第31話 勇者(笑)の転生【アーサー視点】
【アーサー視点】
俺は高校一年生、十六歳。
どこにでもいる普通のオタクだった。
ファンタジー小説が好きで、アニメも好き。もちろん異世界転生ものも大好きだった。本来なら楽しい高校生活を送っているはずだった。
だが――現実は違った。
★
「おい、キモ太。ジュース買ってこいよ」
高校へ入学してすぐ。俺は同級生の荒田という男に目を付けられた。理由なんて分からない。気付けばパシリにされていた。
「えっ……もう次の授業が……」
「はぁ?」
荒田が睨む。その瞬間、身体が強張った。何度も殴られた経験があるからだ。
「俺のジュースと授業、どっちが大事か分かるよな?」
「あ……買ってきます」
逆らえば殴られる。教師は見て見ぬふり。クラスメイトも助けてくれない。いつしか財布代わりにもされていた。
「お金は……?」
「ツケだツケ」
「でも結構な金額に……」
「卒業したら払ってやるよ!」
周囲から笑い声が上がる。俺も愛想笑いを浮かべるしかなかった。
誰も助けてくれない。誰も見ていてくれない。そんな毎日が続いていた。
★
唯一の救いがゲームだった。
VRMMO《獄界オンライン》。最新技術を使ったベータテスト版。運良く当選したそのゲームだけが、俺の居場所だった。
ゲームの目的は単純明快だ。獄界に存在する魔王を倒し、アーカイブを手に入れる。それだけだ。
だがその道のりは単純ではない。獄界は現実さながらの密度で作り込まれた異世界だ。魔王は一人ではなく複数存在し、それぞれがアーカイブの欠片を持っている。全てを集めてはじめてエンディングへ到達できる。
そしてその難易度は、ベータ版でありながら既に数千人のプレイヤーを脱落させていた。
「くらえぇぇっ! ブレイブハート!!」
巨大な魔獣が吹き飛ぶ。爽快だった。現実では殴られてばかりの俺が、ゲームの中では英雄になれる。だから夢中になった。
学校が終わればゲーム。休日もゲーム。食事と睡眠以外の時間はほとんどログインしていた。気付けば誰よりも強くなっていた。
獄界の第五層。第六層。第七層。一つずつ魔王を倒し、アーカイブを集めていく。他のプレイヤーが数週間かけてクリアするステージを、俺は数日で踏破した。
そしてある日。
【魂レベル50に到達しました】
「よっしゃあ!!」
思わずガッツポーズをする。魂レベル50。ベータ版の上限到達者はまだほとんどいない。運営の告知では、ここから先に新たなステージが用意されているらしかった。
最後の魔王を倒せばアーカイブが完成する。エンディングが見られる。そのはずだった。
楽しみにしていたその瞬間――。
【神界へ転移します】
「……は?」
視界が真っ白に染まった。
★
気付くと、そこは白だけの世界だった。天井もない。床もない。ただ果てしない白が広がっている。
「お目覚めになりましたね」
声のした方を見る。そこには息を呑むほど美しい女性が立っていた。金色の髪。純白の翼。神々しい微笑み。まるで天使そのものだった。
「誰だ?」
「獄界オンラインの管理者の一人です」
女性は優雅に微笑む。
「あなたはベータテスターの中で最速で魂レベル50へ到達しました」
「俺が最速?」
「はい」
正直驚いた。もっと上手い人なんて山ほどいると思っていたからだ。
「そこでご提案があります」
「提案?」
「異世界へ転生してみませんか?」
一瞬、意味が分からなかった。
ゲームの中で「異世界転生しませんか」と言われている。つまりゲームの中にいる俺が、さらに別の世界へ転生する、ということか。
(二重転生ってこと?)
