第12話 幼なじみ達との実力差
朝ご飯を食べ終えた後、自分はいつものように庭へ出ていた。
最近の日課になっている体力作りだ。軽く走った後は、木の枝で地面に文字を書いたり、簡単な絵を描いたりしている。前世の知識を忘れないようにする目的もあるし、単純に暇潰しとしても丁度良かった。
まだ二歳児の身体では出来ることが少ない。だからこそ、今のうちに少しでも出来ることを増やしておきたかった。
そんな時だった。
「にゃー!」
「あそびにきたぞー!」
聞き慣れた元気な声が庭に響く。振り返ると、幼なじみの二人が勢いよく駆け寄ってきていた。
「レイちゃん、おはよう」
「レイくん、おはようにゃ~」
「こんにちは」
二人の後ろには、それぞれの母親達も立っていた。
★
ここで改めて、自分の幼なじみを紹介しておこう。
まずはエレナ。
青みがかった銀髪に金色の瞳を持つ女の子だ。少し眠そうな目をしていることが多いが、笑うと非常に可愛らしい。そして最大の特徴は頭に生えた猫耳と、後ろで揺れる尻尾。
そう。猫の獣人族である。
初めて見た時、自分はかなり感動した。これぞ異世界。ファンタジー世界。そして猫耳。男の夢が詰まっている。
エレナの母親であるニャルさんの話によると、獣人族には様々な種類がいるらしい。犬。狼。狐。熊。他にも数え切れないほどの種族が存在しているという。
(そういえばペンギン獣人とかいるのかな……)
ふと思った。
もし存在するなら一度は会ってみたい。いや、一度と言わず何度でも会いたい。
実は前世の頃から、自分は筋金入りのペンギン好きだった。水族館に行けば真っ先にペンギンコーナーへ向かう。動画サイトでも気付けばペンギン動画を再生している。ぺたぺた歩く姿。群れで並ぶ姿。水中を魚雷のように泳ぐ姿。どれも素晴らしい。
もしペンギン獣人がいるなら、将来絶対に会いに行こう。
そう心の中で固く決意した。前世では叶えられなかった夢だ。転生した今なら、もしかすると本当に実現できるかもしれない。
そしてもう一人の幼なじみ。
ブラット。
赤髪に赤い瞳を持つ元気な男の子だ。とにかく元気。本当に元気。元気という言葉を擬人化したらブラットになるんじゃないかと思うほど元気だった。
見た目は普通の人族に見えるが、父親がドワーフ族で母親が人族らしい。異種族同士でも結婚出来るらしく、この世界の種族事情は思った以上に柔軟だった。
(最近思うことがある)
(もっと【鑑定】を成長させたい)
種族や詳しい情報まで見られるようになれば、この世界についてもっと理解出来るはずだ。もしかしたらペンギン獣人の存在も確認出来るかもしれない。それは非常に重要なことだった。
「やっぱりレイちゃんは賢いわねぇ」
シーラさんが優しく頭を撫でる。
少し複雑な気分になった。前世三十八歳のおっさんと二歳児を比較しているのだから、ある意味反則だと思う。
「私達は中でお茶してるにゃ~」
「みんな仲良く遊ぶのよ」
「「はーい!」」
「はいにゃ~」
そうして大人達は家の中へ入っていった。
★
「今日は球当てしようぜ!」
ブラットが得意気にゴム球を掲げる。最近三人でよく遊んでいる遊びだ。円の中でボールを投げ合い、当たったら負け。単純だが意外と盛り上がる。
「いいにゃ~」
「今日こそ勝つ!」
自信満々に宣言する。毎回負けているが、今回は違う気がした。根拠は無い。しかし気持ちは大事だ。
「いくぞ!」
ブラットがボールを投げた。
ビュンッ!
(速っ!?)
