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ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~  作者: フェアリーP
学園編 低学年

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第31話 勇者(笑)の転生【アーサー視点】

【アーサー視点】


 俺は高校一年生、十六歳。


 どこにでもいる普通のオタクだった。


 ファンタジー小説が好きで、アニメも好き。もちろん異世界転生ものも大好きだった。本来なら楽しい高校生活を送っているはずだった。


 だが――現実は違った。





「おい、キモ太。ジュース買ってこいよ」


 高校へ入学してすぐ。俺は同級生の荒田という男に目を付けられた。理由なんて分からない。気付けばパシリにされていた。


「えっ……もう次の授業が……」


「はぁ?」


 荒田が睨む。その瞬間、身体が強張った。何度も殴られた経験があるからだ。


「俺のジュースと授業、どっちが大事か分かるよな?」


「あ……買ってきます」


 逆らえば殴られる。教師は見て見ぬふり。クラスメイトも助けてくれない。いつしか財布代わりにもされていた。


「お金は……?」


「ツケだツケ」


「でも結構な金額に……」


「卒業したら払ってやるよ!」


 周囲から笑い声が上がる。俺も愛想笑いを浮かべるしかなかった。


 誰も助けてくれない。誰も見ていてくれない。そんな毎日が続いていた。





 唯一の救いがゲームだった。


 VRMMO《獄界オンライン》。最新技術を使ったベータテスト版。運良く当選したそのゲームだけが、俺の居場所だった。


 ゲームの目的は単純明快だ。獄界に存在する魔王を倒し、アーカイブを手に入れる。それだけだ。


 だがその道のりは単純ではない。獄界は現実さながらの密度で作り込まれた異世界だ。魔王は一人ではなく複数存在し、それぞれがアーカイブの欠片を持っている。全てを集めてはじめてエンディングへ到達できる。


 そしてその難易度は、ベータ版でありながら既に数千人のプレイヤーを脱落させていた。


「くらえぇぇっ! ブレイブハート!!」


 巨大な魔獣が吹き飛ぶ。爽快だった。現実では殴られてばかりの俺が、ゲームの中では英雄になれる。だから夢中になった。


 学校が終わればゲーム。休日もゲーム。食事と睡眠以外の時間はほとんどログインしていた。気付けば誰よりも強くなっていた。


 獄界の第五層。第六層。第七層。一つずつ魔王を倒し、アーカイブを集めていく。他のプレイヤーが数週間かけてクリアするステージを、俺は数日で踏破した。


 そしてある日。


【魂レベル50に到達しました】


「よっしゃあ!!」


 思わずガッツポーズをする。魂レベル50。ベータ版の上限到達者はまだほとんどいない。運営の告知では、ここから先に新たなステージが用意されているらしかった。


 最後の魔王を倒せばアーカイブが完成する。エンディングが見られる。そのはずだった。


 楽しみにしていたその瞬間――。


【神界へ転移します】


「……は?」


 視界が真っ白に染まった。





 気付くと、そこは白だけの世界だった。天井もない。床もない。ただ果てしない白が広がっている。


「お目覚めになりましたね」


 声のした方を見る。そこには息を呑むほど美しい女性が立っていた。金色の髪。純白の翼。神々しい微笑み。まるで天使そのものだった。


「誰だ?」


「獄界オンラインの管理者の一人です」


 女性は優雅に微笑む。


「あなたはベータテスターの中で最速で魂レベル50へ到達しました」


「俺が最速?」


「はい」


 正直驚いた。もっと上手い人なんて山ほどいると思っていたからだ。


「そこでご提案があります」


「提案?」


「異世界へ転生してみませんか?」


 一瞬、意味が分からなかった。


 ゲームの中で「異世界転生しませんか」と言われている。つまりゲームの中にいる俺が、さらに別の世界へ転生する、ということか。


(二重転生ってこと?)


