第25話 雷剣の暴走と仲間達
五歳になってからの日常は、少しずつ変化していた。
職種を得たことで、ただ遊んでいただけの日々は終わりを告げた。剣の訓練。魔法の訓練。そして職種スキルの研究。
特に自分は【ジョブホッパー】という特殊な固有スキルを持っている。使えるものは何でも試しておきたい。
そんなわけで今日は、自宅の庭ではなくブラットとエレナと共に町の外周部へ来ていた。
目的地は《モロット修練場》。町の外周部に作られた訓練施設だ。木製の的や模擬戦用の区画が整備されており、冒険者や兵士見習い達も利用している。常に警備員が巡回しているため、子供だけで来ても比較的安全な場所だった。
職種を得てから数週間。自分達は何度も訓練を繰り返し、それぞれの職種の特徴が少しずつ見えてきていた。
今日は実戦形式で確認する日である。
「今日は僕、一人で的を使うね」
神木の小太刀を腰に差しながら宣言する。
「【魔導剣士】で覚えたスキルを試してみたいんだ」
「ああ、わかったぜ」
ブラットが大剣を肩に担ぐ。
「じゃあ、おれはエレナと打ち合いしてる」
「はいにゃ~」
エレナも短剣を回しながら頷いた。三人はそれぞれ訓練を開始する。
★
まずは二人の様子を少し観察する。
ブラットとエレナは訓練場中央で向かい合った。
そして――ブラットが地面を蹴る。
ドンッ!!
爆発音のような踏み込み。土が舞い上がる。
(速っ!?)
思わず目を見開いた。職種を得る前から速かった。だが今は別格だ。一瞬でエレナとの距離を詰める。
「おらぁっ!!」
大剣が唸る。風圧だけで髪が揺れた。
しかし。エレナは紙一重で回避する。猫のように身体を捻り、懐へ潜り込む。短剣が閃く。
ガキィン!!
木剣同士が激突した。さらにブラットの追撃。エレナの回避。ブラットの踏み込み。エレナの反撃。まるで何年も訓練した戦士同士の模擬戦だった。
(本当に五歳か……?)
自分は呆然と眺める。ブラットは純粋に強くなっている。力だけじゃない。速さも増している。
そしてエレナ。こちらも明らかにおかしかった。攻撃を避ける瞬間、まるで先読みしているように動く。
(前から勘は良かったけど……)
今日は特に冴えている気がした。
まあ。今は自分の訓練だ。気持ちを切り替える。
★
今日試したいのは二つ。
【ブレード】
【武器強化】
どちらも【魔導剣士】になって得た職種スキルだ。
まずは【ブレード】。目を閉じる。魔力を剣の形へ固定する。刃。柄。重心。硬度。細部までイメージする。
すると――透明な魔力剣が現れた。
(やっぱり職種スキルは凄いな)
以前なら安定しなかった。だが今は違う。身体が自然に理解している。まるで昔から使っていたかのようだった。
試しに的へ振る。ガッ! 木製の的に傷が走る。
(次だ)
今度は雷属性を混ぜる。だが途中で形が崩れそうになる。
(昨日はここで失敗したんだよな……)
そこで発想を変えた。外側は普通の魔力。内側だけ雷属性。二重構造。
すると――。
バチッ。バチバチッ。
雷が安定した。
(成功した!)
そのまま振り抜く。
ブォンッ!!
雷光が走る。
ズバァン!!
的が真っ二つになった。
【サンダーブレードを取得しました】
(おおっ!?)
思わず顔が綻ぶ。新スキル獲得である。これは嬉しい。かなり嬉しい。雷属性の二重構造、これは応用が効きそうだった。魔力の組み合わせ方次第で、まだまだ可能性が広がる気がする。
★
その頃。エレナはふと動きを止めた。
「……?」
胸の奥がざわつく。嫌な予感……。
「どうした?」
ブラットが聞いた。
「なんでもないにゃ」
そう答えながらも視線はレイへ向いていた。
★
一方その頃。自分は完全に調子に乗っていた。
神木の小太刀を抜く。そして【武器強化】を発動。魔力が刀身へ浸透する。さらに雷属性付与。今度はあっさり成功した。
【雷属性付与を取得しました】
(よしっ!)
刀身の周囲で雷が踊る。パチパチと弾ける青白い光。神木の小太刀との相性も抜群だった。
(超カッコいい!!)
