第27話 体験学習最終日と、至高のプリンと、素材の極みよお前か
今日は体験学習の最終日だった。
期間としては約九か月。長いようで短い。振り返れば本当にあっという間だった。食堂で皿を洗い、料理を学び、魔法を工夫し、気付けば毎日が忙しく、それでいて楽しかった。
そして何より――。
(まかない飯が最高だった)
これに尽きる。
母さんの料理は基本的に変わり映えしない。だがシーラさんの食堂は違う。毎日違う料理が出る。煮込み料理の日もあれば、焼き料理の日もある。魚の日。肉の日。スープの日。食堂だからこそのレパートリー。前世でも食べることは好きだったが、この九か月でさらに好きになった気がする。
(お母さんには内緒だけどね)
心の中でだけ謝っておいた。
★
最終日。せっかくだから何かお礼をしたかった。九か月間お世話になった。料理も教えてもらった。だから今日は自分が作る番だ。
「よし、プリンにしよう」
前世でも何度も作った定番デザート。ただし普通のプリンではない。なめらかで、とろける食感の本格派だ。
厨房の隅を借りる。材料を並べる。卵黄。牛乳。生クリーム。砂糖。どれも特別な素材ではない。だからこそ腕が出る。
まずはカラメル作りから始めた。小鍋に砂糖と少量の水を入れる。火加減は弱火。焦りは禁物だ。透明だった液体が少しずつ色付いていく。黄金色。琥珀色。そして深い茶色。甘い香りの奥に、ほんの少しだけ苦味を含んだ香ばしい匂いが混ざる。
(この辺だな)
鍋を火から外す。お湯を加える。
ジュワァッ!!
勢いよく蒸気が立ち上った。熱いうちに容器へ流し込む。底に広がるカラメルは宝石のように美しい。
続いてプリン液。牛乳と生クリームを温める。沸騰させない。ゆっくり。丁寧に。温まるにつれ甘い乳の香りが広がった。
(バニラビーンズが欲しいなぁ)
残念ながらまだ見つからない。代わりに少量のブランデーを加える。香り付け程度。ほんの少し。それだけで風味が一段階上がる。
一方で卵黄と砂糖を混ぜる。黄色い卵黄が徐々に白っぽく変化していく。そこへ温めた牛乳を少しずつ加える。一気に入れると失敗する。だから慎重に。少し入れる。混ぜる。また少し入れる。混ぜる。何度も繰り返す。
(料理は積み重ねだ)
完成した液体を細かなザルで濾す。一回。二回。すると液体は驚くほど滑らかになった。最後に容器へ流し込む。表面は鏡のように美しい。
蒸し器へ入れる。弱火でじっくり。三十分後。蓋を開けた。
ぷるん。
表面がわずかに震える。
(成功だな)
粗熱を取る。冷却箱で冷やす。数時間後。完成したプリンは、スプーンを入れただけで崩れそうなほど柔らかかった。黄金色のカラメルがゆっくり流れる。見た目だけでも十分美味そうだ。
(まあ、プリンで失敗することはないだろ)
その時の自分は本気でそう思っていた。
★
営業終了後。従業員達が集まったところで頭を下げる。
「シーラさん、皆さん。短い間でしたけど、本当にありがとうございました」
するとシーラさんが笑顔になった。
「こちらこそよ!」
勢いよく抱き着いてくる。
「レイちゃんは最高だったわ!」
「そこまで?」
「毎年体験学習の子は来るけどね?」
シーラさんは肩をすくめる。
「皿割る子もいるし」
「うん」
「サボる子もいるし」
「うん」
「泣く子もいるし」
「うん」
「でもレイちゃんは全部できたの!」
従業員達も頷いている。
「礼儀正しい」
「仕事早い」
「料理できる」
「気配りできる」
「本当に五歳か?」
(中身がおっさんだからです)
もちろん言えない。
「それで、お礼にデザートを作りました」
そう言ってプリンを並べる。
「よかったら食べてください」
その瞬間。シーラさんが両手を広げた。
「レイちゃん!」
「はい?」
「今日からうちの子になりましょう!」
「えっ!?」
さらに周囲も便乗する。
「俺の養子でもいいぞ!」
「店を継がせよう!」
「攫えば解決じゃないか?」
「最後の人アウトだからね!?」
危険思想が混ざっていた。犯罪はいけない。どの世界でも変わらない。
★
そして試食会。全員が席に着く。プリンを口へ運ぶ。
一口。たった一口。それだけだった。
店内が静まり返る。誰も喋らない。誰も動かない。
(あれ?)
次の瞬間。
ぽろっ。
一人が涙を流した。
「……え?」
それを合図にしたように。次々と涙が流れ始める。
「旨すぎる……」
「人生で初めて食べる味だ……」
「もう思い残すことはない……」
「これが幸せか……」
「神様ありがとう……」
完全におかしい。
(なんで!?)
慌てて自分も食べる。
ぱくり。
口の中で溶けた。濃厚。なめらか。甘さ。香り。余韻。全てが完璧だった。
完璧すぎた。
(待て待て待て待て)
ここまでじゃなかった。絶対にここまでじゃなかった。記憶にある前世のプリンとは別物だ。上位互換どころか、完全に別の食べ物になっている。
急いで鑑定する。
【至高のプリン】 神様も食べたいプリン。むしろ作って欲しい。
「……」
「…………」
(またお前かぁぁぁぁぁ!!)
犯人は言うまでもない。
【素材の極み】
お前である。また勝手に進化していた。
しかも鑑定の説明文が「むしろ作って欲しい」だ。これは神様の言葉なのか。神様にプリンを要求されている五歳児が世界のどこにいるというのか。
(全力で隠そう)
即決だった。
★
後日。シーラ食堂には妙な噂が流れるようになった。
従業員だけが食べられる秘密の幻のデザートが存在する。一度食べたら忘れられない。金貨を積んでも食べられない。店長ですらレシピを明かさない。
そんな噂だった。
なお。従業員達は本気で秘密を守った。レシピを聞かれても絶対に教えなかったらしい。
理由を後で聞いたところ。
「これは俺達だけのものだ」
と全員が同じ答えを返したという。
(それはそれで問題だと思うんだけど……)
止める手段もないので諦めた。
★
こうして体験学習は終わった。
ブラットは鍛冶屋。エレナはハンター。そして自分は食堂。それぞれ違う場所で学び、それぞれ成長した。九か月前より確実に前へ進めたと思う。
そして次はいよいよ学校だ。六歳から始まる新しい生活。どんな先生がいるのか。どんな友達ができるのか。どんな職種の子供達と出会うのか。
楽しみだった。少し不安もある。だが、それ以上に期待の方が大きい。
(どんな毎日になるんだろうな)
胸を躍らせながら空を見上げる。青空は今日も広かった。
もっとも――。
その学校生活が想像以上に騒がしく、想像以上に波乱万丈で、そして自分の運命を大きく変える場所になることを。
今の自分はまだ知らなかった。




