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ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~  作者: フェアリーP
幼児編

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第17話 世界のはじまりと、神話と、ペンギン獣人への確信

 少し前のこと。


 自分は父さんにそれとなくお願いをしていた。


「この世界のことが分かる本が読みたい」


 三歳児らしからぬ発言だったと思う。だが父さんは深く追及しなかった。元々、自分が文字を覚えるのも早かったし、本を読むのも好きだったからだろう。


 そして数日後――。


「レイ、欲しがっていた本を持ってきたぞ」


 依頼から帰ってきた父さんが、鞄の中から一冊の本を取り出した。厚みはそれほどない。どうやら子供向けの本らしい。表紙には大きな文字で題名が書かれていた。


『世界のはじまり』


 その文字を見た瞬間、自分の胸が少し高鳴る。前世でも本は好きだった。特に歴史や神話の本はよく読んでいた。だからこそ興味が湧く。この世界の人達は、自分達が暮らしている世界をどう認識しているのか。どんな歴史を学んでいるのか。ようやく知ることが出来る。


「依頼先の貴族様に相談したら譲ってもらえてな」


「きぞくさま?」


「ああ。同じくらいの年齢の子供がいたんだが、もう不要になってな」


 なるほど。だから子供向けの本があったのか。むしろ今の自分には丁度いい。大人向けの難しい本を渡されても読めないだろう。


「ありがとう、お父さん!」


「いっぱい読めよ」


「うん!」


 そう返事をして、自分はさっそくページを開いた。





 まず驚いたのは――この世界には世界そのものの名前が存在しないことだった。


 絵本によると、遥か昔には正式な名前があったらしい。だが長い歴史の中で失われてしまったという。そのため現在は、住んでいる地域ごとに名前を付けて呼んでいるらしい。


 そして自分達が暮らしている場所は《イーストエンド地方》。


 人類が住む最東端だから。ただそれだけの理由だった。


(雑だな……)


 思わずそう思った。いや、分かりやすいのは良い。良いのだが。前世でも「東の果て」だとか「西の果て」だとか、地名がそのまま由来になっている場所は少なくなかった。だから妙に親近感がある。


(人間ってどこの世界でもネーミングセンスは似るんだな)


 少しだけ安心した。


 さらに読み進める。そこで自分は思わず目を見開いた。


 子供向けなのに、巨大な戦争の挿絵が描かれていたからだ。


 空を埋め尽くす黒雲。大地を覆う軍勢。神々。邪神。そして十四人の英雄達。


 どうやら遥か昔、この世界では神々と邪神による大戦争が起きていたらしい。しかも数百年規模。想像も出来ない。前世なら神話扱いされそうな話だった。


 その戦いの中で神々は人へ力を授けた。選ばれた十四人。七人の【聖人】。七人の【魔王】。彼らは神の力を継承した存在だったという。


(……魔王が英雄?)


 そこで少し驚く。前世の感覚だと魔王は完全にラスボスだった。勇者に倒される存在である。だが、この世界では違った。魔王もまた世界を救った英雄の一人だったのだ。


 名前だけ聞けば悪役。中身は英雄。


 なかなか面白い。歴史というのは本当に立場で変わるらしい。


 さらにページをめくる。そこには【固有スキル】について書かれていた。十四人の英雄達は特別な固有スキルを持っていた。そしてその力は今も受け継がれているらしい。持ち主が亡くなると、その力は世界でもっとも適性の高い人物へ継承される。


 つまり世界には常に――七人の【聖人】。七人の【魔王】。合わせて十四人の継承者が存在することになる。


(便利な仕組みだな……)


 思わずそんな感想が浮かんだ。だが次の文章を読んで少し引っ掛かった。


 神から力を授かった者は、その神に逆らえない。


 そう書かれていたのだ。


(神からしたら都合良すぎないか?)


