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ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~  作者: フェアリーP
幼児編

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第26話 体験学習と、初めての勝利と、足りないもの

 この世界では六歳から十二歳まで学校へ通うことになっている。


 学校といっても様々だ。農村の子供達が通う寺子屋のような私塾もあれば、貴族や富裕層の子供達が通う立派な学院もある。そしてこのモロットでは、職種を得て学校へ入学するまでの期間、子供達に仕事を体験させる伝統があった。


 いわゆる体験学習である。


 幼なじみのブラットは父親の鍛冶場で雑用を担当していた。薪運び。金属運び。掃除。ひたすら力仕事らしい。本人は不満そうにしているが、その成果は確実に現れていた。腕は太くなり、肩幅も広がっている。五歳児とは思えない体格だった。最近では遠目に見るだけで「強そう」と分かるほどだ。


 一方、エレナは母親と共に森へ入り、ハンター見習いとして薬草採取や小動物の追跡を行っていた。最近では獣道や魔獣の痕跡を見つけるのが異様に上手くなったらしい。本人曰く――。


「なんとなく分かるにゃ」


 とのことだった。相変わらず意味が分からない。


 そして自分はというと――。





 ブラットの母親であるシーラさんが経営する食堂で働いていた。


「レイくーん! 皿追加ー!」


「はい!」


 昼時の食堂は戦場だった。冒険者。商人。職人。次々と客が訪れる。注文の声が飛び交い、厨房からは香ばしい匂いが漂う。


 自分は厨房の裏で大量の皿洗いを担当していた。


 もちろん普通にはやらない。


「【ハンド】」


 透明な魔力の腕が現れる。一つの皿を固定。スポンジを動かす。その間に自分は別の皿を洗う。


 同時進行。完全に反則だった。


「相変わらず便利ねぇ」


 シーラさんが感心したように笑う。


「最近は本当に助かるよ」


「そんなに?」


「下手な大人より働いてるもの」


 思わず顔が緩む。褒められるのは嬉しい。しかも仕事が終われば料理も教えてもらえる。最近ではこの世界の食文化もかなり理解できるようになってきた。


 驚いたことに醤油や味噌も存在する。ただし高級品だ。一般家庭では滅多に使われない。


(将来、和食で商売できるかもしれないな)


 そんなことまで考えていた。


 洗い終えた皿へ【クリーン】を使う。汚れを落とす。除菌する。服の埃まで綺麗になる。本当に便利だ。ただし油だけは完全に落とせない。相変わらず謎仕様である。


 前世でも万能な道具など存在しなかった。この世界でも同じらしい。





 数か月後。体験学習にも慣れた頃。


 自分はブラットと共に修練場へ来ていた。今日は模擬戦の日だ。しかも見学者付きである。母さんと妹のフローラだ。


「おにーちゃー!」


 フローラが母さんの腕の中から元気よく手を振る。


(よし)


 兄として格好悪いところは見せられない。絶対にだ。


(ブラット……悪い)


 心の中で謝る。


(今日は犠牲になってくれ)


 だが改めてブラットを見る。やっぱりおかしい。肩幅が広い。腕も太い。立っているだけで圧がある。小さな戦士そのものだった。


 一方、自分。


 ぷにぷに。


 完全敗北である。主に筋肉で。


「今日は魔法ありだからね!」


 自分が宣言する。


「おう!」


 ブラットが木製の大剣を肩へ担ぐ。


「おれも本気で行くぜ!」


 すると母さんが笑顔で手を振った。


「即死以外なら治せるから安心してね~」


「安心できないよ!?」


「大丈夫よ~」


 全然大丈夫に聞こえなかった。その笑顔が余裕すぎて余計に怖い。




「始め!」


 母さんの合図と共に模擬戦が始まった。


 先手は自分。【ハンド】で木剣を操作する。左手には【シールド】。右手には透明な【ブレード】。三方向から同時攻撃。普通の相手なら対応できない。


 だが――。


「甘い!」


 ブラットが地面を蹴った。


 ドンッ!


 土が舞い上がる。速い。以前より明らかに速い。一瞬で距離を詰められた。


「おらぁぁぁ!!」


 大剣が振り下ろされる。盾で受ける。


 その瞬間。


 ドゴォォッ!!


 凄まじい衝撃が全身を貫いた。


「うわぁぁっ!?」


 身体が吹き飛ぶ。地面を転がる。一回。二回。三回。ようやく止まった。腕が痺れる。息が苦しい。


(な、何だ今の!?)


 立ち上がる。ブラットは得意満面だった。


「新スキルだぜ!」


 胸を張る。


「【重撃】っていうんだ!」


 なるほど。だからあんなに重かったのか。


(防御した意味がなかったんだけど!?)


