9話:手合わせ
デュランとアイリスと一緒にグラムの街を出る。
「そんなに時間もねえし、急ぐか」
「そうね。アレク、あたしたちに付いて来て」
二人が身体強化を発動すると、デュランが青い魔力に、アイリスが黄色い魔力に包まれる。
走り出した二人が一気に加速する。僕も身体強化を発動して追い掛ける。
「さっきも思ったが、アレクの魔力には色がねえな……どんな属性か解らねえが、その身長で俺たちに付いて来られるなんて、身体強化の強度も相当じゃねえか」
デュランの身長は一九〇センチ近く、アイリスだって一七〇センチくらいある。
歩幅が狭い僕が追いつくには、より強く身体強化を発動させる必要がある。勿論、二人が本気を出していないことは解っているけど。
街道を外れて五キロほど移動すると、周りは誰もいない荒野だ。
「ここまで来れば問題ねえだろう。アレク、剣を抜けよ」
デュランは背負っていた大剣を降ろして鞘から抜く。幅広の刃には五つの魔法陣のような紋章が刻まれている。
この紋章は魔力を通し易くするためのモノで、刃は鋭くて刃こぼれ一つない。この剣は相当な業物だろう。
僕もベルトに差していた剣を抜く。僕の身長に合わせた小ぶりの剣は、大人が使うショートソードくらいのサイズ。
特に意匠を施していない、どこにでもある剣だ。
「アレク、本気で殺す気で掛かって来い!」
「解りました。デュランさん、よろしくお願いします」
せっかくの機会だから、遠慮なくやらせて貰おう。身体強化を発動して剣に魔力を纏わせると、大地を蹴って加速する。
相手に的を絞らせないように不規則に左右に跳んで、間合いを詰めると横薙ぎの一撃で足元を狙う。
デュランは一切無駄のない動きで、大剣を振り下ろして受ける。
僕は刃の角度を変えて力を逃がして受け流すと、横に跳びながら回転して二撃目を叩き込む。デュランは剣を返して、これも受止めた。
「アレク、やるじゃねえか。長身の俺が一番避け難い足を狙ったのも、直ぐに二撃目を放ったのも悪くねえ。おまえ、相当戦い慣れしているな」
「あたしもそう思うわ。デュランの剣を受け流したのも凄いわよ。普通は力負けするところを、上手く力を逃がして続けざまに攻撃するとか。そこらの相手じゃ、アレクに敵わないんじゃない」
「それだけじゃねえぜ。俺が本気じゃないとはいえ、二撃目は正面から受け止めたぜ。スビードと技術だけじゃなく、パワーもあるってことだ」
魔力で負荷を掛けて鍛えた身体に、身体強化を発動すれば、大抵の相手には負けない自信はある。
だけどデュランはまだ全然本気を出していない。
「今度はこっちから行くぜ」
デュランが剣を加速させて、続けざまに斬撃を放つ。
青い魔力を纏う剣から物凄い冷気を感じる。デュランの魔力が氷の属性を持っているからだ。
速くて重い連撃を、魔力を全力で注ぎ込んで何とか受ける。
力を逃がそうと刃を滑らしても、吸いついたように離れないで押し込んで来る。
僕は大きく後ろに跳ぶことで、何とか凌いだ。
デュランはベルナルド家に仕える騎士よりも明らかに強い。これで本気を出していないんだから、今の僕が剣で敵う相手じゃないな。
「デュランさん、身体強化以外の魔法を使っても構いませんか?」
「ああ、良いぜ。アレク、おまえの全力を見せてみろ」
「じゃあ、行かせて貰います!」
走りながら瞬時に術式を展開。左右に出現した『魔力弾』を剣と同時に叩き込む。
高速で飛来する二つの魔力の弾丸。デュランは大剣とは思えない剣速で続けざまに叩き切ると、僕の剣まで真っ二つにした。
「悪い、少し本気を出しちまったぜ。だが今の魔法は何だ? 身体強化もそうだが、アレクの魔法から属性を感じねえぜ」