 そんな疑問が頭をよぎる。しかも「力を授かった者は逆らえない」という一文が、さらっと書かれているのが気になった。子供向けの本に書いてある内容にしては、随分と重い制約だ。都合の良い仕組みを作ったのが神側だとしたら、その意図はどこにあるのか。


 もちろん三歳児が口にする内容ではない。だから黙って読み進めた。





 物語は終盤へ向かう。


 長い戦争の中で、歴代最強と呼ばれる十四人の英雄達が現れた。神々は最後の希望として最大級の加護を与えた。それでも邪神は倒せなかった。


 そこで英雄達は最後の手段を選ぶ。命と引き換えに邪神の力を十四個へ分割して巨大な結晶へ封印したのだ。邪神本体は神の世界へ封印。そして十四個の巨大結晶は世界各地へ封印された。七つは東。七つは西。


 そうして世界は救われた――。


 絵本にはそう書かれていた。


 さらに続きがある。巨大結晶からは今も微量の力が漏れ続けているらしい。それこそが【魔素】。魔法やスキルの源になる力だという。


 イーストエンド地方には――


【火】【水】【風】【土】【木】【闇】


 そして天空の【時】


 七つの巨大結晶が存在しているらしい。その影響で魔素が豊富になり、人々は多くのスキルを得られるようになった。だからこの地方は栄えている。絵本はそう締めくくられていた。





 本を閉じる。


「……うーん」


 正直な感想。話の規模が大き過ぎる。神。邪神。英雄。魔王。巨大結晶。前世なら神話として語られていても不思議じゃない内容だった。


 ただ、完全な嘘とも思えなかった。実際に自分には大地から立ち上るような【魔素】が見えている。巨大結晶が存在すると言われても否定は出来ない。


 だが――。


(天空の【時】だけ見えないんだよな)


 そこが気になった。大地から湧き出るような魔素は見える。火も水も風も土も木も闇も。だが空から降ってくるような魔素は見たことがない。自分の【魔眼】の問題なのか。それとも別の理由があるのか。


 今はまだ分からなかった。時間の魔素というのが、そもそも目に見えるものなのかどうかすら分からない。前世でも時間は見えなかった。流れを感じるだけだ。もしかすると同じことなのかもしれない。


 そして最後のページをめくる。そこには小さな文字が記されていた。


――発行 聖教会――


「せいきょうかい?」


 聞いたことのない名前だった。その横には十四枚の翼を広げた鳥のような紋章が描かれている。説明によると十四英雄を象徴する紋章らしい。つまりこの絵本を書いたのは、十四英雄を祀る組織ということになる。


「お父さん、聖教会ってなに?」


 本を抱えながら尋ねる。


「ああ、聖教会か」


 父さんは少し考えてから答えた。


「簡単に言えば十四英雄を信仰している組織だな」


「へぇ」


「孤児院を運営したり、薬を配ったりもしている。人助けをしている組織だ」


 思ったよりまともだった。というか普通に良い組織に聞こえる。


「世界を守るのも仕事なの?」


「ああ」


 父さんは頷いた。


「ただし世界を守ろうとしているのは聖教会だけじゃない」


「そうなの?」


「魔獣と戦う冒険者達もそうだし、研究者達だって世界を守るために働いている」


 そう言って父さんは笑った。


「みんなやり方が違うだけだ」


 その言葉は妙に印象に残った。絵本だけを読むと、まるで聖教会と十四英雄だけが世界を守っているように見える。だが現実は違うらしい。世界には色々な人がいて、それぞれのやり方で世界を支えている。


(前世と同じだな)


 政治家。研究者。兵士。商人。歴史家。立場が違えば見える景色も違う。同じ出来事でも語り方は変わる。


(この本もそうなのかもしれない)


 もちろん今の自分には分からない。ただ一つだけ言えることがある。歴史というものは、誰が書いたかで見え方が変わる。前世の経験がそう教えていた。


 だから自分はこの本を鵜呑みにはしないことにした。参考にはする。でも全部を信じるつもりもない。そのくらいが丁度いいだろう。





 再び本を開く。


 今はまだ知らないことだらけだ。この世界の本当の姿も。神々のことも。邪神のことも。巨大結晶のことも。何も分からない。


 だけど――いつか大人になったら、自分の目で確かめてみたい。世界の果てまで旅をして。色々な国を見て。色々な人に会って。そして本当の歴史を知りたい。


 そんなことを考えていた時だった。


 ふと、あることを思い出す。


(そういえば……)


 七つの巨大結晶。東の果て。世界中に存在する様々な種族。


 ということは。


(ペンギン獣人がいる可能性も高くないか?)


 自分の中で全てが繋がった。


 神話より重要な結論だった。


 世界は広い。ならばきっといる。絶対にいる。巨大結晶が七つもあって魔素が満ちているような世界に、ペンギン獣人がいない理由が見当たらない。むしろいない方がおかしい。


 いつか必ず探しに行こう。


 そう固く決意しながら、自分は『世界のはじまり』をもう一度最初から読み始めたのだった。

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