第22話 五歳の儀式と、認証の指輪と、ジョブホッパー
この世界に生まれて、ついに五歳になった。
前世なら誕生日を祝う年齢だが、この世界に誕生日という概念は存在しない。年が明けると全員が一斉に歳を取る。だから生まれた日ではなく、年齢ごとに行われる行事の方が重要視されていた。
そして五歳。この年齢には特別な意味がある。
それが――【誕生祝い】だ。
昔は病気や飢餓で五歳まで生きられない子供も少なくなかったらしい。だから無事に五歳を迎えられたことを祝う。家族も、親族も、近所の人達も、みんなで子供の成長を喜ぶ。今では医療も発展し生活も安定しているため、子供が亡くなることはかなり減ったそうだ。それでも、この風習だけは今も受け継がれている。
そして五歳になると、もう一つ大切な儀式があった。
それが――【認証の指輪】の授与である。
★
「レイももう五歳か」
朝食を食べながら父さんがしみじみと言った。
「早いわよねぇ」
母さんも嬉しそうに頷く。フローラは相変わらず椅子の上で元気に手を振っていた。
「うー!」
可愛い。今日も妹は世界一可愛い。たぶん。いや、間違いなく。
そんなことを考えていると父さんが笑った。
「今日はいよいよ認証の指輪を受け取る日だからな」
「楽しみ?」
「うん」
これは本音だった。むしろ気になって仕方ない。認証の指輪。そして職種。さらに――【ジョブホッパー】。五年間ずっと謎だった固有スキルの正体が、今日ついに判明するかもしれないのだ。期待しない方がおかしい。
もちろん不安もある。もし変な職種だったらどうしよう。もしジョブホッパーが危険な能力だったらどうしよう。そんな考えが頭をよぎる。
だが父さんは気楽そうだった。
「まあ職種なんて目安みたいなもんだ」
「そうなの?」
「ああ」
父さんはパンを齧る。
「俺の知り合いにも農民の職種で冒険者になった奴がいるし、剣士なのに商人をやってる奴もいる」
「職種と違うことをしてもいいんだ」
「もちろんだ」
父さんは笑う。
「神様は向いてる道を教えてくれるだけだ」
その言葉に少し安心した。つまり職種で人生が決まるわけではない。前世の適職診断みたいなものだろう。当たるかもしれないし、外れるかもしれない。ただ参考にはなる。そんな感じらしい。
(ならそこまで怖がる必要もないか)
気持ちが少し楽になった。
★
認証の指輪は聖教会から配布される。神の祝福が込められた特殊な指輪だ。受け取りは義務ではない。だが受け取らない人はほとんどいない。なぜなら便利すぎるからだ。
(神様製マイナンバーカード兼銀行口座兼身分証明書みたいなものだよな……)
五年間調べた結果、自分の認識はそんな感じだった。
個人情報を管理する。財産を預けられる。送金もできる。職種も確認できる。ついでに犯罪者の資金洗浄も防止できる。
便利すぎる。神様が本気を出すとこうなるのだろうか。
唯一の欠点は――神の祝福を受けること。つまり神へ直接攻撃できなくなることだ。だから反神組織の人間は受け取らない。
……もっとも。
(受け取らなくても勝てる気がしないけどな)
絵本や本で調べた限りでは、神へ敵対した組織の末路は大体悲惨だった。聖人が来て警告する。改善しない。すると魔王が来て力でねじ伏せる。終わる。大体この流れである。理不尽なくらい強い。まあ、世界を管理している存在なのだから当然かもしれない。
神の禁止事項も思い出す。
一つ。神へ攻撃してはならない。一つ。国家同士で全面戦争をしてはならない。一つ。国家は国民の幸福を考えて統治しなければならない。一つ。大規模な自然破壊をしてはならない。
(改めて見ると結構まともだな)
前世の感覚で考えても悪くない。むしろ理想論に近い。
もちろん問題はある。基準が曖昧なのだ。全面戦争とは何か。幸福とは何か。自然破壊とはどこまでか。その辺は神様判断らしい。非常にファジーである。
だが逆に言えば柔軟とも言える。世界そのものを管理するためのルールなのだから、細かく決めすぎると逆に歪みが出るのかもしれない。前世の法律だって、条文だけ読むと杓子定規すぎて実態に合わないことがよくあった。
(神様って人類を守ってるというより……)
そこで少し考える。人類を守っているのではなく、世界を維持している。そのために人類を保護している。そんな印象だった。
まあ真実は分からない。今のところ人類側のメリットが圧倒的に大きいのだから、深く考えすぎても仕方ない。
★
やがて朝食が終わる。父さんが立ち上がった。
「そろそろ行くか」
「うん」
思わず背筋が伸びる。母さんは優しく微笑んだ。
「緊張してるの?」
「少しだけ」
「大丈夫よぉ」
母さんが頭を撫でる。
「レイはレイなんだから」
その言葉に少しだけ肩の力が抜けた。
そうだ。職種が何であろうと。固有スキルが何であろうと。自分は自分だ。
世界征服したいわけでもない。最強になりたいわけでもない。快適に暮らして、家族を守って、美味しいご飯を食べて、できれば将来ペンギン獣人を探す旅に出たい。
それだけである。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「うー!」
フローラも元気に手を振った。
可愛い。本当に可愛い。頑張ろう。兄として恥ずかしくない結果を見せなければ。
★
家を出る。父さんと並んで歩く。向かう先は町の中心部。そこにある聖教会だ。
モロットの朝は活気があった。市場では商人達が声を張り上げている。鍛冶師の槌音が遠くから響いてくる。道を行き交う人々は笑顔だ。
五歳になった子供達が集まり、認証の指輪を受け取り、そして職種を知る。
自分以外にも同じ年齢の子供達が、家族に連れられて同じ方向へ歩いていた。みんな少し緊張した顔をしている。母親に手を引かれて俯いている子。逆に興奮で飛び跳ねている子。反応は様々だった。
(まあ、大事な日だもんな)
自分だけが緊張しているわけではない。それが少し心強かった。
父さんが隣で静かに歩いている。特に何も言わない。ただ一緒にいてくれる。前世でも、大事な場面の前はそっとしておいてくれる人の方が有難かった。父さんはそれを分かっているのかもしれない。
胸の鼓動が少しずつ速くなる。
期待。不安。好奇心。様々な感情が入り混じる。
そして何より――。
(ジョブホッパー……)
五年間ずっと分からなかった固有スキル。神様から与えられた力。その正体を知る時が、ついにやって来た。
良い能力か。悪い能力か。役立つ力か。厄介な力か。
何も分からない。ただ、どんな結果でも受け入れるしかない。前世でも知らない現場に初めて入る時はそうだった。まず状況を把握する。それから考える。焦っても仕方ない。
聖教会の建物が見えてきた。白い石造りの建物。入口には十四枚の翼を持つ鳥の紋章。絵本で見た聖教会の象徴だ。
自分の未来は、これからどこへ向かうのか。
その第一歩が、まさに始まろうとしていた。




