第33.2話 服屋の地獄と、可愛い系の悩みと、夕焼けのチェスガン
雑貨屋を出た瞬間だった。
「次は服屋にゃ!」
エレナが高らかに宣言した。
嫌な予感しかしない。
「いや、もう結構歩いたし……」
「却下にゃ」
「レイ、まだお昼過ぎだぜ?」
ブラットまで裏切った。どうやら自分達に拒否権は存在しないらしい。
★
エレナに連行される形で向かった先は、大通り沿いにある大きな服屋だった。店の前には色鮮やかな服が並んでいる。モロットでは見たこともない品揃えだ。
「おお……」
「すごいにゃ……!」
エレナの目が完全に輝いていた。まるで宝箱を見つけた冒険者である。武器屋でのブラットと同じ顔だった。人は好きな物の前では同じ顔をするらしい。
「好きなだけ見ていいにゃ?」
「店だから別に止められないと思うよ」
「やったにゃー!」
猫耳がぴこぴこ動き始めた。
★
そして。地獄が始まった。
「これどうにゃ?」
エレナが試着室から出てくる。白いワンピースだった。
「似合うと思うよ」
「うん」
「本当かにゃ?」
「本当だよ」
「じゃあ次にゃ!」
試着室へ戻る。五分後。
「これはどうにゃ?」
今度は青い服だった。
「似合う」
「似合うな」
「ふふん♪」
また戻る。さらに五分後。
「こっちはどうにゃ!?」
今度は赤い服。
「似合う」
「似合うな」
「やっぱりそう思うにゃ?」
正直、全部似合っていた。エレナは顔が良い上に猫耳という強力な加点要素がある。何を着ても様になるのだ。それが余計に選択を長引かせていた。
★
三十分後。
「……」
「……」
自分とブラットは無言だった。疲れた。まだ買っていない。選んでいる最中である。エレナだけが元気だった。
「次いくにゃ!」
どうしてそんな体力があるのだろう。服を見るだけで。
(これが女子の体力か……)
前世でも彼女の買い物に付き合って疲弊した男性の話は何度も聞いた。だが体験するとここまでとは思わなかった。ブラットが持つどんな体力も、これには勝てないらしい。
店員のお姉さんまで参戦した。
「こちらも似合うと思いますよ」
「本当かにゃ!?」
「ええ」
店員さんは完全にエレナを気に入ったらしい。次々に服を持ってくる。そしてエレナも全部試す。
(終わらない……)
ブラットを見る。遠い目をしていた。気持ちはよく分かる。
★
そんな時だった。店員さんが自分を見た。
「そちらの坊やも着てみます?」
「え?」
嫌な予感。
「レイにゃ!」
エレナが反応した。
「確かににゃ!」
嫌な予感が確信へ変わる。
「いや僕は――」
「ダメにゃ」
「おれも見たい」
ブラットまで乗ってきた。味方がいない。
(なんで全員で攻めてくるんだ……)
逃げ場が完全に消えていた。
★
数分後。自分は試着室にいた。
(なんでこうなったんだろう……)
渡された服へ着替える。そして出る。
「おお」
ブラットが声を上げた。
「似合うじゃねぇか」
「似合うにゃ!」
エレナも満足そうだった。
鏡を見る。確かに悪くない。落ち着いた色合いの上着に動きやすいズボン。シンプルだが綺麗だった。
(意外と……)
悪くないかもしれない。前世から服装には無頓着だったが、選んでもらえばそれなりになるらしい。
しかし。問題が起きた。近くにいた女性客がこちらを見ていたのだ。
「あら可愛い」
「本当ね」
「どこの子かしら?」
何故か微笑ましい目で見られている。嫌な予感。
「男の子ですか?」
女性客の一人が聞いた。
「男だぜ」
ブラットが答える。
「えっ!?」
女性達が驚いた。
なんで。
★
「レイは可愛い系だから仕方ないにゃ」
エレナが言う。
「そうか?」
「そうだろ」
ブラットも頷く。
「うちの姉ちゃん達もレイ見て可愛いって言ってたし」
「……」
少し複雑だった。剣士としては嬉しくない。でも悪意は無い。だから余計に困る。
(かっこいいと思われたいんだけどな)
父さんは誰が見ても格好良い。自分は可愛い。同じ親から生まれたのに、どこでこんなに差が出たのだろう。
いや、よく考えたら父さんは規格外だ。比べる方が間違っている。
「将来は絶対かっこよくなるにゃ」
エレナが珍しくフォローした。
「……本当に?」
「たぶんにゃ」
「たぶんかよ!」
全員が笑った。
まあ、悪い気分ではなかった。
★
その後。何着か試した結果。一着だけ購入することになった。値段はそこそこした。かなり悩んだ。
だが――。
「学園生活で必要にゃ」
エレナが力説した。
「ちゃんとした服は必要だにゃ」
「そういうものかな?」
「そういうものだ」
ブラットまで頷く。さっきまで遠い目をしていた男が、急に説得力を持って頷いている。不思議だった。
「二対一だね」
「多数決にゃ」
民主主義は時として残酷だ。
結局、自分は新しい服を一着購入した。ブラットは何も買わなかった。エレナは大量に買った。本当に大量だった。どこに入れるつもりなのか心配になるレベルだった。
「満足にゃ~♪」
帰り道。エレナは終始ご機嫌だった。尻尾が左右に揺れている。
「楽しかったにゃ」
「それは良かったね」
「二度と行きたくねぇ……」
ブラットが呟く。自分も半分同意だった。ただしエレナが楽しそうなので、まあ良いかという気持ちもある。
★
夕暮れのチェスガン。三人で並んで寮へ向かう。
大通りには帰宅する人達が増え始めていた。露店が灯りを点ける。石畳が夕日を反射して、橙色に輝いている。モロットでは見られなかった景色だ。
学園が始まるまであと少し。知らない街。知らない生活。知らない出会い。不安もある。
だけど――こうして幼なじみ達と笑いながら歩いていると、少しだけ安心できた。
ブラットが隣でぼりぼりと頭を掻いている。エレナが荷物を抱えながら鼻歌を歌っている。いつも通りの二人だった。
(学園生活も案外楽しくなるかもしれないな)
そんなことを思いながら、自分達は夕焼けに染まる街を後にするのだった。




