第13話 魔法研究と透明な手
最近の自分は、毎日のように魔法の練習をしていた。
【魔力操作】で魔力を動かし【魔力感知】で周囲の魔素を探る。暇さえあれば練習。朝も昼も夕方も練習。正直かなり楽しい。
前世では絶対に存在しなかった力だ。ゲームや漫画の中でしか見たことのない魔法を、自分の手で実際に扱えるのだから面白くないはずがない。
そして最近、ひとつ気になっていることがあった。
(他の人には魔法ってどう見えているんだろう?)
自分は【鑑定の魔眼】のおかげなのか、魔法の形や流れがはっきり見えている。しかし、それが普通なのか特別なのか分からない。
大人相手に試すのは危険だ。変な子供だと思われるかもしれない。だが二歳児相手なら問題ないだろう。
そんなわけで、自分は今日の実験台を確保することにした。
★
「にゃー!」
「あそぶぞー!」
いつものようにエレナとブラットが遊びに来ていた。二人とも今日も元気だ。特にブラットは朝から全力である。体力の塊みたいな男だ。
(よし、実験開始)
まずは【魔力操作】を発動。続いて【鑑定の魔眼】。そして――。
【ハンド】
透明な手が空中に現れる。自分にはハッキリ見える。半透明の魔力で作られた腕のようなもの。だが他人から見えるかどうかは分からない。
だから試す。
まずはエレナだ。透明な手をそっと背後へ移動させる。そして――。
こちょこちょ。
「にゃはははははっ!?」
エレナが突然笑い転げた。尻尾がぶわっと膨らむ。
(面白い。凄く面白い)
続いてブラット。脇腹を狙う。
こちょこちょ。
「うははははっ! なんだこれ!?」
成功である。二人とも周囲を見回している。しかし透明な手そのものを見ている様子はない。
「くすぐったいにゃー」
「へんなかんじだぞ!」
なるほど。やはり普通の人には見えていないらしい。
これは大きな収穫だった。透明な魔法は実在する。つまり将来的には見えない攻撃も可能ということだ。
(これ結構強くない?)
見えない手で武器を持ったらどうなるだろう。見えない攻撃。見えない盾。かなり夢が広がる。
まあ今はくすぐり専門だが。
「なんかレイがあやしいにゃ」
「たしかに!」
「え?」
ギクッとした。二歳児の勘が鋭い。怖い。
「レイだ!」
「レイにゃ!」
「ま、待っ――」
次の瞬間。左右から挟み撃ちだった。
こちょこちょ。こちょこちょ。
「あはははははっ!」
「やめっ! やめろって!」
「にゃははー!」
「おもしろいぞー!」
悪戯には代償がある。この日、自分は身をもって学ぶことになった。
そして一つ確信した。
(二歳児を侮ってはいけない)
前世三十八年の経験値も、子供の勘の前では無力だった。
★
その後も実験は続けた。
【シールド】を二人の前に出してみる。反応なし。【ボール】を転がしてみる。反応なし。やはり見えていない。
しかし一人だけ少し反応が違った。
「なんかそこにあるにゃ?」
エレナである。何もない空間を不思議そうに見ている。見えているわけではない。だが何かを感じている。
(獣人だからかな?)
猫だから感覚が鋭いのだろうか。匂い。気配。魔力。何かしらを感じ取っているのかもしれない。
今はまだ分からない。ただ、エレナの感覚は普通じゃない気がした。今後も観察対象である。
本人はもう別のことに興味が移っていたが。
★
最近の研究で分かったことも増えてきた。
特に【ハンド】は面白い。触手を増やすと一つ一つの力が弱くなる。逆に本数を減らすと力が強くなる。つまり使用できる魔力量には総量があり、それを性能へ振り分けている感覚だった。
まるでゲームのステータス配分だ。
今は小石を持ち上げる程度。だが将来は違う。
(剣を持たせたら格好良くない?)
透明な手が剣を持つ。空中を飛び回る。敵を切り裂く。絶対格好良い。ロマンしかない。いつか必ず実現させようと心に誓った。
【シールド】も似たような感じだった。面積、強度、枚数。それぞれに魔力を割り振れる。今はまだ弱い。全身を覆うことも難しい。しかし成長したら話は別だ。何重にも重ねた防壁とか憧れる。敵の攻撃を全部弾くとか最高だ。
一方で微妙なのが【ボックス】だった。透明な箱を作る魔法。便利そうだが意外と使い道が少ない。椅子、踏み台、机。今のところその程度だ。
試しに箱の上へ乗ってみたこともある。しかし他人から見ると、自分が空中に浮いているようにしか見えなかった。
(怪しい。あまりにも怪しい)
即座に封印した。
なお【ボックス】を延々と使っていた結果、【ストレージ】を習得した。
意味が分からない。箱と収納の関連性が分からない。だが便利なので良し。非常に良し。ストレージ最高。
【ボール】も少し悩ましい。球体を作れる。飛ばせる。だが――。
(ハンドで投げればよくない?)
という結論に毎回辿り着く。何か他の使い方がある気がする。ファンタジー作品みたいに砲弾のように撃ち出せたりするのだろうか。今後の課題だ。
★
研究を重ねるうちに、自分なりの仮説も生まれていた。
魔法とは何か。
周囲に漂う【魔素】を集める。それを体内の【魔力】と混ぜる。圧縮する。最後に自分の魔力で包み込み、操作する。
そんな流れなのではないか。
もちろん証拠はない。だが感覚的にはかなり近い。
つまり重要なのは二つ。魔力量。そして魔力操作。この二つだ。
特に魔力量は大事らしい。最近【鑑定】で分かってきたが、どうやら肉を食べると増えやすい。
少し憂鬱だった。
(どうせなら高級肉が食べたいなぁ)
美味しい肉。霜降り肉。魔獣肉。色々食べてみたい。
ただし。
(ペンギンは駄目だ)
それだけは譲れない。ペンギンは見るものだ。食べるものではない。重要なので心の中で二回確認した。
★
最近【鑑定】で分かってきたことは他にもある。
この世界には地球に似た植物や食材がかなり存在しているのだ。名前も、見た目も、味も、驚くほど近い。
(やっぱり転生者とかいるのかな)
そんな考えが頭をよぎる。もし過去にも転生者がいたのなら。この世界に知識を持ち込んだ人がいたのなら。
前世知識を乱用するのは危険かもしれない。知識チートをやりすぎると怪しまれる可能性がある。
(慎重にいこう)
うん。本当に慎重に。
そしてもう一つ、最近ずっと思っていることがあった。
本が欲しい。この世界の常識が書かれた本だ。前世の常識で行動していると、そのうち痛い目を見る気がする。魔法、種族、歴史、地理。知りたいことは山ほどある。
今度父さんか母さんに頼んでみよう。
そう思いながら空を見上げた。青空は今日も広い。
この世界には、まだ知らないことが無数にある。だからこそ面白い。そしていつか、世界中を旅してみたい。
もちろん――。
(ペンギンを探しながら)
それは今の自分にとって、かなり重要な将来の目標だった。




