第32話 図書館と、ストレージの謎と、知識が経験になる場所
チェスガンに到着し、入寮した翌日。
その日は移動疲れを取るためと荷物整理のため、自由行動となっていた。
もっとも――。
(正直、そこまで疲れてないんだよなぁ……)
半日ほど馬車に揺られただけだ。確かに腰は少し痛い。だが体力的にはまだまだ余裕がある。
それに自分とブラットは荷物がほとんど無かった。服も最低限。生活用品も少しだけ。しかも自分は【ストレージ】へ収納しているから、更に楽なのだ。
一方でエレナは違った。
「服が足りなくなるかもしれないにゃ!」
そう言って大量の服を持参していたので、今日は荷物整理に追われているらしい。そのため三人とも別行動だった。
「服ってそんなに必要かなぁ……」
思わず呟く。自分の部屋を見渡してみる。棚。引き出し。机。ほぼ空っぽだった。荷物らしい荷物が無い。
(そのうちダミーくらい置いた方がいいかもしれないな)
友達が部屋へ来た時に不自然かもしれない。もっとも――。
(来るかどうか分からないけど)
少しだけ苦笑した。人見知りのくせに、そういうことだけ先に心配する自分が少し可笑しかった。
★
それにしても【ストレージ】だけは本当に謎だった。
今でも取得条件が分からない。【ボックス】を使い続けていたのは確かだ。前世のゲーム知識から「アイテムボックス欲しいな」と思って試行錯誤していたら、ある日突然習得していた。
他のスキルならまだ理解できる。【ボール】は魔力弾。【シールド】は魔力障壁。【ハンド】は魔力の手。原理は何となく想像できる。
だが【ストレージ】は違う。
時間停止機能付き。
意味が分からない。どう考えてもおかしい。
以前、母さんにも聞いたことがある。収納系の便利な魔法は存在しないのか、と。その答えは意外だった。
昔。【魔導王】と呼ばれる人物だけが【ストレージ】を使えたらしい。そしてその人物以外に使えた記録は残っていない。さらに【次元収納】という国宝級の【魔導具】も存在するそうだ。ただしそれも魔導王が作った物か、ダンジョンから発掘された物だけ。市場に出回ることはまず無いらしい。
ちなみに【魔導具】という名称そのものを作ったのも魔導王だったそうだ。一般的な【魔道具】とは完全に別物らしい。
(うん)
(やっぱりバレたら面倒だ)
改めてそう思う。だから今でも人前では絶対に使わない。最悪の場合――。
(逃げる準備だけはしておこう)
それくらいには危険な代物だと思っていた。前世でも、出る杭は打たれる。この世界でも変わらないだろう。
★
そんな今日の目的地は――学園図書館だった。
ブラットは本より剣。エレナもそこまで本好きではない。だから一人で来ている。昨日、事務室のおじさんから学園への立ち入り許可を貰っていたので、そのまま校内へ入った。
そして。図書館の扉を開いた瞬間――。
「おぉ……」
思わず声が漏れた。
本。本。本。見渡す限り本棚。大量の本。圧倒的な本の壁。
(すごい……)
心臓が高鳴る。転生してから六年。これほど大量の本を見たのは初めてだった。前世なら普通の図書館かもしれない。だがこの世界では十分すぎる規模だ。少なくともモロットの何十倍もの蔵書がある。
(これだけで学園に来た価値があるかもしれない)
思わず顔が緩む。完全に本好きの顔になっていた。六年間の活字不足が、この瞬間に一気に解消される気がした。
★
本棚の間を歩く。魔法関連。戦闘関連。歴史書。職種研究。魔物図鑑。ありとあらゆる本が並んでいる。
【無属性魔法の考察】
【魔導王伝説】
【召喚獣と仲良くなろう】
【魔道具は世界を救う】
【猿でもわかる魔法入門】
(面白そう……)
全部読みたい。本当に全部読みたい。特に【魔導王伝説】。絶対面白いやつだ。今すぐ読みたい。ものすごく読みたい。
