第37話 初めての露店と、完売と、チェスガンが騒ぎ始める
チェスガンへ来てから数日。
今日の自分は、朝から少し緊張していた。
理由は簡単だ。初めて露店で商売をするからである。
場所はチェスガンでも有名な露店広場。冒険者や商人、一般市民まで多くの人が行き交う活気のある場所だ。昨日のうちに使用許可を取り、小さな露店スペースも借りておいた。
問題は――。
「本当に売れるかな……」
並べられた商品を見ながら、自分は小さく呟いた。
今回持ってきたのは四種類。
【お助けネックレス】 軽い切り傷を回復する。十回まで使用可能。
【電気カウンターの指輪】 攻撃を受けると微弱な電撃で反撃する。
【変身仮面】 二十秒だけ別人へ変身できる。
【至高のシュークリーム】 寮の簡易キッチンで作った試作品。
アクセサリーは一個一万コルト。シュークリームは五百コルト。値段設定はかなり悩んだ。性能を考えれば安い気もする。だが、自分には基準が分からない。
(まあ売れなくても経験だよね)
最初から大成功するとは思っていない。露店経営の勉強代だと思えばいい。そう気楽に考えていた。
印象阻害のブレスレットを装備してあるので、顔と存在感は薄れているはずだ。少なくとも後で「あの子供が作ったのか」とは特定されにくい。前世でいう覆面営業だ。
★
最初の客は大柄な冒険者だった。傷だらけの革鎧。腰には大剣。見るからにベテランである。
「坊主」
「はい?」
冒険者はネックレスを摘まみ上げた。
「これ、本当に傷が治るのか?」
「治りますよ」
「証明できるか?」
「できます」
自分は近くに置いてあった果物ナイフを手に取った。そして――指先を少しだけ切る。
「お、おい!?」
冒険者が慌てる。周囲の客もざわついた。
だが次の瞬間。首から下げたネックレスが淡く光る。傷口が閉じる。血が止まる。数秒後には跡すら残っていなかった。
「こんな感じです」
自分は笑顔で指を見せた。
冒険者は固まっていた。
「……」
「どうしました?」
「坊主」
「はい」
「全部くれ」
「え?」
「五個全部だ」
即決だった。
「ありがとうございます!」
自分は素直に喜んだ。
だが冒険者の内心は違う。
(回復薬より速ぇじゃねぇか……)
軽傷限定とはいえ、発動も早い。戦場で使えば仲間の生存率が大きく上がる。しかも値段は普通の回復薬と大差ない。どう考えても安すぎた。
(買い占めるべきか? いや、まず仲間に知らせるべきか)
冒険者は帰り道でずっと悩むことになるのだが、それはまだ知らない。
★
次にやって来たのは女性騎士だった。銀色の鎧を身に纏った美人である。
「この指輪の効果って本当?」
「試してみます?」
「お願い」
自分は指輪を装備する。
「じゃあ軽く触ってください」
「こう?」
騎士が手を伸ばした。
パチッ!
「ひゃっ!?」
騎士が驚いて飛び退く。周囲から笑い声が上がった。
「びっくりしました?」
「ええ……かなり」
だが騎士の表情はすぐ真剣になる。剣士同士の戦い。接触した瞬間に僅かな痺れが走る。それだけで勝敗が決まることもある。
(これ危なくない?)
騎士は真面目にそう思った。
「こちらも全部ください」
「毎度ありがとうございます!」
また売れた。思ったより売れる。ちょっと楽しくなってきた。
前世の現場でも、良い道具は口コミで広がった。この世界でも同じらしい。
★
しばらくすると今度は劇団員らしき男性がやって来た。興味津々で仮面を眺めている。
「坊や」
「はい」
「変身できるって本当?」
「本当ですよ」
「見せてくれないか?」
「いいですよ」
自分は仮面を被る。すると光が体を包み込んだ。次の瞬間、そこにいたのは別人だった。
「おおおっ!?」
劇団員が立ち上がる。周囲からも歓声が上がった。
「すごい!」
「本当に変わった!」
「魔法か!?」
注目が集まる。少し恥ずかしい。印象阻害のブレスレットを付けているとはいえ、これだけ騒ぎになると心臓に悪い。
二十秒後。元の姿へ戻る。
「どうです?」
「全部買う!」
「ありがとうございます!」
即決だった。演劇や大道芸で使えば大人気になる。劇団員は確信していた。
(変身仮面が一番平和な使われ方をした気がする)
自分はそう思いながら売上を確認した。順調だ。
★
そして最後。一人の少年がシュークリームを見つめていた。綺麗な金髪。高価そうな服。明らかに良い家の子だ。
「美味しいのか?」
「試食します?」
「食べる!」
だが隣にいた執事が慌てて止めた。
「若様、お待ちください」
「なんだよ」
「まず私が確認します」
執事はシュークリームを受け取った。一口食べる。
そして――固まった。
「……」
「じい?」
「若様」
「どうした?」
執事は真顔だった。
「全部買います」
「は?」
「全部です」
「じい!?」
少年が驚く。だが執事は本気だった。目が据わっている。
「これは見逃してはいけません」
「そんなに?」
「はい」
執事は断言した。今まで食べたどんな菓子より美味かった。しかも妙な幸福感が残る。長年の奉公で培った審美眼が、全力で警告を発している。
これは普通の菓子ではない。
危険なレベルである。
(素材の極みよ、シュークリームにまで手を出すな)
作った本人は全く気付いていなかった。
★
一時間後。露店の商品は全て完売していた。
「えぇ……」
自分が一番驚いていた。まさか全部売れるとは思わなかった。しかも想像以上の利益である。
(こんなに売れるんだ……)
素材の極みで作った物ばかりだ。自分としては試作品。下手をすると失敗作。その認識だった。だからこそ不思議だった。
まあ、お小遣い問題は解決しそうだ。それだけは確かだった。
(次はもう少し性能を上げてみようかな)
さっそく次回作を考え始める。もっと面白い物。もっと便利な物。色々作ってみたい。
そんなことばかり考えながら、自分は寮への帰り道を歩いていた。
★
その頃。冒険者ギルドでは小さな騒ぎになっていた。
「聞いたか?」
「ああ」
「回復アクセサリーが出たらしい」
「しかも安い」
「作ったのは誰だ?」
「六歳の子供らしい」
「……は?」
全員が同じ反応だった。
★
騎士団でも話題になっていた。
「自動反撃の魔道具?」
「確認済みです」
「性能は?」
「実戦投入可能です」
「製作者は?」
「六歳です」
「冗談だろ」
団長は頭を抱えた。
★
商人ギルドでも同様だった。
「変身アイテム?」
「劇団関係者が買い占めました」
「製作者は?」
「六歳です」
「六歳しかいないのかその街は」
担当者が真顔で呟いた。
★
様々な場所で同じ言葉が飛び交っていた。
正体不明の天才職人。謎の魔導具職人。奇跡の菓子職人。
様々な呼び名が生まれていた。
だが誰も知らない。その正体が学園へ入学したばかりの六歳児で、しかも平穏な学園生活を夢見る少年だということを。
そして数日後。
その噂は、ついにチェスガン学園の教師達の耳にも届くことになるのだった。




