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ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~  作者: フェアリーP
学園編 低学年

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第36話 村の聖女と、勇者の変貌【マリア視点】

【マリア視点】


 わたしは小さな農村で生まれた。


 豊かではない。だけど不幸でもない。朝は鶏の鳴き声で目を覚まし、お父さんとお母さんは畑へ向かう。わたしも手伝える年齢になってからは、一緒に畑仕事をするようになった。


 土の匂い。風の音。実った野菜を収穫する喜び。


 そんな毎日が好きだった。


 そして――わたしには幼なじみがいた。


 アーサー。同じ日に生まれた男の子。村で同年代はわたしたちだけだった。だから自然と一緒にいる時間が長くなった。川で魚を捕まえたり、森で木の実を探したり、一緒に怒られたり、一緒に笑ったり。いつも隣にいた。


 優しくて、少し変わっていて、だけど良い子だった。


 わたしはずっと思っていた。きっと大人になっても、この日々は続くのだろうと。


 だけど。その考えは、たった一日で壊れてしまった。





 その日は認証の日だった。六歳になる子供が【認証の指輪】を受け取る日。職種が決まる日。人生が決まる日。村中の大人たちが集会所へ集まっていた。


「大丈夫だよ」


 アーサーは笑った。


「職種なんて何でも生きていけるさ」


 そう言っていた。その時はまだ。本当にいつものアーサーだった。





 最初に呼ばれたのはわたしだった。震える手で指輪を受け取る。そして指にはめた瞬間。光が溢れた。


【職種・聖女を取得しました】


 一瞬。集会所が静まり返った。誰も声を出さない。


 やがて。


「聖女だと!?」


 聖教会の神官さんが叫んだ。周囲が大騒ぎになる。


「すごいぞ!」


「聖女様だ!」


「村から聖女が出た!」


 お父さんとお母さんは泣いていた。嬉し涙だった。


 でも。わたしは素直に喜べなかった。


 聖女は特別な存在。聖教会へ行くことになる。つまり村を離れる。アーサーとも離れる。


 それが少し寂しかった。否定できない喜びと、じわりと広がる寂しさが同時にあって、どちらが大きいのか自分でも分からなかった。





 そして次はアーサーの番だった。


 アーサーが前へ出る。いつも通りだった。本当に。その瞬間までは。


 指輪をはめた。光が溢れた。


 そして――。


「ふはははははははっ!!」


 突然。アーサーが高笑いした。


 集会所が静まり返る。わたしも固まった。


 だって。アーサーはそんな笑い方をしない。絶対にしない。六年間隣で育ってきて、一度だって聞いたことのない声だった。


「やっとだ!」


「やっと始まる!」


「長かったぜ!」


 アーサーは興奮したように叫ぶ。知らない言葉。知らない表情。知らない声。まるで別人だった。


「アーサー……?」


 恐る恐る声を掛ける。するとアーサーがこちらを見る。だけど。その瞳は。わたしの知っているアーサーではなかった。


「マリアか。なるほどな。こっちの記憶もちゃんと残ってるのか」


 意味が分からなかった。何を言っているのかも分からない。ただ。怖かった。


 昨日まで一緒に笑っていた人が、全然違う人の目をしている。そのことが、何よりも怖かった。





 そしてアーサーは両手を広げた。まるで舞台の役者のように。


「俺の職種は勇者だ!!」


 誇らしげに宣言する。誰も反応できなかった。


「勇者……?」


 村人たちが顔を見合わせる。聞いたことがない。少なくともこの村には知らない人しかいなかった。


 だけど。一人だけ、反応した人がいた。聖教会の神官だった。


 神官の顔から血の気が引いていた。青白い。震えている。まるで死神でも見たようだった。


「そんな……何故だ……何故この時代に……」


 神官は後退る。勇者を見て。怯えていた。


 その瞬間。わたしの背筋にも冷たいものが走った。


 勇者。本来なら英雄のはずだ。でも何故だろう。その言葉を聞いただけで胸がざわつく。近付いてはいけない。そんな気がした。




 その日の夜。お父さんに聞いてみた。


「勇者って何?」


 お父さんは難しい顔をした。


「本来なら救世主だ」


「本来なら?」


「昔はな」


 お父さんは静かに言う。


「今は違う」


 魔王がいる。聖人がいる。世界には既に守護者が存在する。勇者が必要だった時代は終わった。


 だから。今の時代に勇者が現れるということは――。


「世界が何かを間違えたのかもしれない」


 お父さんはそう呟いた。


 その言葉が妙に怖かった。ランプの火が小さく揺れていた。お父さんの顔が影になって、表情がよく見えなかった。それがまた怖かった。





 そしてアーサーは変わってしまった。本当に。別人のように。


「何でレベルが無いんだ! おかしいだろ! ゲームならあるはずだ!」


 意味不明な言葉を叫ぶ。


「何で誰も俺の言うことを聞かない! 俺は勇者だぞ!」


 大人に怒鳴る。


「村人なんだから言うこと聞けよ! イベント進まねぇじゃねぇか!」


 誰も理解できないことを言う。


 優しかったアーサーは居なくなった。わたしの知っているアーサーは。もうどこにも居なかった。


 毎日一緒にいたのに、知らない人になってしまった。それが悲しいのか、怖いのか、自分でもよく分からなかった。ただ胸の奥がずっとざわざわしていた。


 村人たちは口には出さなかった。だけどみんな同じことを考えていた。


「あれは悪魔憑きだ」


 誰かがそう呟いた。否定する人はいなかった。





 数日後。中央から迎えが来た。


 聖教会直属。世界最高位の存在。聖人。


 白銀の髪。美しい容姿。神話から出てきたような女性だった。落ち着いた空気を持っていて、それだけで村の人たちが静かになった。


 聖人様はまずわたしを見た。優しく微笑んだ。その笑顔は本物だと思った。


 そして次にアーサーを見る。


 一瞬だけ。本当に一瞬だけ。悲しそうな顔をした。その表情を、わたしは今も覚えている。


 そして静かに告げる。


「連れて行きます」


 たった一言。それだけで全てが決まった。


 アーサーは喜んでいた。


「やっと始まる! 異世界無双だ! 俺の伝説が始まる!」


 笑っていた。嬉しそうだった。夢を見ている子供のように。


 だけど。誰も笑わなかった。村人も、神官も、聖人様も。誰一人として。


 笑えなかった、という方が正しいかもしれない。





 わたしだけは最後まで願っていた。


 どうか。どうか戻ってほしい。前みたいに。一緒に川で遊んだ。一緒に笑った。あのアーサーに。


 だけど。馬車が村を去る最後の瞬間。アーサーはこちらを振り返り、こう叫んだ。


「待ってろ世界! 勇者アーサー様が救ってやる!」


 その姿を見て。わたしは初めて理解した。


 もう。あのアーサーは帰ってこないのだと。


 馬車が遠ざかっていく。砂埃が残る。風が吹いて、それも消えた。


 わたしはずっとその場に立っていた。





 後に。マリアは聖女として歴史に名を残し。アーサーは別の意味で世界中に名を知られることになる。


 だがそれは。まだもう少し先の話だった。

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