慌てて身体を動かす。避けた。避けたはずだった。しかし――
ぽすっ。
「アウト!」
「え?」
背中にボールが当たっていた。どうやら完全には避け切れていなかったらしい。
「よえー!」
「弱いにゃ~」
開始数秒で敗北した。
おかしい。本当におかしい。前世の記憶があるのだ。身体の動かし方だって多少は理解している。なのに何故こうなる。
試合は続く。ブラットが投げる。エレナが避ける。エレナが投げる。ブラットが取る。そして自分だけが当たる。
「待って待って待って!」
「ん?」
「にゃ?」
「何で二人ともそんなに強いの!?」
本気で意味が分からなかった。
ブラットは二歳児とは思えない速度でボールを投げる。エレナは猫のような反射神経で避ける。いや実際猫なのだが。エレナが当たるところなど一度も見たことがない。
猫だからなのか? 猫補正なのか? だがブラットも強い。つまり違う。分からない。何も分からない。
ただ一つ分かるのは――自分が弱いということだった。
「次だ!」
「にゃー!」
「もう一回!」
結果。当然のように惨敗した。
「今日は終わりにしよう……」
自分は地面に座り込んだ。
「はははは!」
「いっぱい当たったにゃ~」
二人は楽しそうに笑っている。こちらの精神はボロボロだった。
(前世では仕事に心を折られ)
(転生したら二歳児に心を折られる)
(人生とは厳しいものである)
しかし不思議と、本気で悔しかった。諦めたくなかった。前世ではミスをするたびに「自分には向いていない」と思い込もうとしていた。だが今は違う。負けたなら次は勝てばいい。それだけだ。
(明日は絶対に一回くらい当ててやる)
小さな闘志が、胸の中でじわりと燃えた。
★
昼になると皆でご飯を食べることになった。
そして毎回思う。シーラさんの料理は本当に美味しい。野菜は柔らかく煮込まれ、肉は旨味がしっかり残っている。味付けも絶妙だ。前世の日本人基準でも十分に美味しいと思える。
「シーラさん、おいしいです!」
「ありがとう」
シーラさんが嬉しそうに微笑んだ。するとブラットがため息を吐く。
「あきたぜ」
「お前なぁ!」
思わずツッコミを入れる。
「こんな美味しいご飯に飽きるとか贅沢だぞ!」
「そうか?」
「そうだ!」
断言した。
その瞬間だった。背後から聞き慣れた優しい声が聞こえてきた。
「レイ?」
嫌な予感がした。ゆっくり振り返る。
そこには母さんがいた。笑顔だった。とても優しい笑顔だった。だが何故だろう。背筋が寒い。
「うちのご飯は?」
「……おいしいです」
「本当に?」
「もちろんです!」
全力で答えた。
その後、自分は少しだけ説教された。
(くそっ)
(ブラットが余計なことを言わなければ)
横を見るとブラットが口笛を吹いていた。完全に他人事の顔だった。いつかこいつにだけは球当てで勝ってやる。今すぐにでも決意を新たにした。
★
昼食後、ブラットとエレナは帰っていった。
賑やかだった庭は再び静かになる。
「ふぅ……」
今日は疲れた。走って。遊んで。負けて。怒られて。なかなか濃い一日だった。
だが不思議と嫌ではない。
前世では友達と遊ぶことなどほとんど無かった。仕事ばかりの毎日だった。笑い声が響く時間なんて、いつの間にか消えていた。
今は違う。毎日が新鮮で、毎日が少しずつ楽しい。
空を見上げる。青空が広がっていた。
いつかこの世界を旅してみたい。色々な街を見てみたい。色々な種族に会ってみたい。
そして――。
(ペンギン獣人がいるなら絶対に会う)
それだけは譲れない目標だった。もしかしたら魔王より優先順位が高いかもしれない。いや、まだ魔王を見たことはないけれど。
そんなことを考えながら、自分は眠気に負けて昼寝をすることにした。
明日こそ。明日こそは球当てで勝ってやる。
たぶん。きっと。
……いや、やっぱり無理かもしれない。




