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ジョブホッパーの魔導譚 〜幾多の職を越えて紡ぐ、魔眼使いの英雄譚~  作者: フェアリーP
幼児編

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第10話 世界は思ったより広くて、自分は思ったより弱かった

 この世界に転生してから、二年が経過した。


 気が付けば自分は二歳になっていた。


 二年。


 前世では当たり前のように過ぎていく時間だ。だがここでの二年は、前世の二年とはまったく密度が違う。言葉を覚えた。スキルを鍛えた。魔力を感じ、操り、少しずつ形にしてきた。


 そしてこの二年間で、最も大きく変わったことがある。


 言葉が話せるようになったことだ。





「おかあさん、おはよう」


「レイ、おはよう」


 朝、目を覚ますとソフィアがいつもの優しい笑顔を向けてくれる。今では当たり前になった光景だ。


 けれど最初に会話が成立した日のことは、今でもよく覚えている。


 自分が普通に受け答えをした瞬間、ソフィアは固まった。驚愕。困惑。そして少しだけ警戒。二歳児とは思えない返答をしたのだから当然だろう。自分でも逆の立場なら絶対に警戒する。


 しかし親というのは凄い。


 数日後には、『うちの子は賢い』という結論に到達していた。


 愛情は時として常識を超えるらしい。


「ごはんまで、おそといくー」


「わかったわ。でも遠くへ行っちゃ駄目よ?」


「はーい」


 元気よく返事をして庭へ向かう。これも最近の日課だった。





 ようやく家の外へ出られるようになったとはいえ、許可されている範囲は庭だけだ。転生して二年。村の外どころか、未だに村全体すら見たことがない。ある意味では監禁生活と言ってもいい。


 だが外に出るようになったことで分かったこともあった。


 自分の身体が、思ったより弱いということだ。


 庭を走る。走る。走る。そして転ぶ。


「はぁ……はぁ……」


 たったそれだけで息が切れた。胸が苦しい。足も重い。最近仲良くなった近所の子供達と比べても、自分の体力は明らかに低かった。


 原因には心当たりがある。


 離乳食だ。


 正確には――離乳食を十分に食べられなかったことによる、長期間の栄養不足。前世の記憶を持つ自分の味覚は、どう考えても赤ん坊のそれではなかった。塩だけの野菜スープ。獣臭さの残る肉。味付けの薄い煮込み料理。決して食べられないわけではない。だが前世の料理を知っている自分には、どうしても量が食べられなかった。


 結果として身体は少し細くなった。病弱というほどではないが、同年代より体力が少ない。


(前世では過労死、転生後は虚弱体質か)


 我ながら人生がハードモードすぎる。


 転生したらチート身体を少し期待していた。しかし現実は甘くなかった。


「うーん……」


 自分の小さな手を見る。細い。力も弱い。


 だがそれより気になっていることがあった。





 昼食後。表向きは昼寝の時間。しかし実際は違う。


 目を閉じる。意識を身体の内側へ向ける。体内を流れる魔力。今では以前より遥かに鮮明に感じ取れるようになっていた。二年間、毎日欠かさず続けてきた成果だった。


 現在使える魔法達。


【クリーン】【ボックス】【ボール】【シールド】【ハンド】【ストレージ】


 派手な攻撃魔法はまだない。ドラゴンを倒せるわけでも、空を飛べるわけでもない。ラノベだったら二歳で最強になっている頃かもしれない。


 だけど現実は違う。


 それでも不思議と楽しかった。


 魔力を感じる精度。操作技術。維持時間。魔眼の扱い。少しずつ、本当に少しずつだが成長している実感がある。努力した分だけ結果が返ってくる。前世ではなかなか味わえなかった感覚だった。


「もっと上手くなりたいな……」


 自然とそんな言葉が漏れる。魔法を知れば知るほど、この世界への興味は大きくなっていった。





 そんな時だった。


 右目の奥が、じわりと熱くなる。


「……っ?」


 最近たまに起こる現象だ。【鑑定の魔眼】を長時間使った時に発生する違和感。


 気になって窓の外へ視線を向ける。


 そして――息を呑んだ。


「え……?」


 世界が、違って見えた。


 木々の周囲。草花の上。大地の隙間。空気の流れ。あらゆる場所に、淡い光が漂っている。


 ふわり。ゆらり。きらきらと輝きながら流れていく。まるで無数の蛍が昼間の世界を舞っているようだった。


 だが違う。これは生物の魔力ではない。もっと巨大で、もっと自然で、もっと根源的な力。木々から溢れ、風に乗り、大地へ還っていく。


 世界そのものが、呼吸しているようだった。


「これって……」


 胸が高鳴る。知っている。ソフィアから聞いたことがある。生き物が取り込み、体内で魔力へ変換する力。世界に満ちる根源エネルギー。


 ――魔素。


 その存在を、自分の【鑑定の魔眼】が捉え始めていた。


(今まで見ていた世界は、ほんの一部に過ぎなかったのか)


 じわりと、何か大きなものに触れた気がした。





 今まで知っていた世界と、今見えている世界は、まるで違った。


 木が、ただの木ではない。魔素を吸い上げ、溜め込み、また放出している。川の水も、吹き抜ける風も、踏みしめる大地も、全部が繋がっている。巨大な循環の中に、自分も存在している。


(きっと、この世界には、まだ知らないものが無数にある)


 魔法。魔獣。竜。冒険者。職種。


 世界は思っていたより遥かに広い。そして今の自分は思っていたより遥かに弱い。


 だがそれが、逆に嬉しかった。


 弱いということは、伸びしろがあるということだ。知らないということは、まだ発見があるということだ。前世では先が見えない閉塞感が怖かった。でも今感じているのはそれとは違う。先が見えないから、楽しい。


(強くなりたい)


 自由に旅をするために。父のような強さを手に入れるために。この世界の全てを自分の目で見て回るために。


 その第一歩として、今日も魔力を操る。


 まだ小さな一歩でいい。確実に前へ進むために。


 二歳の小さな手のひらに魔力を集めながら、レイは静かに空を見上げた。


 窓の向こうに、青空が広がっている。


 今はまだ庭までしか行けない。だがいつか、あの空の下をどこまでも歩いていける日が来る。


 そう信じていた。


 ――この時のレイはまだ知らない。


 自らの固有能力【ジョブホッパー】が、やがて世界の常識そのものを覆す力になることを。そして、その力によって世界中の運命に関わることになる未来を。


 今はまだ、誰も知らない。

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