 完全に想定外だった。盾ごと吹き飛ばされる感覚は初めてだ。前世でどんなゲームをやっていても、体感することはなかった。




 だが。こちらも成長している。


 今度は作戦を変える。木剣を消す。盾も消す。代わりに複数の【ハンド】と【シールド】を展開した。


 見えない武器。見えない壁。


 これが自分の戦い方だ。


「まだやるか?」


 ブラットが笑う。


「もちろん」


 自分も笑い返した。


「今度は勝つ」


「無理だな!」


 ブラットが再び突撃する。大剣を振り上げる。そして全力で振り下ろした。


 その瞬間。


 ガァン!!


「なっ!?」


 大剣が見えない壁に弾かれた。【シールド】だ。ブラットの目が大きく見開かれる。


 その一瞬。自分は逃さなかった。


「捕まえた!」


 【ハンド】が伸びる。右腕。左腕。右足。左足。腰。一気に拘束。


「ぐっ!?」


 身体の自由を奪う。そして踏み込む。透明な【ブレード】を振る。


 パキッ!


 木製防具が砕けた。


「ぐあっ!」


 ブラットが膝をつく。


「そこまで!」


 母さんの声が響いた。


「勝者、レイ!」





 一瞬。頭が真っ白になった。


「勝った……?」


 信じられなかった。今まで何度も負けた。何度挑んでも勝てなかった。だから――。


「やったぁぁぁぁ!!」


 思わず叫んでいた。初勝利だった。本当に嬉しい。思わず飛び跳ねる。前世でも仕事でこんなに喜んだことはなかったかもしれない。


「おにーちゃすごーい!」


 フローラがぱちぱちと拍手する。


 さらに嬉しくなった。妹の前で格好良いところを見せられた。それだけで今日来た価値があった。


 一方。ブラットは悔しそうに地面を見つめていた。


「くそぉ……」


「ごめん」


「いや」


 ブラットは顔を上げる。


「今日はおれの負けだ」


 悔しそうだった。だが認めてくれた。こいつは負けを認められる。それがブラットの強さの一つだと思う。


「次は絶対勝つからな」


「うん。そっちも楽しみにしてる」


 本心だった。





 母さんが近付いてくる。


「はいはい、治療するわね~」


 ブラットの肩へ手を置く。柔らかな光が溢れた。数秒後、ブラットは肩を回している。


「もう痛くねぇ!」


「やっぱり回復魔法って凄いな」


 何度見ても反則だと思う。


「僕は覚えられないの?」


「回復系職種じゃないと難しいわね」


 母さんは苦笑した。


「覚えるなら【自然治癒】系かしら」


(欲しい……)


 危険な世界だ。回復手段はいくらあっても困らない。戦闘だけじゃない。日常でも怪我はする。前世で痛感した教訓だった。





 その後も模擬戦は続いた。しかしブラットの学習速度がおかしかった。


「そこだ!」


 大剣が正確に【ハンド】を弾く。


「えっ!?」


「慣れてきたぜ!」


 戦闘センスが高すぎる。負けた直後に対策を実行できる。それは才能というより本能に近かった。


 さらにエレナも途中から見学に来ていた。


「ブラット、左から来るにゃ」


「おう!」


「レイ、その位置危ないにゃ」


「えっ?」


 何故か的確だった。本人に聞いても答えは同じ。


「なんとなくにゃ」


 意味が分からない。だが恐ろしく当たる。


 結局、何戦も繰り返した結果。勝敗はほぼ五分。引き分けという結果になった。


 最初の一勝は奇襲の成果だった。純粋な実力では、まだ差がある。それははっきり分かった。





 帰り道。母さんが感心したように呟く。


「二人とも本当に強くなったわね」


「まだまだだよ」


 今日勝てたのは奇襲のおかげだ。そう思う。


 すると母さんが少し考え込んだ。


「でもレイの【無属性魔法】はかなり特殊よ」


「そうなの?」


「普通の【シールド】はあんなに硬くないもの」


 母さんが首を傾げる。


「魔力操作の影響かしらね」


(ジョブホッパーの影響もありそうだけど……)


 それは言わない。まだ秘密だ。


「でも戦い慣れた相手なら【魔力感知】で対応できるわ」


「ブラットみたいに?」


「そういうこと」


 今のままでは足りない。見えないだけでは通用しない。


 もっと速く。もっと巧く。もっと強く。自分だけの戦い方を完成させなければならない。


 学校入学まであと少し。負けたくない相手がいる。追いつきたい背中もある。


「フローラ、今日は格好良かった?」


 何気なく妹へ聞いてみる。


「うん! すごかったよ!」


 それだけで十分だった。


(もっと魔力操作を鍛えよう)


 そう決意しながら、自分は夕焼けに染まる帰り道を歩くのだった。

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