第20話 戦闘訓練と、化け物達と、自分だけの武器
四歳になってからの日常は少し変わった。
料理の手伝い。魔法の訓練。
そして――戦闘訓練である。
正直に言おう。
自分は戦闘訓練が苦手だ。いや、嫌いではない。ただ才能がない。ステータスの成長スピードを見た時から何となく察していたが、自分は器用さや知力、魔力の伸びが高い。その代わり、力と速さが低い。
つまり典型的な後衛型だった。
現在、自分は庭で木剣の素振りをしている。
「九十七……九十八……九十九……ひゃく……」
腕が重い。もう重い。凄く重い。まだ百回なのに。前世でも運動は苦手だったが、これほどとは思わなかった。四歳の身体に三十九年分の怠惰が蓄積されているのかもしれない。
そんな自分の横では――。
ドンッ!!
地面を踏み込む轟音が響いた。
「うおっ!?」
思わず声が漏れる。ブラットが地面を蹴ったのだ。土が跳ね上がり、一瞬でエレナとの距離を詰める。そして木剣を振り下ろした。
ブォンッ!!
風を裂く音。四歳児が出していい音ではない。
エレナはそれを紙一重で回避する。身体をひねり、懐へ潜り込む。左右の短剣が同時に閃いた。
ガガガガッ!!
木と木が激しくぶつかり合う。ブラットは慌てない。木剣を回転させるように振り抜き、二本の短剣を弾き飛ばした。
「にゃっ!?」
「まだまだだぜ!」
そのまま追撃。一撃。二撃。三撃。容赦のない連続攻撃。エレナは猫のような身軽さで避け続ける。地面を蹴る。回る。潜る。跳ぶ。土煙が舞い上がる。
訓練用の木剣とは思えない迫力だった。
(本当に同じ四歳か……?)
自分は木剣を握ったまま呆然と見つめていた。百回素振りしただけで腕が悲鳴を上げる自分。一時間以上打ち合っても平然としている二人。同じ年齢とは思えない。というか思いたくない。
★
ちなみに【魔眼】で見ても二人は凄かった。
ブラットは魔力操作が苦手だ。一年前から練習しているのに、未だに魔力を綺麗な形へ固定できていない。だが肉体能力がおかしい。魔力を扱えなくても強い。純粋な戦士タイプだ。
一方のエレナは違う。魔力の流れがとても綺麗だった。まだ【ボール】の取得には至っていないが、かなり安定している。あと少しでスキルを覚えそうだった。
(やっぱり魔眼って便利だな)
普通なら見えない部分が見える。成長具合まで分かる。ただし――それでも運動能力までは補えない。悲しいことに。
「レイー!」
ブラットが木剣を肩に担ぎながら近付いてくる。
「素振りばっかしてないで打ち合おうぜ!」
「無理」
「なんでだよ」
「死ぬ」
「死なねえよ!」
「いや死ぬ!」
絶対死ぬ。少なくとも木剣が当たったら泣く自信がある。ブラットの一撃は木剣どころか鈍器だ。
「レイは体力なさすぎるにゃ」
エレナが呆れたように言った。
「否定できない……」
するとブラットが首を傾げる。
「まだ肩慣らしなのにな」
「え?」
「本番はこれからだぞ?」
「マジで?」
「マジだ」
自分は二人を見た。まだ息も乱れていない。汗もほとんどかいていない。
(化け物だ……)
その後、本気で打ち合う二人を見て確信した。将来的に父さんみたいになる。間違いなくなる。
ちなみに父さんはもっと酷い。以前、素振りを見学したことがある。ただ木剣を振っただけだった。それなのに五メートル先の草と地面がまとめて吹き飛んだ。風圧で。
意味が分からない。
その瞬間、自分は理解した。この世界の剣士は筋肉で物理法則を説得する生き物なのだと。
自分はあちら側ではない。絶対に違う。
★
訓練終了後。自分は一つの決意をした。
「木剣作ろう」
今使っている木剣は重い。長い。扱いづらい。つまり自分向きではない。なら自分専用を作ればいい。前世で道具を自分向けに改造していた現場監督の習性が、ここでも顔を出した。
「今日は訓練パス!」
「またかよ」
ブラットが呆れた顔をする。
「今度は何するんだ?」
「自分用の木剣を作る」
「今のじゃ駄目なのか?」
「重い」
「じゃあ肉を食えよ」
「そういう問題じゃない!」
(脳筋かよ!)
話にならなかった。エレナは「まあ、レイらしいにゃ」と言って尻尾を揺らした。それが妙に的を射ていて、少し悔しかった。
★
家の裏に積まれていた角材を一本借りる。長さは一メートルほど。適度に軽く、適度に硬い。練習用としては悪くない。
そして今回はもう一つ目的がある。
【素材の極み】
その効果の検証だ。料理では異常な性能を発揮した。なら木材加工ではどうなるのか。少し気になっていた。
まずはナイフで荒削り。余分な部分を削り落とす。そこから少しずつ形を整える。
目指すのは木剣ではない。小太刀だ。
短く。軽く。素早く扱える武器。自分向けの武器。
さらに研磨。ひたすら研磨。表面を整えながら重心を調整していく。前世で施工管理をしていた頃、図面と実物のズレを指先で確かめていた感覚に似ていた。手が覚えている。
そして最後。刀身の後方へ細い溝を掘った。本来なら強度が落ちる加工だ。だがそこへ【ハンド】を流し込む。魔力による補強。そんなイメージだった。
すると妙なしっくり感が生まれた。まるで最初からそう作られていたような自然さ。
「できた」
完成である。
試しに魔力を流す。すると手に吸い付くような一体感が生まれた。悪くない。むしろかなり良い。
そこで何気なく【鑑定】を使う。
そして――固まった。
【神木の小太刀】 御神木を使用した小太刀。魔力を流すことで魔除けの結界を発動する。
「……」
沈黙。
「…………」
さらに沈黙。
(コレ、ダメなやつでは?)
どう見てもダメなやつだった。
普通の角材である。どこにでもある木材である。なのに鑑定結果は御神木。意味が分からない。
(絶対に【素材の極み】のせいだろ……)
確信した。このスキル。便利とかそういう話ではない。危険な類だ。料理でも異常な品質向上が起きていた。木材でも同じことが起きた。ということは他の素材でも――。
考えるほど頭が痛くなる。
「当分は隠そう……」
即決だった。パッシブだから止められない。それが一番困る。止めたくても止める手段がない。常時発動している以上、何かを作るたびに規格外の品質になる可能性がある。
これは本格的に、使い方を慎重に考えなければならなかった。
★
試しに魔力を流しながら小太刀を振る。
シュッ!!
軽い。今までより遥かに軽い。さらに【ハンド】の補助によって軌道修正までできる。木剣というより、自分の手足が一本増えた感覚だった。
「これは……アリかも」
少なくとも普通の剣術より自分向きだ。力も速さも足りない。だからこそ工夫する。補う。作り出す。
もしかすると自分には、自分なりの戦い方があるのかもしれない。
ブラットのような怪力はない。エレナのような身体能力もない。
けれど。
料理。建築。土木。加工。そして魔法。自分には自分の強みがある。
まだ四歳。焦る必要はない。少しずつ。一歩ずつ。自分だけの道を見つければいい。
そんなことを考えながら、自分は夕方まで小太刀を振り続けるのだった。
風を切る音が、心地良く庭に響いていた。




