第11話 父の背中【レオン視点】
【レオン視点】
俺の名前はレオン。
職業は冒険者だ。
若い頃から仲間達と共に世界を渡り歩き、魔獣を狩り、竜を討伐し、迷宮を攻略してきた。
振り返れば、自分でも呆れるほど危険な人生だった。
巨大竜に飲み込まれかけたこともある。
魔王軍の残党に包囲されたこともある。
仲間を背負って雪山を越えたこともある。
普通の人間なら一度で人生を終えているような経験を、俺は何度も乗り越えてきた。
怖いと思ったことが無い、とは言わない。
恐怖は感じる。
ただ――それでも体が動いてきた。
それだけの話だ。
だが。
そんな俺でも、今一番大切なものは冒険ではなかった。
家族だ。
妻のソフィア。
そして、もうすぐ生まれてくる我が子。
本当なら三人で一緒に暮らしたかった。
だが現実は甘くない。
俺達が拠点としている冒険者都市スカウトフォードは、子育てには最悪の環境だった。
王国有数の冒険者都市。
富も名声も集まる。
その代わり、危険も集まる。
有名になればなるほど厄介事が増える。
無茶な依頼も増える。
命を狙われることすらある。
子供を育てる場所じゃない。
だから仲間達に相談した。
「モロットはどうだ」
そう言ったのはパーティーメンバーの提案だった。
「辺境の田舎だが、あそこには妙な連中が住んでいる」
最初は思った。
田舎すぎるだろ、と。
だが調べれば調べるほど、むしろ安全すぎる場所だった。
無敵の元ハンター――全能のエリー。
伝説級鍛冶師にして剣王――剣王ガイン。
どちらも俺達の世代では知らない者はいない。
エリーは森に入れば最強。
ガインは剣を握れば化け物。
そんな連中が住んでいる町に魔獣が近づく方が自殺行為だ。
しかも偶然にも二人にも子供が生まれたばかりだという。
将来、うちの子に友達が出来るかもしれない。
そう思うと少し嬉しくなった。
だから俺は決めた。
ソフィアと子供をモロットで暮らさせる。
そして俺は外で稼ぐ。
離れていても家族を守る。
それが父親の役目だと思った。
その時の俺には、それ以外の選択肢が見えていなかった。
★
依頼を終えた俺は全力でモロットへ向かっていた。
普通なら馬を使う。
だが俺は走った。
馬より速いからだ。
途中で魔獣が現れた。
邪魔だったので斬った。
盗賊が出た。
邪魔だったので蹴り飛ばした。
今の俺は世界最速で帰宅したい父親なのだ。
誰にも止められない。
走りながら考えていた。
ソフィアは無事か。
痛みは長くなかったか。
怖い思いをさせていないか。
本来なら側にいるべきだった。
だが依頼は断れなかった。
王都から直接来た使者だった。
俺が断れば別の冒険者が動く。
そいつが死ぬかもしれない。
そういう世界に生きてきた。
だから行った。
だが走りながら、ずっと思っていた。
謝らなければ、と。
そして――
家が見えた瞬間。
俺は扉を勢いよく開け放った。
「ソフィア! 帰ったぞ!」
「お帰りなさい、レオン」
ソフィアが優しく笑った。
その笑顔を見た瞬間。
俺は理解した。
無事に終わったのだと。
「産まれたんだな!?」
「ええ」
ソフィアは静かに頷いた。
「元気な男の子よ」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥に溜まっていた不安が、一気に消えた。
安心した。
本当に安心した。
天竜と戦った時ですら震えなかった俺が。
その場で涙を流していた。
「ありがとう……」
自然に言葉が漏れる。
ソフィアは少し照れたように笑った。
「早く会ってあげて」
「ああ」
俺は寝室へ向かった。
★
そこには小さな赤ん坊が眠っていた。
小さい。
本当に小さい。
こんな小さな命を守るために、俺は戦ってきたのか。
そう思った。
金色の髪。
小さな手。
小さな身体。
可愛かった。
信じられないほど可愛かった。
「これが……俺の息子か」
気付けば何時間も見ていた。
全く飽きない。
ずっと見ていられる。
むしろ一生見ていたい。
だが――
そこで俺は違和感に気付いた。
「ん?」
瞳だ。
左目は金色。
右目は黒色。
左右で色が違う。
オッドアイだった。
そして俺は知っていた。
この特徴が意味するものを。
冒険者として長く生きてきた。
王都の学者にも話を聞いたことがある。
俺は静かに息を吐いた。
おまえは何かを持って生まれてきたんだな、と思った。
★
その夜。
レイが眠った後。
俺とソフィアは静かに話していた。
「やっぱり魔眼よね」
「ああ」
俺も同意する。
冒険者として生きてきた経験が告げていた。
これはただのオッドアイじゃない。
魔眼だ。
ほぼ間違いない。
「どんな能力なのかしら」
「それが分からないんだよな……」
魔眼には当たり外れがある。
強力なものもある。
危険なものもある。
中には持ち主自身を傷つける魔眼すら存在する。
だからこそ油断できない。
「街で調べてみる」
「お願いね」
「ああ」
ソフィアは少しだけ俯いた。
「……怖い?」
「怖いな」
正直に言った。
竜とか街を襲った秘密結社とかは怖くなかった。
だがこれは怖い。
息子が傷つくかもしれないという恐怖は、別の種類のものだった。
「でもレイはレイよ」
ソフィアが言った。
「魔眼があってもなくても、私たちの子供よ」
「そうだな」
俺も頷いた。
父親として。
知らないままには出来なかった。
だが――
それ以上に。
どんな目をしていても。
あいつは俺の息子だ。
★
二年後――
「レイー! 帰ったぞー!」
扉を開ける。
すると家の奥から小さな足音が聞こえてきた。
てとてとてと。
小さな身体が走ってくる。
「おとーしゃん、おかえりー」
可愛い。
世界一可愛い。
異論は認めない。
俺はその場で天に召されそうになった。
「レオン、顔が緩みすぎよ」
「仕方ないだろ!」
だって息子だぞ?