テンションが一気に上がる。五歳児の心は抑えられなかった。前世の記憶がある三十九歳だろうと、この光景は興奮する。
そして。何も考えずに的へ向かって振り抜く。
その瞬間。
「危ないにゃ!!」
遠くからエレナの叫び声が聞こえた。
だが。遅かった。
ドォォォォォォォォォォォン!!
轟音。閃光。衝撃。地面が震える。土煙が舞い上がる。
訓練場中の視線がこちらへ向いた。
★
煙が晴れる。そして。自分は固まった。
「……」
的がない。綺麗さっぱり消滅していた。さらに。その後ろの地面まで抉れている。巨大な穴。小さなクレーター。
完全にやらかした。
(やっばぁぁぁぁぁ!!)
一気に血の気が引いた。テンションの高さと恐怖の落差が激しすぎる。心臓に悪い。
気付けば大人達が集まっていた。
「おい、坊主」
訓練中だった男性が声を掛けてくる。
「はい……」
「属性付与の訓練は親の前でやれ」
「ご、ごめんなさい……」
「まあ怪我人がいないから今回はセーフだ」
そう言いながら穴を眺める。そして。
「ちゃんと埋めろよ」
「はい……」
ぐうの音も出なかった。前世でも現場ミスの後始末は自分でやれ、が鉄則だった。この世界でも変わらない。
★
「手伝うにゃ」
真っ先に動いたのはエレナだった。既にスコップを持っている。
「おれもやるぜ!」
ブラットも駆け寄る。
「二人ともありがとう……」
申し訳なさでいっぱいだった。
こうして三人で穴埋め作業が始まる。
だが。
(速いな……)
ブラットの作業速度がおかしい。土木作業なのに戦闘しているような勢いだった。一撃一撃が重い。土が大量に飛ぶ。方向が雑すぎる。
さらに。エレナが指示を出し始める。
「こっちから埋めるにゃ」
「そこは崩れるにゃ」
「その土はこっちにゃ」
的確すぎる。結果、エレナの言う通りに動くのが一番効率が良かった。
「なんでそんなに分かるの?」
そう聞くと。本人は首を傾げた。
「なんとなくにゃ」
いつもの答えだった。
(絶対なんとなくじゃないだろ……)
心の中でツッコむ。レンジャーの職種効果だろうか。それとも元々の才能か。不思議な猫娘だった。
そういえば、エレナは今日自分の攻撃より少し前に叫んでいた。先読みか、何かを感じたのか。鑑定で確認したい気もするが、本人の前でやるのは少し憚られた。
(後で確認しよう)
穴を埋めながら、そっと心に留めておいた。
★
その日の夜。当然のように報告した。
そして――。
「レイ」
「はい」
「正座」
「はい……」
父さんに盛大に怒られた。
★
だが。話を聞いていた父さんは途中から真面目な顔になる。
「【サンダーブレード】も覚えたのか」
「うん」
「普通ならそんな短期間で覚えないんだがな」
そう言いながら神木の小太刀を受け取る。ヒュン。ヒュン。数回振る。空気が鋭く鳴った。
そして父さんは僅かに眉を上げる。
「なるほど」
「やっぱり変?」
「ああ」
即答だった。
「この武器での【武器強化】は問題ない」
だが。
「【雷属性付与】は禁止だ」
「えっ?」
「魔獣相手ならいい」
父さんの表情が険しくなる。
「だが人には絶対向けるな」
今日のクレーターが脳裏をよぎった。確かに危険すぎる。あれが人に当たっていたら、洒落にならない。
「うん。わかった」
「それと」
父さんは小太刀を返す。
「良い武器だ」
少し笑う。
「大事にしろよ」
(神木の小太刀については聞かれなかったな……)
内心ほっとする。正直、自分でも説明できない。普通の角材から出来たとは思えない代物だ。
雷属性付与は封印。少なくとも制御できるようになるまでは。そう心に誓った。
前世でも、扱い方を理解していない道具は使わないのが原則だった。今もそれは変わらない。
★
その夜。エレナはベッドの中で眠っていた。
静かな寝息。柔らかな月明かり。
そして。小さく呟く。
「……だいじょうぶ」
誰へ向けた言葉なのか。本人にも分からない。夢の中だから。
ただ。誰かを安心させるように。誰かを守るように。
優しくそう呟いた。
そして翌朝には。その言葉すら綺麗に忘れているのだった。




