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ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~  作者: フェアリーP
乳児編

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第3.5話 魔力修行と、見えない父親

魔力らしきものを感じられるようになってから、自分の日課は完全に決まった。


起きる。授乳する。魔力を探す。眠る。起きる。また魔力を探す。


赤ん坊とは思えないほどストイックな生活である。


だが苦ではなかった。むしろ楽しい。前世では絶対に味わえなかった感覚だからだ。


異世界に来た。魔法があるかもしれない。そして自分は今、その入口に立っている。


そう考えるだけで、朝が楽しみになった。





魔力を感じられるようになってから数日後。


自分は新たな変化に気付いた。


(ん……?)


最初は気のせいだと思った。視界の端に何かが見えた気がしたのだ。だが確認しようとすると何もない。見間違いだろうと思った。


ところが翌日も見えた。さらに翌日も。何度も繰り返し見える。


(なんだこれ……?)


視界に漂う薄い靄。淡く光る霧のようなもの。目を凝らすと見える。意識しないと見えない。そんな不思議な存在だった。


最初は赤ん坊特有の視力の問題かと思った。前世の知識では、生まれたばかりの赤ん坊は視力が弱い。だから何か見間違えているのかもしれない。


しかし違った。


何日も観察しているうちに分かってきた。その霧には偏りがある。特に授乳中だ。母親の身体に触れている時だけ、その霧が濃く見えるのである。


(まさか……)


次の授乳の時、自分は目を凝らした。


すると母親の身体から淡い光が、糸を引くように流れてきた。いや、正確には光ではない。薄く輝く霧のようなものだ。それが自分の身体へ、ゆっくりと吸い込まれていく。


(これ、魔力じゃないか?)


そう考えた瞬間、全身に鳥肌が立った。


感覚だけではない。今度は視覚でも確認できたのだ。つまり自分は本当に魔力へ近付いている。確実に、一歩ずつ。


胸の奥が熱くなった。





それから自分の修行は、さらに本格化した。


母親から流れ込む霧を観察する。自分の身体の中を巡る暖かな流れを観察する。ひたすら観察する。そして少しずつ、理解していった。


魔力は血液とは違う。神経とも違う。もっと曖昧で、もっと自由で、まるで身体全体を循環するエネルギーのような存在だった。


(面白いな……)


前世の自分なら絶対に経験できない世界だ。毎日が新発見だった。毎日が実験だった。


そして何より――努力した分だけ成果が見える。それが嬉しかった。


資格勉強も嫌いではなかった。知識が増えるのは楽しかった。だが魔法は別格だった。なにしろ現実離れしている。ファンタジーそのものだ。前世で何十年も生きた人間が夢中になるには、十分過ぎた。





ある日、自分は思った。


(集められないかな?)


感じるだけではなく、動かしてみたい。操ってみたい。そう思うのは当然の流れだった。


自分は心臓付近にある暖かな流れへ意識を向けた。そして右手へ集めるイメージをする。川の水を一点へ絞り込むように。


失敗。途中で散った。


今度は左手。失敗。足先。失敗。何度やっても上手くいかない。


(難しいな……)


だが不思議と嫌にはならなかった。むしろ燃える。


前世の自分は負けず嫌いだった。資格試験も一度落ちたからこそ猛勉強した。現場仕事も出来なかったからこそ必死に覚えた。怒鳴られて、恥をかいて、それでもやめなかった。


今回も同じだ。


出来ないなら出来るまでやる。それだけだった。





数日後。


小さな変化が起きた。


右手へ魔力を集めようとした時だった。今まで途中で必ず散っていた流れが、一瞬だけ、指先まで届いたのだ。


(今だ!)


自分は興奮した。ほんの一瞬だった。だが確かに届いた。間違いない。


それからは成功率が少しずつ上がり始めた。一回、二回、三回。繰り返す度に感覚が研ぎ澄まされていく。


まるで自転車の練習みたいだった。最初は転ぶ。何度も転ぶ。だがある日突然乗れる。身体がコツを覚えるのだ。


今の状況はまさにそれだった。


(もう少しだ……)


そんな予感がしていた。


そして――その日は突然やって来た。





【魔力操作を習得しました】


頭の中へ、澄んだ声が響いた。


一瞬、思考が止まった。意味を理解した瞬間。


(やったあああああああああ!!)


心の中で絶叫した。


本当に習得した。本当にスキルになった。思わずベッドの上で暴れたくなる。もちろん赤ん坊なので大した動きは出来ない。手足をばたつかせる程度だ。


だが内心は大騒ぎだった。


努力が報われた。それが何より嬉しい。しかも魔法関連スキルだ。男のロマンである。


(最高かよ……)


異世界転生。魔法。スキル習得。前世で読んでいた小説の主人公みたいだ。


いや。今は自分が主人公なのだ。


そう考えると、笑いが止まらなかった。





魔力操作を覚えてからも修行は続いた。


なぜなら、これは終わりではないからだ。むしろ始まりだった。


操作が出来るようになったことで、魔力への理解はさらに深まった。今まで曖昧だった流れが少しずつ鮮明になる。霧のようだったものが輪郭を持ち始める。


そして数日後、再びその時が訪れた。


【魔力感知を習得しました】


(また来た!?)


自分は驚いた。そしてすぐに試してみる。


違いは一発で分かった。見える。感じる。分かる。今までぼんやりしていた魔力が、はっきりと認識できる。まるで解像度が一気に上がったような感覚だった。


(なるほど……)


スキルは万能ではない。取得した瞬間に全てが出来るわけではない。だが補助してくれる。理解を深めてくれる。努力を結果へ繋げやすくしてくれる。


つまり。


努力した者ほど強くなれる。そういう世界なのかもしれない。


(だったらやることは一つだな)


もっと鍛える。もっと覚える。もっと強くなる。


異世界を全力で楽しむために。




そんな充実した日々を送っていると、一つ気になることがあった。


父親らしき人物を、一度も見ていないのだ。


母親は毎日いる。抱っこしてくれる。授乳してくれる。優しく話しかけてくれる。その笑顔を見るたびに、心がじんわりと温かくなる。


だが父親がいない。


(仕事かな?)


農業か。商人か。兵士か。それとも冒険者だろうか。異世界らしく騎士という可能性もある。色々と想像してみる。


(まさか異世界でもブラック労働じゃないよな……?)


前世の記憶が、嫌な方向へ働く。


もしそうなら少し同情する。せっかく子供が生まれたのだ。家族との時間くらい大切にしてほしい。それが分からなかった頃の自分が言っても、説得力は無いかもしれないが。


まあ今の自分には知りようがない。言葉も分からない。歩けない。喋れない。出来ることは魔力操作くらいだ。


それでも――未来は明るかった。





魔法を覚える。世界を知る。家族を知る。仲間を作る。そしていつか冒険する。


前世では仕事に追われ続けた。休む間もなく走り続けて、気付いたら終わっていた。楽しむ余裕など、どこにもなかった。


だが今度は違う。


この人生は楽しむ。後悔しない。魔法も、冒険も、物作りも、全部だ。全部楽しみ尽くしてやる。


そう心に誓いながら、今日も魔力操作の練習を続けるのだった。





そして、この時の自分はまだ知らない。


もうすぐ初めて父親と出会うことになることを――。


その出会いが、自分の異世界生活を大きく動かす、最初のきっかけになるということを。

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