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ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~  作者: フェアリーP
乳児編

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第3話 魔力探しと、諦めない理由

異世界に来た。


その事実を理解してからというもの、自分の頭の中を占めている考えがあった。


魔法である。


ゲーム、漫画、アニメ、小説。前世で何度夢見たか分からない力。空を飛ぶ。炎を放つ。雷を落とす。傷を癒やす。そんな奇跡のような力が、この世界には存在するかもしれない。


いや、存在する可能性はかなり高い。


なぜなら、自分は見てしまったからだ。ステータスを。そしてそこには確かに書かれていた。


【魔力 8】


その二文字が。


(魔力って書いてあったよな……)


思い出すだけで胸が高鳴る。前世なら絶対にあり得ない言葉だった。少なくとも現代日本で魔力を保有している人間はいない。もし存在したら世界中のニュースになっている。


だが、この世界では違う。当たり前のように表示されていた。


つまり――。


(魔法がある。ほぼ確実に)


そう結論付けた瞬間だった。


強烈な眠気が、波のように押し寄せてきた。


(あっ……)


終わった。


赤ん坊の身体である。睡魔の前では理性も好奇心も何もない。まるで強制終了ボタンでも押されたかのように、意識が底へ沈んでいく。


(まだ色々試したいんだけどな……)


そう思いながらも、抗えない。重くなるまぶた。遠ざかる意識。


自分は眠りへ落ちていった。





次に目を覚ました時、自分は再びベッドの上にいた。


どれだけ眠ったのかは分からない。時計も無い。スマホも無い。そもそも赤ん坊に時間を知る術など存在しなかった。


だが一つだけ確かなことがある。


身体が、異様に軽い。


(すごいな……)


前世なら数時間寝た程度で疲労が消えることなどなかった。現場監督時代など特に酷かった。朝早くから現場へ向かい、夜遅くまで書類作成。帰宅して寝るだけの日が当たり前で、休日ですら資格の勉強。身体は常に、どこか重かった。


だが今は違う。


身体の隅々まで、エネルギーが満ちている。まるでゲームのHPが全回復したような感覚だった。


(赤ん坊って本当に寝るのが仕事なんだな……)


飲む。寝る。起きる。泣く。また飲む。


人生がそれの繰り返しである。前世の自分が見たら驚くだろう。残業三十時間越えで死にかけていた人間が、今は睡眠だけで完全回復している。


これはこれで悪くない生活だった。


しかし今は、それより気になることがあった。


授乳の時に感じた不思議な感覚だ。


暖かく、優しく、身体の奥へ染み込んでくる何か。あの感覚が、頭の片隅から離れない。


(あれが魔力だったんじゃないか……?)


そう思った瞬間、自分の中で何かが決まった。


魔法を覚えたい。


せっかく異世界に来たのだ。魔法が存在するなら使いたい。使える可能性があるなら挑戦したい。ステータスに魔力が表示されている以上、使えないはずがない。


(よし)


やることは決まった。魔力を探そう。


幸い赤ん坊には時間だけはある。仕事も無い。学校も無い。締め切りも無い。前世では夢のような環境だった。


修行し放題である。





自分は静かに意識を身体の内側へ向けた。


授乳の時の感覚を思い出す。暖かな力。身体へ流れ込んでくる何か。


最初は胃に入ったのかと思った。だが違う気がする。もっと全身へ広がっていた。もっと自然に、身体へ溶け込んでいた。


集中する。ひたすら集中する。


だが何も分からない。


(難しいな……)


当然だった。


血液の流れですら普段は感じない。心臓が動いていることも意識しない。そんな人間が突然、魔力とやらを探そうとしているのだ。簡単なはずがない。


それでも諦める気は無かった。


前世でもそうだった。


資格勉強も施工管理も、最初から出来たことなど一つもない。図面を初めて見た時など意味不明だった。何が描いてあるのか分からない。どこを見れば良いのかも分からない。先輩に質問しても「見てれば分かる」の一言で終わる。


だが毎日見続けた。毎日勉強した。


その結果、いつの間にか当たり前のように理解出来るようになっていた。


積み重ねは、裏切らない。


(だったら今回も同じだ)


続ければ分かる。そう信じて自分は集中を続けた。





授乳。睡眠。授乳。睡眠。


赤ん坊生活を送りながら、自分は毎日魔力探しを続けた。


呼吸を意識してみたり。身体全体を隅々まで観察してみたり。瞑想のようなことをしてみたり。前世でゲームの攻略を調べていた時のように、思いつく限りのことを全部試した。


しかし成果は出ない。


(うーん……)


焦りは無かった。だが少しずつ、不安が忍び込んでくる。


本当に魔力など存在するのだろうか。授乳の時の感覚は気のせいだったのではないか。ステータスに表示されていたのも、夢か幻だったのではないか。


そんな考えまで浮かび始めた頃だった。


(……あれ?)


微かな違和感を覚えた。


心臓の辺りだ。そこに何かがある。


暖かい。小さな火種のような感覚。脈打つたびに、じんわりと広がっていく。


最初は気のせいかと思った。だが違う。確かに存在している。ずっとそこにあったのに、気付かなかっただけだ。


(見つけた……?)


胸が大きく高鳴る。


自分は慎重に、慎重に意識を向け続けた。するとその暖かな流れが、少しずつ鮮明になっていく。


心臓から腕へ。腕から指先へ。背中を伝って足の先まで。全身を巡る川のような感覚。


(これだ……!)


確信した。


今まで感じたことのない何か。血液とも神経とも違う、もっと根源的な力。これこそが魔力だ。


自分は興奮を抑えられなかった。


異世界に来て初めて。自分の努力が、確かな成果になった瞬間だった。





見つけた。ならば次だ。


自分はその流れを、指先へ集めるイメージをした。川の水を一点へ絞り込むように。霧散している力を手の平へ寄せ集めるように。


だが――。


失敗した。


途中で散る。まとまらない。霧のように消えてしまう。


(くっ……)


悔しい。


手の平を見る。当然何も起きていない。ただの赤ん坊の手だ。


だが同時に、妙な高揚感もあった。


何も分からなかった頃とは違う。確実に前進している。その実感があった。


出来なかったことが少しずつ出来るようになる。前世でも好きだった感覚だ。


図面が読めるようになった時。初めて現場を一人で回せた時。資格試験に合格した時。あの小さな達成感の積み重ねが、仕事の辛さの中で自分を支えていた。


今も変わらない。


(もっとだ……)


もっと感じたい。もっと操りたい。もっとうまくなりたい。


そんな欲求が胸の奥から、静かに、でも確実に湧き上がってくる。


異世界へ来た実感が、ようやく形になり始めていた。





自分は今日も魔力へ意識を向け続ける。


指先へ集めることはまだ出来ない。制御するなんて夢のまた夢だ。だがそれで良かった。


前世でも最初から出来たことなど何一つ無かった。積み重ねが、いつかちゃんと力になった。


ならば今回だって同じだ。


赤ん坊の今は、むしろ好都合かもしれない。身体が小さい分、意識を向けやすい。時間も無限にある。焦る必要など、どこにもなかった。


(絶対に使えるようになる)


その先にある未来を夢見ながら。


レイの、長くて楽しい修行の日々が始まろうとしていた。

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