だが今日は我慢した。
(まずは勉強だ)
そう決めて【無属性魔法の考察】を手に取る。そして席へ座った。前世でも、積みゲーより先にやるべきことがある時は我慢できた。同じことだ。
★
読み始めて数分。
(難しい……)
思った以上に難しかった。専門用語の嵐である。前世で大学論文を読まされた時を思い出すレベルだ。何度も同じページを読み返しながら理解していく。
どうやらこの世界には十四属性が存在するらしい。
火。水。風。土。木。闇。時。雷。氷。熱。空。重。光。そして不明属性。
だが不思議なことに――無属性は存在しない。
それなのに無属性魔法は存在する。
意味が分からない。だから研究者達も長年悩み続けているらしい。そして著者はある仮説を提唱していた。
それが――【時属性説】。
無属性魔法とは、実は時属性なのではないか。そう考えているらしい。理由は単純だった。現在確認されている人類の中に時属性持ちは存在しない。存在だけは確認されている。だが使い手がいない。だから無属性と誤認されているのではないか。
そんな内容だった。
(なるほどなぁ……)
確かに面白い。もしそうなら説明がつくこともある。
(ストレージとか)
時間停止機能。空間収納。普通では説明できない。時属性だと言われた方が納得できる。
ただ――。
(ボールとかシールドはどうなんだろう?)
全部を説明できる気もしない。やはりまだ研究途中なのだろう。今の自分には判断材料が少なすぎる。
それに【ストレージ】が時属性なら、自分は雷と時の二属性持ちということになる。そんな人間が過去にいたのかどうか。本を探せば分かるかもしれない。
(後で調べよう)
そう心に留めて読み進める。
★
気付けば数時間が経っていた。頭が少し重い。慣れない専門書を読んだからだ。
(今日はこの辺かな)
満足感と疲労感が同時に押し寄せる。本を棚へ戻し、席を立った。
そして何気なくステータスを確認する。
すると――。
名前・レイ(6歳)
職種・魔導剣士2.8
「……え?」
思わず固まった。目を擦る。もう一度見る。やっぱり2.8だった。
(上がってる!?)
さっきまで2.4だったはずだ。戦闘はしていない。訓練もしていない。剣も振っていない。ただ本を読んでいただけだ。
つまり――。
(知識も経験扱いなのか!?)
衝撃だった。もしそうなら。この場所は。この図書館は。自分にとって最高の修行場になる。
前世でも読書は経験だと言う人はいた。だがそれは比喩の話だ。この世界では文字通りの意味で、読んだ知識が練度として数値化される。
(ジョブホッパーの効果か、それとも魔眼の影響か)
どちらなのかはまだ分からない。だが理由より結果だ。事実として上がっている。それで十分だった。
★
思わず館内を見渡す。
無数の本棚。積み上げられた知識。まだ読んでいない本の山。魔導王。職種。魔法。歴史。魔物。研究書。全部が経験になるかもしれない。
胸が高鳴る。
(この学園……)
想像以上だ。
(思ってたよりずっと面白そうだな)
窓の外へ視線を向ける。広い校庭。立派な校舎。まだ始まってもいない学園生活。
不安もある。知らない人ばかりだ。トラブルだって起きるだろう。
だけど――今はそれ以上に楽しみだった。
知りたいことが山ほどある。学びたいことも山ほどある。そして何より、自分はまだこの世界のことをほとんど知らない。
(よし)
(明日も来よう)
そう心に決める。
図書館という宝の山に背を向けながら、自分はゆっくりと寮への帰り道を歩き始めた。
まだ始まったばかりの学園生活。だがレイは気付いていない。
この図書館で得る知識の数々が、やがて学園中を驚かせる騒動へ繋がっていくことを。そして――【ジョブホッパー】の真価が、少しずつ明らかになっていくことを。




