第39話 入学式と、コーデリアと、始まりの予感
今日からチェスガン学園へ入学する。
朝早く目を覚ました自分は、新品の制服へ袖を通しながら小さく息を吐いた。窓の外は快晴。絶好の入学式日和だった。
(ついに始まるのか……)
転生して六年。ずっと憧れていた学園生活。魔法。友達。図書館。未知の知識。考えただけで少し胸が高鳴る。
制服は水色を基調としたブレザー型で、一部に濃い青色の装飾が入っていた。見た目はかなり上品だ。前世では長年サラリーマンをしていたせいか、こういう服装には妙な安心感がある。
制服の襟を整えていると、隣の部屋から出てきたブラットがこちらを見て目を丸くした。
「なんだかレイは学園の制服が似合ってるな……」
「そうかな?」
「うん」
ブラットは腕を組みながら真剣な顔で考える。
「なんか貴族の坊ちゃんみたいだ」
「それ褒めてる?」
「多分」
「絶対褒めてないよね?」
「そうか?」
本気で首を傾げている。悪気はなさそうだ。その様子に思わず苦笑する。
するとブラットは制服の肩をぐるぐる回し始めた。
「しかしこの服、動きにくいな」
「制服なんてそんなものだよ」
「肩の部分を切れば動きやすそうだな」
「駄目だからね!?」
「え?」
「え?じゃない!」
危うく入学初日に制服を破壊されるところだった。しかも本人は完全に本気である。
(恐ろしいな……)
ブラットの脳内には、服より戦闘効率が優先されているらしい。制服を自分仕様に改造して学園に怒られる未来が見えた。
★
朝食を済ませた後。自分とブラットは女子寮の前へ向かった。もちろんエレナとの待ち合わせである。
だが。到着してすぐに二人とも同じことを考えた。
「なあレイ」
「うん」
「エレナ起きてると思うか?」
「思わない」
「だよな」
満場一致だった。
エレナは猫獣人。そして致命的なまでに朝に弱い。モロットにいた頃はエリーさんが毎朝起こしていた。だが今は寮生活だ。誰も起こしてくれない。
「これは寝坊してるな」
「確実だね」
自分達が真剣な顔で頷いていると――。
「女子寮の前でどうされたんですか?」
不意に後ろから声がした。振り返る。そこには二人の少女が立っていた。
一人は透き通るような水色の長髪。もう一人は赤髪のボブカット。どちらも小柄で、まるで精巧な人形のように整った容姿をしている。
特に水色髪の少女を見た瞬間。胸の奥が僅かにざわついた。
(……なんだろう)
初対面のはずなのに。どこか懐かしい。そんな不思議な感覚だった。もちろん心当たりはない。
「実は友達が寝坊してるみたいで……」
事情を説明すると。
「大変じゃないですか!?」
水色髪の少女が慌てて声を上げた。
「私たち見てきます!」
「あ……私も行く……」
二人は返事を待たず女子寮へ駆け込んでいった。行動力が凄い。
「良い子達だな」
「だね」
自分達は感心しながら待つことにした。
★
数分後。
「寝過ぎたにゃああああーーー!!」
女子寮から絶叫が響いた。
そして勢いよく飛び出してきたエレナを見て、自分とブラットは同時に吹き出しそうになった。髪が爆発していた。完全な寝癖だ。
「エレナ、おはよう」
「おはようにゃ……」
本人は半分寝ている。
「髪すごいよ?」
「諦めるにゃ」
「諦めるんだ」
女子としてそれで良いのだろうか。少し疑問だったが、本人が気にしていないなら問題ないのかもしれない。
そんなことを考えているうちに時間が迫ってきた。
「急ごう!」
「にゃー!」
「走るぞ!」
こうして自分達は慌てて学園へ向かった。入学初日から走るとは思っていなかった。
★
学園の入口には巨大な掲示板が設置されていた。新入生達が群がっている。
「クラス表だ!」
「早く見ようぜ!」
自分達も人混みの中へ入った。そして。
「……あった」
レイ。ブラット。エレナ。三人ともAクラスだった。
「よし!」
「一緒だな!」
「やったにゃ!」
エレナの猫耳がぴょこぴょこ揺れる。どうやら本当に嬉しいらしい。
さらに確認すると――。先ほどの二人の名前もあった。同じAクラスだ。
すると水色髪の少女がこちらへやって来た。
「改めまして、私はコーデリアです」
