第38話 魔導王伝説と、数百年前の手紙
学園が休みの日。自分は朝食を食べ終えると、足早に学園図書館へ向かっていた。
目的は前回からずっと気になっていた本。
その名も――【魔導王伝説】
どう考えても胡散臭いタイトルだった。
「魔導王って……本当にそんな呼ばれ方してたのかな?」
思わず小さく呟く。それとも自称だろうか。だとしたら、かなり痛い人な気がする。
そんなことを考えながら本を手に取った。
ちなみに、この本は少し特別だった。著者名には堂々と――【魔導王本人】と書かれている。
さらに借りる時、司書さんから何度も念を押された。
「絶対に汚さないでくださいね」
「そんなに貴重なんですか?」
「原本ですから」
「えっ」
思わず聞き返してしまった。原本?本物?
すると司書さんは苦笑しながら説明してくれた。
「世界中の図書館に同じ本が置かれているんです」
「すごいですね」
「本人が大量印刷したそうですよ」
「……」
(なんだその迷惑な伝記作家)
思わず心の中でツッコんでしまった。
★
席へ座り、本を開く。そして――読み始めてすぐに夢中になった。
面白い。普通に面白い。内容はまるで前世のラノベだった。貧乏な少年時代。学園生活。美少女との出会い。冒険者活動。仲間との旅。ダンジョン攻略。世界各地の冒険。そして数々の伝説。
(いや、これ絶対盛ってるだろ)
とは思う。思うのだが面白い。文章も読みやすい。気付けば次々とページをめくっていた。
前世で読んでいたラノベと構成が似ている。もしかして過去の転生者が書いたのではないかという疑念が頭をよぎる。だが証拠はない。今は読み進めるだけだ。
★
しかし後半に入ると様子がおかしくなってきた。魔導王が覚醒したのだ。そこから先は完全に別世界だった。
両目に宿る特殊な魔眼。無限に等しい魔力。全属性適性。世界を解析する能力。規格外の魔導具作成能力。
そして――
【ストレージ】【転移】【時間停止】【次元斬】【奈落】【創世】
「いやいやいや」
思わず本を閉じそうになる。
「神様じゃん……」
どれだけ盛れば気が済むんだろう。むしろここまで来ると清々しかった。絶対に創作だ。そう思いたかった。
だが――。
(ストレージ……)
その単語だけが妙に引っ掛かる。自分も持っている。しかも、母さんの話では歴史上で確認されている使用者は魔導王だけだった。
偶然だろうか。少しだけ嫌な予感がした。
★
さらに読み進める。すると意外な展開になった。
魔導王は魔王へ戦いを挑んだらしい。一度だけではない。二度でもない。三度でもない。何度も。何度も。何百年もの間。代替わりする魔王へ挑み続けた。
そして――全敗。
「嘘でしょ……」
思わず声が漏れる。こんな化け物が勝てない相手って何だ。魔王様どれだけ強いんだよ。むしろ世界滅んでないのが不思議だった。
(全敗してるのに伝説になれるってことは、戦い続けた事実そのものが価値だったのかもしれない)
前世でも、負け続けながら諦めなかった人間が後世に残ることはあった。結果だけが歴史ではない。
★
そして最後のページへ到達した。そこで違和感に気付く。
「ん?」
文字が違う。今までの世界共通語ではない。見たこともない文字。なのに――読める。自然に読める。まるで文字が直接頭へ流れ込んでくるようだった。
次の瞬間。背筋が凍る。
【深淵の魔眼を持つ同胞へ】
「……え?」
心臓が跳ねた。ページを見つめる。文字は確かにそこにある。
【ここより先が本題である】
【それまでの内容は本を普及させるための餌だ】
「餌って言ったぞこの人……」
あれだけ長い伝記が前座だったらしい。衝撃の事実である。数百ページを何だと思っているんだ。
さらに読み進める。
【この文字が読めるなら、お前は魔導を扱える】
【魔導を扱うには深淵の魔眼が必要である】
自分は思わず周囲を見回した。誰もいない。静かな図書館。聞こえるのはページをめくる音だけ。だが心臓だけが激しく鳴っていた。
★
【魔導には全属性が存在する】
【その中に失われた属性がある】
【無属性】
【それは時属性である】
「――っ!」
思わず息を呑む。昨日読んだ本。無属性=時属性説。それを裏付ける内容だった。しかも書いているのは魔導王本人。信憑性は比較にならない。
(やっぱり……)
ストレージ。時間停止。そして魔導。全てが繋がり始めていた。
【時属性を極めろ】
【奴との戦いに必須となる】
「奴?」
続きを読もうとした。だが。そこから先が読めない。文字が消えている。まるで風化したように。あるいは最初から削り取られていたように。
【時属性は――が出来る】
【しかし万能ではない】
【使いすぎれば俺のように――になる】
「肝心なところが読めないんだけど!?」
心の中で叫ぶ。一番重要な部分だけ綺麗に消えていた。もどかしい。ものすごくもどかしい。
大事なことを伝えようとするなら、消えないように工夫するべきではないか。そう思いながらも、数百年前に書かれた文章がここまで残っているだけでも奇跡なのかもしれない、とも思う。
さらに続きがあった。
【俺の山へ来い】
【才能があれば――をやろう】
「だから何をくれるんだよ!」
思わず机に突っ伏しそうになる。説明不足にも程がある。魔導王。絶対に人へ説明するのが下手なタイプだ。世界中に本を配った行動力と、この説明の雑さが全くかみ合っていない。
★
そして最後。最も気になる一文が現れた。
【〇属性が存在する】
【神は敵ではない】
そこで一度文章が途切れる。そして――。
【だが――の神には近づくな】
そこで終わっていた。最後の文字は消えている。何の神なのか分からない。
ただ。その一文だけ妙に不気味だった。神は敵ではないと言いながら、特定の神には近づくなと言う。その矛盾が、逆に真実味を感じさせた。
(何かある)
根拠はない。だが前世でも、こういう不自然な警告には理由があった。
しばらく動けなかった。本を閉じる。頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「……なんなんだよ」
これは伝記じゃない。未来へ残された手紙だ。それも。深淵の魔眼を持つ者だけに向けた。遺言のようなもの。
そして自分は一つの事実に気付く。
自分の持つ能力。
【ストレージ】【時間停止】【魔導操作】【鑑定の魔眼】
どれも魔導王と共通している。偶然とは思えなかった。
「まさか……」
ジョブホッパー。魔導王。深淵の魔眼。全てがどこかで繋がっている。そんな気がした。
同時に、少し怖くもなった。自分は誰かの計画の上に乗せられているのだろうか。それとも単なる偶然の一致なのか。今の自分には判断できない。
★
図書館を出る頃には、一つの目標が決まっていた。
まずは――時属性を扱えるようになること。
話が本当なら、それは自分の未来を大きく変える力になる。そんな予感があった。
そして何より。知らないままでは気持ち悪い。魔導王が何を伝えようとしたのか。消えた文章の先に何があるのか。自分の目で確かめたくなった。
(まずは図書館で調べよう)
時属性。魔導王の山。深淵の魔眼。調べることは山ほどある。
自分は歩き出す。少しだけ高鳴る胸を押さえながら。まだ始まったばかりの学園生活の中で、新たな目標を見つけたのだった。
★
その頃――。誰もいない図書館の最奥。厳重な結界で守られた書架の中。閉じられた【魔導王伝説】が微かに光を放っていた。
まるで。数百年ぶりに現れた読者を歓迎するかのように。
あるいは――次の継承者を待ち続けていたかのように。