 いや待て。そもそも今の俺は現実の俺なのか、ゲームの俺なのか。


 頭が混乱する。





 普通なら悩むのかもしれない。


 だが俺は違った。


「行く」


「……え?」


 女性が固まった。


「行くって言った」


「迷わないのですか?」


「だって異世界転生だろ?」


 むしろ夢だった。何百冊も小説を読んだ。何百本もアニメを見た。主人公になれるなら最高じゃないか。現実が辛いほど、別の世界への憧れは強くなる。俺の場合は十六年分の憧れだった。


(どうせゲームの演出だろうし)


 そんな気軽さもあった。ゲームなのだから、最悪リセットすればいい。そう思っていた。


「チートはくれるんだろ?」


「ええ、もちろんです」


「じゃあ問題ない」


 女性は少しだけ引いた顔をした。


(あれ、引かれた?)


 気のせいだろう。





「まずはこちらを差し上げます」


【神託】


【野生の勘】


「……地味じゃない?」


「最初から強すぎる力を与えると身体が壊れますので」


「なるほど」


 どうやら成長に応じて追加で力を得られるらしい。


「それと職業を選べます」


 目の前に文字が浮かび上がる。


【賢者】


【拳聖】


【剣聖】


【勇者】


「勇者一択だろ!」


 即答だった。


「理由を聞いても?」


「ハーレムになりそうだから」


「……」


 一瞬だけ女性の笑顔が固まる。だが次の瞬間には、満面の笑みに戻っていた。


「素晴らしいですね」


 何故かとても嬉しそうだった。


(なんでそんなに嬉しいんだ?)


 少し疑問に思ったが、深くは考えなかった。嬉しいなら良いだろう。





「最後に一つだけお願いがあります」


「なんだ?」


「余裕があれば魔王を倒してください」


 俺は少し首を傾げた。


「魔王って……獄界オンラインの?」


「いいえ」


 女性は静かに首を横に振った。


「転生先の世界にいる、本物の魔王です」


 本物。


 その言葉が妙に引っ掛かった。


(本物?)


 ゲームの中なのに本物も何もないだろう。だが女性の表情は真剣だった。笑顔なのに、目だけが真剣だった。


「気が向いたらな」


「ありがとうございます」


 女性は深く頭を下げた。その笑顔は美しかった。


 だが何故か――少しだけ不気味にも見えた。


(まあ気のせいだろ)


 俺は簡単にそう片付けた。後悔するのはずっと後のことだ。





 そして俺は転生した。


 目覚めた時には五歳だった。どうやら普通の農家の息子らしい。


(貧乏だな……)


 勇者なのに。もっと貴族とか王族とかを期待していた。まあいい。あと一年で学園へ行くらしい。


 そこで仲間を作る。チートを手に入れる。美女達と出会う。そしてハーレムを築く。


 完璧な計画だった。


 俺の異世界生活は最高のはずだ。


(なんか違和感あるけど……)


 時々、頭の奥がもやもやする感覚があった。何かを忘れている気がする。大事なことを。だが何を考えようとしても、すぐに別の考えに塗り替えられる。


 獄界オンラインの最後の魔王。アーカイブ。あの瞬間に何かがあった気がする。


 でも思い出せない。


 まあ転生の後遺症だろう。そう思った。


 思わされていた、と言うべきかもしれないが――この時の俺にはそれが分からなかった。





ーーーーーーーーーーーーーー


【アーサーのステータス】


名前:アーサー(5歳)


状態:良好 (※洗脳状態は非表示)


属性:光


職種:勇者


種族:人族?


アクティブスキル・剣術/盾術


パッシブスキル・神託 (※思考誘導効果は非表示)


固有能力・野生の勘/聖剣召喚 (※封印・隠蔽中)


ーーーーーーーーーーーーーー



 その時のアーサーはまだ、自分が「主人公」だと本気で信じていた。


 自分が選ばれた存在だと。自分の意思で選択しているのだと。


 獄界オンラインのアーカイブが何を意味するのかも。女神が本当に何を望んでいるのかも。まだ何も知らなかった。


 だが本当の主人公というのは、そんな風に都合よく用意されるものではない。血と汗と失敗を積み重ねた先にだけ、そう呼ばれる資格が生まれる。


 勇者(笑)の物語は――ここから始まる。

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