第28話 シーラの疑惑と、至高のプリン再現計画
【シーラ視点】
レイちゃんを体験学習で預かり始めてから、半年ほどが経過した頃のことだった。
昼営業を終えた私は、休憩室で従業員達とお茶を飲みながら、ふと昔のことを思い出していた。
「そういえばさぁ」
湯気の立つカップを手に取りながら呟く。
「最初はソフィアから『料理系の才能があるかもしれないから見てほしい』って頼まれてたのよね」
「ああ、そんな話でしたね」
若い従業員が頷いた。
確かにそうだった。レイちゃんが体験学習へ来る前、ソフィアは少し困ったような顔で相談してきたのだ。
――うちの子、料理が好きみたいなんです。
――もしかしたら才能があるかもしれないので見てもらえませんか。
そんな話だった。
だから私は勝手に想像していた。料理人系。生産職系。そういう職種なのだろうと。
だが実際に職種鑑定を受けた結果は――【魔導剣士】。
どう考えても戦闘職である。だからこそ私は思っていた。料理系スキルなんて持っていないだろう、と。
★
この世界には職種の非公式な分類が存在する。
戦闘系。支援系。生産系。特殊系。大きく分ければその四種類だ。もちろん例外も存在する。戦闘も生産もできる万能職もあるし、誰も分類できないような特殊職も存在する。それでも基本的には、戦闘職は戦闘向きの能力を覚え、生産職は生産向きの能力を覚える。
それが常識だった。
だからこそ――。
「レイちゃん、本当に魔導剣士なのよね……?」
私は何度目になるか分からない疑問を口にした。
「それ、私も思います」
若い従業員が即答する。
「絶対に何かおかしいです」
「だよねぇ……」
私が頷くと、部屋の全員が揃って頷いた。満場一致だった。
★
「まず皿洗いがおかしいです」
「わかる」
「わかります」
即座に同意の嵐が飛ぶ。
普通の五歳児ならどうなるか。皿を落とす。割る。怒られる。泣く。そして親に慰められる。だいたいそんな流れだ。
だがレイちゃんは違った。一枚も割らない。仕事を覚える速度が異常に速い。しかも勝手に改善まで始める。
「最初は可愛いなぁって思って見てたんですよ」
「うん」
「そしたら数日後には私より仕事が速かったです」
「……」
部屋が静まり返った。否定できる者が一人もいない。
「しかも【ハンド】ですよ」
「あれ反則よねぇ」
私も思わず苦笑する。最初は物を運ぶだけだった。透明な手がふわふわ動いて、皿を持ち上げる程度。可愛いものだった。
ところが一か月後には違った。皿を固定し、スポンジを持ち、洗剤を付け、洗い物まで始めたのである。
「もう皿洗い専用職ですよね」
「分かる」
「分かります」
再び満場一致だった。
★
「でも礼儀正しいのよね」
私は少し笑った。
朝は誰よりも元気に挨拶をする。仕事を頼めば返事をする。褒めれば照れる。失敗すれば素直に謝る。ちゃんと五歳児らしい部分もあるのだ。
「それが余計に怖いんですよ」
「え?」
「だって完璧すぎません?」
「……確かに」
私も否定できなかった。
「私の十五歳の頃より働けます」
「私も」
「私もです」
「やめて」
私は頭を抱えた。
「私まで悲しくなるから」
その場の全員がしょんぼりした。こんなに全員の心が一致した瞬間も珍しい。
「本当に五歳なんですかね?」
「それは私も思うわ」
「実は長寿種とか?」
「いや、人族よ」
それは断言できる。レオンさんもソフィアも知っている。間違いなく人族だ。
「だったら天才なんでしょうか」
「かもしれないわね」
すると一人がぽつりと呟いた。
「何やっても成功しそうですよね」
一瞬。部屋が静まり返る。
そして次の瞬間。
「「それは思った!!」」
全員一致だった。
★
そんな話をしていた矢先。体験学習最終日がやって来た。
レイちゃんは最後まで変わらなかった。皿を洗い、掃除をし、笑顔で働き、きちんと挨拶をする。本当に良い子だった。