柔らかな笑顔。近くで見ると本当に綺麗だった。
そして。やはり胸の奥が少しだけざわつく。不思議な感覚は消えない。
「僕はレイ。さっきはありがとう」
「いえ!」
コーデリアは嬉しそうに笑った。その笑顔を見た瞬間。なぜか心が少し温かくなる。
「なんだかレイさんとは初めて会った気がしないんですよね」
「え?」
「私も不思議なんです」
自分は思わず目を瞬かせた。実は自分も同じことを感じていたからだ。
「僕も少しそう思ったかも」
「本当ですか!?」
コーデリアの表情がぱっと明るくなる。まるでずっと探していたものを見つけたみたいに。
(本当に不思議だな……)
何なんだろう。この感覚は。
そして隣にいた赤髪の少女が小さく頭を下げた。
「私はシンシア……よろしく……」
「よろしく」
「……うん」
終了。会話終了。驚くほど短かった。シンシアはそれ以上何も言わない。完全に人見知りらしい。
(静かだなぁ……)
エレナと足して二で割ればちょうど良い気がする。
★
教室へ入ると既に数人が到着していた。そして間もなく、担任らしき人物が入ってくる。
筋肉だった。
教師ではなく筋肉だった。もちろん人間なのだが、第一印象が筋肉だった。肩幅が広い。腕が太い。胸板も厚い。どう見ても現役冒険者である。
「俺はロナルドだ!」
声も大きい。教室が震えた気がした。
「まずは全員自己紹介をしてもらう!」
こうして自己紹介大会が始まった。
Aクラスはかなり個性的だった。精霊使いのコーデリア。魔法師のシンシア。真面目そうなフェンサーのマーティナ。脳筋仲間になりそうなブレイカーのアラン。シーフのバリー。商人のクライブ。
そして――ホワイトナイトのブルーノ。
(うわぁ……)
眩しい。本当に眩しい。金髪。爽やかな笑顔。優しそうな雰囲気。後ろに光のエフェクトが見えそうだった。
(主人公みたいだな)
いや。主人公そのものかもしれない。少なくとも自分よりはずっと主人公っぽかった。
ブルーノは自己紹介の時、さりげなく弱者を助けてきたエピソードを話した。嫌味なく自然に。これが主人公力というものか。
(まあ自分はサポート役でいい)
むしろその方が平穏に生きられる。
★
自己紹介が終わるとロナルド先生が満足そうに頷く。
「二ヶ月後に運動会がある!」
いきなり運動会だった。
(異世界にもあるんだ……)
「成績には関係ないが記録は残る!」
「おおー!」
男子達が盛り上がる。ブラットなんて既に闘志を燃やしている。絶対優勝するつもりだ。
(力3の自分には辛い展開だな……)
そっと目を逸らした。
★
その後は学園見学になった。広大なグラウンド。巨大な体育館。図書館。修練所。魔法実験室。畑。薬草園。見れば見るほど設備が充実している。
(凄いな……)
正直かなり驚いた。図書館だけでも十分価値があるのに、それ以外も魅力的な施設ばかりだ。学園へ来て良かった。心からそう思えた。
そして初日の授業が終わる。
「修練所行くか!」
ブラットが元気よく言った。
「そうだね」
「私は見学するにゃ」
三人で向かおうとした、その時だった。
「レイさん!」
後ろから声がする。振り返る。そこにはコーデリアが立っていた。少し緊張している。だけど勇気を出したような表情だった。
「もしよかったら……」
その後ろには。なぜか帰らずに立っているシンシアもいた。
「一緒に学園を回りませんか?」
一瞬だけ驚く。だが悪い気はしなかった。
「もちろん」
そう答えると。コーデリアは本当に嬉しそうに笑った。まるで花が咲いたみたいな笑顔だった。
シンシアは少しだけ頷いた。それだけだったが、それで十分な気がした。
こうして。自分の学園生活は少しずつ賑やかになっていく。
まだ始まったばかりなのに。この先、何か面白いことが起こりそうな気がした。
(平穏に暮らしたいとは思っているんだけどな)
そんな予感を抱きながら、自分は新しい仲間達と歩き出すのだった。
この時のレイはまだ知らない。
コーデリアとの出会いが、自分の運命を大きく変えることになることを。そして無口なシンシアもまた、未来に深く関わる存在になることを。




