第40話 修練所と、精霊の話と、エレナが消えた
初日の授業が終わり、自分たちはいつものように修練所へ向かおうとしていた。
「レイさん!」
背後から声を掛けられ、自分は振り返る。そこにはコーデリアさんとシンシアさんが立っていた。
コーデリアさんは少し緊張したような表情を浮かべながらも、勇気を出したように口を開く。
「もし良ければ、私たちもご一緒してもいいですか?」
「修練所に?」
「はい」
彼女は小さく頷いた。
「皆さん仲が良さそうでしたし、どんな訓練をしているのか興味があって……」
なるほど。確かに自己紹介の時、自分たちは幼なじみだと話していた。気になるのも当然かもしれない。
「僕は構わないよ」
「私も大丈夫にゃ」
「俺も問題ねぇぜ」
三人とも異論は無かった。こうして、自分たちは五人で修練所へ向かうことになった。
新しい仲間と歩く石畳は、来た時と少し違って見えた。
★
学園の石畳を歩きながら、自分は前から気になっていたことを聞いてみる。
「そういえばコーデリアさんの【精霊使い】ってどんな感じなの?」
その瞬間。コーデリアさんの表情がぱっと明るくなった。
「精霊魔法のお話ですか?」
「うん」
「でしたら――」
彼女は嬉しそうに頷いた。
「私は水の精霊と相性が良いんです」
「やっぱり精霊って本当にいるんだ」
「いますよ」
迷いのない即答だった。自分は少し驚く。
正直なところ、未だに実感が湧かないのだ。前世の感覚が残っているせいかもしれない。自分は空を見上げる。青空。流れる雲。どこにも精霊らしき姿は見えない。【鑑定の魔眼】でも見えないし、【魔力感知】にも反応しない。それなのに存在しているという。
「精霊って見えるの?」
「私には見えません」
「えっ?」
思わず声が漏れた。見えないのか。いるのに。
「見えないのに存在してるの?」
「はい」
「なんか凄いね……」
前世だったら完全にオカルト扱いだった。だがこの世界では事実らしい。見えないものが確かに存在する。それを当たり前として育ってきたコーデリアさんと、前世の常識を引きずっている自分の感覚は、きっとだいぶ違う。
★
「精霊使いは【魔力操作】もしないんです」
コーデリアさんは続ける。
「え?」
「私たちは精霊さんにお願いして魔法を使いますから」
「それ羨ましいな」
自分が素直に言うと、隣のブラットも頷いた。
「確かに羨ましいな」
「そう?」
「レイとエレナは簡単そうにやってるけど、普通は難しいんだぞ」
「そうなの?」
「そうだろ」
ブラットは呆れたように肩を竦めた。
「俺なんて未だに苦戦してる」
言われてみればそうかもしれない。自分は赤ちゃんの頃から練習していた。エレナは天才だ。基準がずれていた可能性は高い。
「でも欠点もあります」
コーデリアさんは少し困ったように笑った。
「集中できないと精霊さんが応えてくれないんです」
「あー……」
それは大変そうだ。戦闘中に集中を乱されたら何もできなくなる。近距離で突然斬りかかってくるブラットのような相手は天敵だろう。
「だから近距離戦は苦手ですね」
「なるほど」
やっぱり職種ごとに長所と短所がある。自分も似たようなものだ。魔導は扱えても、純粋な体力では幼なじみ二人に完敗している。
★
すると。今まで静かだったシンシアさんがぽつりと呟いた。
「昔は……精霊が見えた人もいた」
「え?」
全員の視線が集まる。シンシアさんは少しだけ俯きながら続けた。
「超古代文明」
聞き慣れない単語だった。
「超古代文明?」
「今より発達していた文明……らしい」
最後の部分だけ少し自信が無さそうだった。
コーデリアさんがくすりと笑う。
「シンシアは昔のお話が大好きなんです」
「そうなの?」
「うん」
シンシアさんが小さく頷く。
「遺跡とか……古代文明とか……」
「へぇ」
少し意外だった。静かな子だから本好きなのは分かる。でも冒険譚ではなく遺跡好きとは思わなかった。
「将来は遺跡を探したい」
その言葉だけは妙に力が入っていた。普段の小さな声なのに、強い意志が伝わってくる。
「夢があるね」
「うん」
シンシアさんは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。本当に少しだけだったけれど、それがかえって印象に残った。
(面白い子だな)
普段はほとんど喋らないのに、好きな話題になると芯が出る。前世でも、そういうタイプの人間は職場に何人かいた。無口な職人ほど、仕事になると人が変わる。そういう感じに似ていた。
★
そんな話をしているうちに修練所へ到着した。
「おぉ……」
コーデリアさんが感心したように声を漏らす。
広大な訓練施設。木剣を振る生徒。走り込みをする生徒。魔法を練習する生徒。あちこちから掛け声が聞こえてくる。熱気が凄い。
学園の生徒は思っていた以上に真面目だった。まだ入学初日なのに、誰もが目的を持って動いている。前世の体育の授業とは全然違う空気だ。
「それじゃ最初はレイとエレナな」
ブラットが木剣を肩に担ぎながら言った。
「今日こそ勝つ」
「無理にゃ」
「即答しないでよ」
エレナは楽しそうに笑う。耳も尻尾も機嫌良く揺れていた。
悔しいが、自分はまだ一度も勝てていない。六歳とは思えない身体能力なのだ。
★
コーデリアさんはそんな二人を見ながら少し驚いていた。
(仲が良いんですね……)
幼なじみだからというだけではない。自然体だ。遠慮が無い。信頼しているのが分かる。
そしてレイ。話しやすい。偉そうでもない。それなのに時々、大人みたいに落ち着いている。六歳とは思えないほど。
どこか不思議な子だった。だから少しだけ気になる。もっと話してみたいと思ってしまう。
(でも入学初日からこんなに話せるなんて思わなかった)
コーデリアさんは幼い頃から、初対面の人と打ち解けるのに時間がかかった。だからこそ今日は不思議だった。どうして自然に声を掛けられたのか、自分でも分からない。
あの懐かしい感覚が、背中を押してくれた気がした。
★
「それじゃ始めるにゃ」
エレナが木剣を構えた。自分も向かい合う。
深呼吸。集中。周囲の喧騒が遠ざかる。
ブラットがニヤリと笑った。
「さあ始まるぞ」
シンシアさんも静かに視線を向ける。コーデリアさんは少し緊張したように両手を握った。
そして――。
「始め!」
ブラットの合図と同時に。
エレナの姿が消えたように見えた。
「えっ!?」
コーデリアさんが思わず声を上げる。
だが。それはまだ序章に過ぎなかった。
自分たちの本気の訓練は、ここから始まるのだった。