いや待て。そもそも今の俺は現実の俺なのか、ゲームの俺なのか。
頭が混乱する。
★
普通なら悩むのかもしれない。
だが俺は違った。
「行く」
「……え?」
女性が固まった。
「行くって言った」
「迷わないのですか?」
「だって異世界転生だろ?」
むしろ夢だった。何百冊も小説を読んだ。何百本もアニメを見た。主人公になれるなら最高じゃないか。現実が辛いほど、別の世界への憧れは強くなる。俺の場合は十六年分の憧れだった。
(どうせゲームの演出だろうし)
そんな気軽さもあった。ゲームなのだから、最悪リセットすればいい。そう思っていた。
「チートはくれるんだろ?」
「ええ、もちろんです」
「じゃあ問題ない」
女性は少しだけ引いた顔をした。
(あれ、引かれた?)
気のせいだろう。
★
「まずはこちらを差し上げます」
【神託】
【野生の勘】
「……地味じゃない?」
「最初から強すぎる力を与えると身体が壊れますので」
「なるほど」
どうやら成長に応じて追加で力を得られるらしい。
「それと職業を選べます」
目の前に文字が浮かび上がる。
【賢者】
【拳聖】
【剣聖】
【勇者】
「勇者一択だろ!」
即答だった。
「理由を聞いても?」
「ハーレムになりそうだから」
「……」
一瞬だけ女性の笑顔が固まる。だが次の瞬間には、満面の笑みに戻っていた。
「素晴らしいですね」
何故かとても嬉しそうだった。
(なんでそんなに嬉しいんだ?)
少し疑問に思ったが、深くは考えなかった。嬉しいなら良いだろう。
★
「最後に一つだけお願いがあります」
「なんだ?」
「余裕があれば魔王を倒してください」
俺は少し首を傾げた。
「魔王って……獄界オンラインの?」
「いいえ」
女性は静かに首を横に振った。
「転生先の世界にいる、本物の魔王です」
本物。
その言葉が妙に引っ掛かった。
(本物?)
ゲームの中なのに本物も何もないだろう。だが女性の表情は真剣だった。笑顔なのに、目だけが真剣だった。
「気が向いたらな」
「ありがとうございます」
女性は深く頭を下げた。その笑顔は美しかった。
だが何故か――少しだけ不気味にも見えた。
(まあ気のせいだろ)
俺は簡単にそう片付けた。後悔するのはずっと後のことだ。
★
そして俺は転生した。
目覚めた時には五歳だった。どうやら普通の農家の息子らしい。
(貧乏だな……)
勇者なのに。もっと貴族とか王族とかを期待していた。まあいい。あと一年で学園へ行くらしい。
そこで仲間を作る。チートを手に入れる。美女達と出会う。そしてハーレムを築く。
完璧な計画だった。
俺の異世界生活は最高のはずだ。
(なんか違和感あるけど……)
時々、頭の奥がもやもやする感覚があった。何かを忘れている気がする。大事なことを。だが何を考えようとしても、すぐに別の考えに塗り替えられる。
獄界オンラインの最後の魔王。アーカイブ。あの瞬間に何かがあった気がする。
でも思い出せない。
まあ転生の後遺症だろう。そう思った。
思わされていた、と言うべきかもしれないが――この時の俺にはそれが分からなかった。
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【アーサーのステータス】
名前:アーサー(5歳)
状態:良好 (※洗脳状態は非表示)
属性:光
職種:勇者
種族:人族?
アクティブスキル・剣術/盾術
パッシブスキル・神託 (※思考誘導効果は非表示)
固有能力・野生の勘/聖剣召喚 (※封印・隠蔽中)
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その時のアーサーはまだ、自分が「主人公」だと本気で信じていた。
自分が選ばれた存在だと。自分の意思で選択しているのだと。
獄界オンラインのアーカイブが何を意味するのかも。女神が本当に何を望んでいるのかも。まだ何も知らなかった。
だが本当の主人公というのは、そんな風に都合よく用意されるものではない。血と汗と失敗を積み重ねた先にだけ、そう呼ばれる資格が生まれる。
勇者(笑)の物語は――ここから始まる。




