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ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~  作者: フェアリーP
幼児編

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第16話 妹と将来の夢

 先日、自分に妹が産まれた。


 名前はフローラ。


 青い髪と青い瞳を持つ、水属性の女の子だ。


 まだ産まれたばかりなので顔立ちは赤ん坊そのもので、お世辞にも美少女とは言えない。正直に言えば、小さなお猿さんみたいだった。


 だが、それでも将来は絶対に美人になると断言できる。


 なぜなら母さんにそっくりだからだ。兄として保証する。フローラは将来きっと可愛くなる。


 初めて抱かせてもらった時、自分は少し不思議な感覚を覚えた。普通なら「妹が産まれた」という感想だけのはずだった。だが、何故だか違った。


 懐かしい。


 そんな感覚があったのだ。


 もちろん前世に兄弟はいない。赤ん坊と接する機会もほとんど無かった。それなのに、フローラの顔を見ていると胸の奥がじんわり温かくなる。初めて会ったはずなのに、どこか昔から知っているような感覚。


(……なんだろうな)


 自分でも理由は分からない。ただ、不思議だった。


 指を近付けてみる。すると小さな手が自分の指をぎゅっと握った。


 弱々しい力だった。だが、その小さな温もりを感じた瞬間――胸の奥にあった妙な不安がすっと消えた。


 安心した。本当にそれだけだった。


(元気に育ってくれればいいな)


 自然とそう思った。だから決める。兄としてフローラを守ろう。理由なんて分からない。でも守りたいと思った。それだけで十分だった。


(あと嫌われないようにしないとな……)


 前世では兄弟がいなかった。当然、兄をやるのも初めてだ。妹に嫌われる兄にはなりたくない。できれば慕われたい。いや、せめて嫌われない程度でいい。まずはそこから頑張ろうと思う。


 そんなことを考えながらフローラの顔を見ていると、また小さな手が自分の指を握った。


 今度は少しだけ強い力だった。





 最近、自分は自然に父さんと母さんをそう呼ぶようになっていた。


 転生したばかりの頃は違った。どこか他人のような感覚があった。優しくしてくれる人達。大切な人達。そう思ってはいたが、家族という実感は薄かった。


 だが三年も一緒に暮らせば話は別だ。


 少しずつ。本当に少しずつ。家族としての感覚が芽生えていた。身体が馴染んだのかもしれない。精神が馴染んだのかもしれない。理由は分からない。ただ、確実に変化していた。


 もちろん中身まで三歳児になったわけではない。相変わらず前世のおじさんである。しかし最近は子供らしい行動も自然と増えていた。演技だったはずなのに、気付けば半分くらい習慣になっている。


(……これ大丈夫かな)


 少しだけ不安になる。十年後くらいに精神年齢まで幼児化していたら笑えない。前世の記憶まで薄れ始めたら、本格的に困る。


 そして三年間一緒に暮らして分かったことがある。


 母さんは優しい。本当に優しい。天然だけど優しい。とても優しい。


 だが――。


(家事はそんなに得意じゃないよね……)


 料理。掃除。洗濯。全部頑張っている。本当に頑張っている。しかし上手いかと言われると微妙だった。父さんがさりげなくフォローしている場面も多い。


 ただしこの事実は絶対に口にしてはいけない。本能が警告している。母さんを怒らせてはいけないと。父さんですらたまに怒られている。自分が言ったら命は無い。


 たぶん無い。


 来年からは家事の手伝いを許可すると父さんから言われている。その時は全力で協力しよう。今はまずフローラの面倒を見る方が先だ。





 そういえば、自分の見た目について考えたことがある。


 金髪。左目は金色。右目は灰色。そして右目は【魔眼】だ。


 客観的に見ても整った顔立ちだと思う。ナルシストではない。たぶん違う。だが事実として顔は良い方だ。父さんに似たらしい。


 問題は右目だった。


 父さん達は黒い瞳と言う。だが自分には灰色に見える。しかも光が少ない。ぱっと見では失明しているようにも見えた。前世で例えるなら、漫画やゲームに出てくる敵幹部のような雰囲気である。