二歳だぞ?
しかもこんなに会話が成立するんだぞ?
天才だろう。
どう考えても天才だ。
「レイはブラット君やエレナちゃんより話せるわよ」
「やっぱりか!」
思わず拳を握る。
嬉しい。
とても嬉しい。
だがソフィアは続けた。
「その代わり体力は負けてるかもしれないけどね」
「……あー」
それは俺も感じていた。
レイは賢い。
だが身体は少し弱い。
まあ仕方ない。
比較対象が悪い。
ブラットはガインの息子。
エレナはエリーの娘。
あれは参考記録みたいなものだ。
「それにレイは魔法師向きな気がする」
「私もそう思うわ」
「俺は剣士になってほしいんだけどなぁ……」
「また始まった」
「だって男の子だぞ?」
「関係ないわ」
ソフィアは呆れていた。
まあ。
呆れられても言いたいことは言う。
これは親の特権だ。
★
翌朝。
俺はレイに声をかけた。
「レイー!」
「なにー?」
「お父さんと遊ぼう!」
「いや!」
即答だった。
躊躇ゼロだった。
俺の心が砕け散った。
「レイ……」
膝から崩れ落ちる。
魔王の精神攻撃より効く。
「レオン、大袈裟よ」
「大袈裟じゃない!」
息子に拒否されたんだぞ!?
世界の終わりだ!
「月に一回しか帰って来ないじゃない」
「うっ……」
痛い。
正論が痛い。
「レイはまだ二歳よ」
「そうだよな……」
そうだ。
きっとそうだ。
気のせいだ。
たまにレイがこちらを見る目が、
『またこのおっさん来た』
みたいに見えることもあるが。
絶対気のせいだ。
二歳児がそんな目をするわけがない。
……ないよな?
少しだけ不安になった。
だが。
諦めるつもりはなかった。
俺は世界最強クラスの冒険者だ。
折れない心は武器の一つだ。
「レイ、外に行くぞ」
「やー」
「行くぞ」
「やー」
「行くぞ」
「……なにするの」
食いついた。
勝機だ。
「虫を捕まえる」
「むし?」
「大きいやつだ」
レイの目が少しだけ動いた。
賢い子供は好奇心で動く。
それくらいは分かる。
「……いく」
小さな声で言った。
俺は内心で拳を握った。
外に出ると、草むらに向かって二人でしゃがんだ。
レイは真剣な顔をしていた。
小さな手を草の上にそっと置いて。
息を殺して。
そこには確かに、二歳児らしからぬ集中力があった。
「おとーしゃん、あそこ」
「ああ、見えた」
「とれる?」
「任せろ」
俺は素早く手を伸ばした。
大きなバッタを一匹、そっと捕まえる。
レイが目を丸くした。
「はやい」
「当たり前だ」
「すごい」
その一言で。
今日という日の全てが報われた気がした。
俺は笑った。
本当に、情けないほど嬉しかった。
★
その夜。
眠るレイの頭を優しく撫でる。
小さな身体。
まだ弱い身体。
だけど、その瞳の奥には不思議な賢さがある。
金と黒のオッドアイ。
魔眼の正体はまだわからない。
だが調べた限りでは、他人からは分からないものだった。
しかし――
この子は何かを見ている気がする。
俺や仲間の冒険者が見えないものを、既に見ているような気がしてならない。
「強くなれよ、レイ」
剣士でもいい。
魔法師でもいい。
冒険者じゃなくてもいい。
ただ――
自分の望む道を歩けるくらい強くなってほしい。
父親として願うのは、それだけだった。
俺は剣で道を切り拓いてきた。
だがレイは剣じゃないかもしれない。
それでいい。
あいつはあいつの武器で歩けばいい。
俺にできることは。
その背中を、遠くから守り続けることだけだ。
月に一回しか帰れなくても。
側にいてやれなくても。
俺はレオンだ。
世界中どこにいても。
あの子の父親だ。
それだけは、誰にも変えられない。
「おやすみ、レイ」
返事はなかった。
ただ、小さな寝息だけが聞こえた。
俺はもう少しだけそこにいた。
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この時の俺はまだ知らない。
将来、息子が世界の常識を塗り替える存在になることを。
そして――
その片鱗が、既に二歳の時点で現れ始めていることを。




