある」
先生は生徒一人ひとりへ視線を向けた。
「この世界では、生まれ持った才能だけじゃない。【職種】や【スキル】によって得意不得意が大きく変わる」
教室が静かになる。
「だから成績が良い悪いだけで落ち込む必要はない」
その言葉に何人かがほっとした顔を見せた。
「一年生のうちは結果よりも、自分の職種やスキルを理解することを優先しろ」
そして少し笑う。
「努力している姿勢も、ちゃんと評価するからな」
「「はい!」」
元気な返事が教室に響いた。
自分も一緒に返事をしながら、なるほどと思う。前世の学校より遥かに個人差が大きい世界だ。職種次第で得意分野がまるで違う。だからこそ、自分自身を理解することが重要なのだろう。
「よし。それじゃあ最初は文字の練習からだ」
先生が教材を配り始めた。
★
生徒たちは一斉に文字を書き始める。自分もペンを走らせた。
読み書きそのものは問題ない。前世の知識があるおかげで、この年齢としてはかなり有利だ。とはいえ、この世界の文字を綺麗に書けるかと言われると別問題だった。
(やっぱり書き慣れないな)
前世で何十年も日本語を書いていた感覚は簡単には消えない。筆圧が違う。字のクセが違う。それでも練習は役に立つ。
そんなことを考えながら周囲を見回す。
「ぐぬぬぬぬ……」
案の定だった。ブラットが文字と格闘している。完全に敵と戦う顔だった。隣ではアランも似たような表情をしている。二人とも眉間に深い皺が寄っていた。
(やっぱり前衛職は勉強苦手なのかな)
ブラットは戦士系。アランはブレイカー。どちらも脳筋寄りである。
一方で、スラスラ書き進めている人物もいた。クライブだ。商人らしく数字や文字への抵抗が全く無い。むしろ楽しそうですらある。
(職種って思考傾向にも影響してるのかもな)
もしそうなら面白い。ブラットの将来は少し心配だ。いや、かなり心配かもしれない。本人は全く気にしていないだろうけど。
★
授業は順調に進み、気付けば終了時間になっていた。
「よし! みんなよく頑張ったな!」
ロナルド先生が満足そうに頷く。
「特にレイとクライブは優秀だったぞ」
クラスの視線が少し集まる。少しだけ気まずい。
「他のみんなも一年生としては十分だ。この調子で頑張れ」
褒められるのは嬉しい。だけど自分は別に天才じゃない。前世の経験があるだけだ。
本当に問題なのは別の部分だった。戦闘である。
★
先日の模擬戦を思い出す。相手はエレナ。結果は――また負けた。しかも結構な完敗だった。
(なんで勝てないんだろうなぁ……)
自分は普通の六歳じゃない。複数の魔法を同時展開できる。
【ボール】【シールド】【ハンド】
それらを並行して動かせる。普通なら十分強いはずだ。
だが実際は違った。
敵を見る。ボールを操作する。シールドを維持する。ハンドを動かす。魔力を管理する。状況を分析する。全部を同時に処理しようとすると――頭が追いつかない。
(完全に処理落ちしてるんだよな)
パソコンならスペック不足。前世ならそう表現する。そしてエレナは平然と突破してくる。しかも笑顔で。
(あいつ絶対チートだろ……)
才能の暴力である。
★
授業終了後。自分は寮へ戻っていた。部屋へ入り、椅子へ座る。そして机に向かって考え込んだ。
目的はひとつ。思考力を鍛える魔導具の開発だ。
「うーん……」
前世の記憶を掘り返していく。脳トレ。マルチタスク。認知能力。情報処理。共感覚。
昔、会社の上司に大量の本を読まされたことがあった。当時は「こんなの仕事に役立つのか?」と思っていた。だが異世界では意外な形で役立っている。
「共感覚か……」
自分は小さく呟いた。音に色を感じる。数字に色が見える。複数の感覚が同時に結び付く現象。もし魔力情報を別の感覚として処理できれば、脳の負担を分散できるかもしれない。
(理論上はいけるはずなんだよな)
そこから試作が始まった。
失敗。改良。失敗。改良。さらに改良。気付けば数時間が経過していた。
そして――。
「完成した」
机の上に置かれた完成品を見る。しばらく沈黙した。
「……なんでこうなった?」
自分でも分からない。
鑑定する。
【疑似共感覚体験全身タイツ】 装着時、疑似的に共感覚を体験できる。
「性能じゃないんだよ」
問題は見た目だった。真っ黒な全身タイツ。さらに大量の魔石を埋め込んだ結果、無駄にキラキラしている。本当に無駄に。凄くキラキラしている。
「完全に不審者じゃん……」
誰かに見られたら終わる。学園生活終了のお知らせである。
しかし性能は本物だった。魔導を扱える者限定ではあるが、複数属性の感覚情報を別感覚へ変換する。思考訓練には最適だ。
問題は。
着る勇気があるかどうかだけだった。
★
「……強くなるためだ」
覚悟を決める。そして装着した。
数秒後。
「うおおおおおお!?」
世界が変わった。
雷属性が青い音になる。風属性が緑色の流れになる。光属性が鈴の音みたいに聞こえる。土属性は重い振動。水属性は冷たい旋律。
無数の情報が一気に押し寄せた。
「な、なんだこれ!?」
脳が忙しい。だが面白い。凄く面白い。
今まで一つずつ処理していた情報が、別々の感覚として流れ込んでくる。複数の魔法を同時制御する感覚に近い。視覚、聴覚、触覚が全部同時に動いている。前世では絶対に体験できなかった感覚だった。
「これ……慣れたら凄いかも」
頭が熱い。けれど確かな手応えがあった。処理能力そのものを鍛えられる。エレナに勝つための道筋が少し見えた気がした。
★
しばらく訓練した後。ふと鏡を見る。
「……」
黒い全身タイツ。全身キラキラ。頭だけレイ。
どう見ても怪しい。圧倒的に怪しい。この世界で出会った怪しい人物ランキングがあるとしたら、上位に入る自信がある。
「……強くなる道って時々おかしいよね」
誰にも聞かれない部屋の中で、自分は小さく呟いた。
そして心に固く誓う。
(これは絶対に誰にも見られないようにしよう)
ブラットに見られたら一生笑われる。エレナに見られたら確実に大爆笑される。コーデリアさんに見られたら説明に困る。シンシアさんに見られたら無言で距離を置かれるかもしれない。
だから秘密だ。これは自分だけの秘密。
学園生活を守るためにも。この全身タイツの存在だけは、墓場まで持っていこうと決意するのだった。