 そんな右目を見て母さんがある日言った。


「眼帯でも付ける?」


 もちろん全力で断った。即答だった。


 なぜなら危険だからだ。非常に危険だ。眼帯なんて付けたら絶対に変なスイッチが入る。前世の黒歴史。中二病的な何かが再発する未来しか見えない。封印されし右目とか言い始めたら終わりである。


 だから断固拒否した。


 母さんは少し残念そうだった。おそらく似合うと思っていたのだろう。だがそういう問題ではない。これは自分自身の精神衛生の問題だった。


(眼帯は絶対に無い)


 心の中でもう一度確認した。





 最近は父さん公認となった【魔眼】【魔力操作】【鑑定】の訓練を続けている。体力作りも継続中だ。


 だが問題があった。


 成果が出ない。本当に出ない。笑えないくらい出ない。


「レイはもっと身体全体を使え」


「重心を意識するのよ」


 父さんと母さんから様々な助言を受けている。しかし改善しない。ブラットとの差は相変わらず大きい。エレナとの差も大きい。むしろ最近広がっている気すらする。


(やっぱり運動の才能無いんじゃないかな……)


 前世でも運動は苦手だった。今世でも苦手だった。悲しいくらい一貫している。


 もしかすると前世の身体の動かし方に引っ張られているのかもしれない。三歳児の身体に最適化できていないのだろうか。三十九年間染み付いた動き方は、三年程度では上書きできないらしい。


 そんなことを考えながら今日も走る。結果は変わらない。


 だから最近は別方向も考え始めていた。


 例えば【身体強化】だ。魔力で筋肉や骨を補強できないだろうか。魔法で運動能力を底上げできないだろうか。


 しかし怖い。もし変なことをして成長が止まったらどうする。前世の身長は平均程度だった。今世では高身長イケメンになりたい。その夢を自分で潰すわけにはいかない。


 だから今は理論だけ考えている段階だった。




 魔法研究の方は順調だった。


 特に最近気になっているのが【ボックス】である。一般的には便利だが地味な魔法。しかし自分は違う視点で見ていた。


(型枠に使えないかな)


 建築。土木。料理。様々な用途が頭に浮かぶ。今はただの四角い箱だ。だが複雑な形状を作れるようになれば話は変わる。建物の型枠。鋳型。保存容器。応用範囲はかなり広い。前世で施工管理をやっていた感覚が、ここで生きてくる気がした。


 夢が膨らむ。今はまだ成功していない。だが将来的には絶対に実現したい。


 そして【無属性魔法】についても考察が進んでいた。父さんの説明を聞いて改めて理解した。魔力そのものには形が無い。だが【魔力操作】によって自在に変形できる。固める。伸ばす。曲げる。分割する。理論上はかなり万能だ。


 それなのに世間の評価は低いらしい。理由も理解できる。難し過ぎるのだ。普通の人には魔力が見えない。感覚も掴めない。成果も見えない。それなら火や水を出す属性魔法を練習した方が遥かに早い。当然の話だった。


(でも自分は違う)


 自分には【魔眼】がある。魔力が見える。魔素も見える。流れも分かる。だからこそ、この利点は活かすべきだろう。


 もしかすると【無属性魔法】は世間が思っている以上に可能性のある分野なのかもしれない。他の魔眼持ちも同じ結論に辿り着いている可能性はある。ただ人に教える理由が無いだけで、認知されていないのかもしれなかった。





 もっとも――自分は世界最強を目指しているわけではない。


 魔獣討伐にもそこまで興味はない。冒険者には少し憧れる。だが前世のオンラインゲームでは何度も死んだ。プレイヤースキルが無かったのである。


(たぶん戦闘向きじゃない)


 それが自己分析だった。


 だから目指すのはまず生存。護身。生活改善。快適な暮らし。そのために魔法を鍛える。そしていつか世界を旅する。色々な国を見て回る。知らない文化に触れる。珍しい魔法を学ぶ。


 その途中で――。


(ペンギン獣人を探す)


 それが今のところ最大の目標だった。


 魔王より優先順位が高いのは秘密である。


 フローラを抱いたまま空を見上げる。青空が広がっていた。


 世界は広い。まだ村の外にすら出たことがない。だがいつか必ず出る。その時には妹も一緒に連れて行ってやろう。


 小さな手が、また自分の指を握った。


 今度は離さなかった。

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