「シーラさん、従業員の皆さん。短い期間でしたけどありがとうございました!」
深々と頭を下げる姿を見て、私はしみじみ思った。
(本当に六歳になる子供なのかしら……)
うちのブラットも可愛い。それは間違いない。でも方向性が違いすぎる。
そして――事件は起きた。
「感謝の意味でプリンを作ったんですが、皆さんで食べませんか?」
そう言って差し出されたプリン。見た目は普通だった。少し柔らかそうなだけ。だから油断した。
全員が。本当に全員が。
★
ひと口食べた瞬間。
世界が変わった。
「……」
誰も喋らない。喋れない。
甘い。濃厚。香り高い。口の中で溶けて消える。なのに余韻だけが残り続ける。まるで夢を食べているようだった。
気付けば涙が頬を伝っていた。
「旨すぎる……」
「至高だ……」
「人生で一番美味い……」
「もう思い残すことはない……」
「今まで食べていたプリンは何だったんだ……」
「レイくんを攫えば毎日――」
「それ犯罪だから!」
私は即座にツッコミを入れた。危ない方向へ行くな。
★
だが。食べ終わった後。私は確信した。
(これ……普通の料理じゃない)
長年料理人をやっている。だから分かる。技術だけでは説明できない。何かがある。料理そのものに。
「まさか……」
嫌な予感がした。ソフィアが心配していた理由。今なら分かる。
(スキルが乗ってるわね)
しかも自然に。本人すら気付いていないレベルで。だからこそ恐ろしい。熟練の料理人が意識して使うものではなく、ただ料理をするだけで発動している。そういう類のスキルだ。
私は長年この仕事をしてきたが、こんな料理を食べたのは初めてだった。
★
数日後。私は再現に挑戦した。
レシピは聞いた。手順も見た。材料も同じ。完璧だった。
はずだった。
だが――できない。何度作っても。何十回作っても。あの味にならない。
「みんな……ごめんなさい」
私は頭を下げた。
「私には無理だったわ……」
従業員達が肩を落とす。
「シーラさんのせいじゃありません」
「そうですよ」
「でもあの味を知ってしまったら……」
全員の目が死んでいた。禁断の味を知ってしまった者の顔だった。料理人として情けない気持ちもある。だが仕方ない。あれはそういう領域のものだった。
そして。一人がぽつりと呟く。
「いっそレイくんを婿に……」
一瞬の沈黙。次の瞬間。
「「それだ!!」」
休憩室が沸いた。
「待ちなさい!!」
私は全力で止めた。
「そんなことしたら私が死ぬわ!!」
「え?」
「レオンさんとソフィアよ!?」
全員が固まる。
★
この町で知らない者はいない。
天災と呼ばれている魔剣士レオン。最恐と呼ばれている回復魔法師ソフィア。二人揃えば魔王にすら勝てると噂されている。
「確かに……」
「死ぬわね」
「死体残るかな……?」
「モロットごと消えるかも」
「やめなさい」
誰も否定できなかった。笑えない話だった。
★
私は深いため息を吐いた。
「とりあえず……」
立ち上がる。
「もう一回プリン作ってみるわ」
その瞬間。従業員達の目が輝いた。希望を見つけた信者のようだった。
でも私は知っている。
たぶん無理だ。あれはレイちゃんだから作れた。技術の問題じゃない。素材そのものに働きかける何かがある。そういう領域なのだろう。
料理人として悔しい。
だが同時に思う。
(あの子、将来どうなるのかしら)
戦闘職で、料理の才能があって、礼儀正しくて、魔法も使えて。
普通じゃない。絶対に普通じゃない。でも嫌な方向ではない。むしろ。
(こちらが心配になるくらい、真っ直ぐな子ね)
そう思ったら、少しだけ笑えた。
★
その頃。当のレイ本人は何も知らず、自宅でのんびり夕食を食べていた。
自分が食堂の従業員達をプリン中毒寸前まで追い込んでいることなど知る由もない。
そして――モロット食堂で始まった【至高のプリン再現計画】は、その後も長く続くことになる。
なお。
一度も成功しなかった。