『魔力弾』を使った時点で覚悟はしていた。魔法に属性を持たせると発動が遅くなるし、魔力の集束度も落ちる。
僕の魔法でデュランに通用するとしたら『魔力弾』くらいだ。せっかくの機会に、出し惜しみするつもりはなかった。
「僕は普通の術式が使えないので、自分に合うように術式を改良しているうちに、属性無しでも魔法が発動できることに気づいたんです。
属性を持たせない分、魔法の発動が早くなって、魔力の集束度も高くなる。これが今の僕が使える中では最強の魔法です」
「属性を持たせないって……それって、魔力そのもので攻撃したってこと?」
アイリスが唖然としている。
「自分に合うように術式を改良したってのも凄いけど……アレクは本当に何者なのよ?」
デュランの反応は話について行けない感じだ。魔法については、アイリスの方が詳しいみたいだな。
「僕が凄いんじゃなくて、術式を改良することを教えてくれた師匠が凄いんですよ。訳あって師匠が誰かは言えませんし、今はもう会えないんですけど」
師匠に出会ったのは一周目で、二週目の今は会ったこともない。僕が死に戻りしたことは言えないから、言える範囲で正直答えた。
「ふーん……よっぽどすごい師匠なのね。私も会ってみたいわ」
「まあ、理屈の話は別にして、アレクの実力は良く解ったぜ。この俺を一瞬でも本気にさせる奴なんて、そうはいねえからな」
「本気を出されたら、全然敵いませんでしたけど」
「子供のおまえに負けたら、俺はハンターを辞めるしかねえだろう」
「じゃあ、次はあたしの番ね。デュランが馬鹿力で剣を折っちゃったけど、代わりの剣をあげるから勘弁してね。確か、ちょうど良い長さの剣があった筈だわ」
アイリスはベルトのポーチに手を入れると、とてもポーチに入らないサイズの剣を取り出す。あのポーチはマジックバッグなのか。
「これなら長さが同じくらいだから、そんなに違和感はないんじゃない?」
アイリスが差し出した剣はショートソードで、刃の長さは僕が使っていた物と同じくらい。持ち手の部分が少し長いけど、細いから持ちやすい。
だけど問題はそこじゃない。柄に装飾が施された剣は明らかに高級品で、僕が使っていた剣よりもずっと高そうだ。
「こんな凄い剣を貰えませんよ」
「予備の剣の一本だから、気にしないで。デュランが剣を折ったのが悪いんだし、剣がないと、あたしと戦えないじゃない」
「……解りました。ありがたく使わせて貰います」
試しに剣を振ってみると、手にしっくりと来る。持ち手が長いから両手持ちもできるし、この剣なら戦い方の幅が広がりそうだ。
だけど、この剣をどうやって手に入れたのか、前の剣をどうしたのか、両親への言い訳を考えておかないと。
その後、アイリスとの手合わせは僕の完敗だった。デュランとの戦いを見ていたアイリスは、最初からそれなりに本気で戦ったから、僕は手も足も出なかった。
「そろそろ帰るとするか。アレク、魔獣狩りに行くって約束も生きているって考えて構わねえな?」
「そうね。今度は魔獣相手にアレクがどう戦うか、見てみたいたいわね」
「はい、是非お願いします。それと不躾な質問をして申し訳ないんですが、アイリスさんとデュランさんは、上級魔法が使えますか?」
一周目のデュランとアイリスは上級魔法を余裕で使えたけど、これだけ強いなら、すでに使えても不思議じゃないだろう。
「当然だろう。何なら今直ぐ見せてやるぜ?」
「いいえ、見せて貰いたい訳じゃないんです。図々しいのを承知でお願いしますが、僕に上級魔法の術式を教えて貰えませんか」
「上級魔法の術式? つまり上級魔法を教えろってことか? 教えたからって簡単に使えるもんじゃねえぜ」
「いいえ、そうじゃなくてですね……」
僕は背負い鞄から、最近肌身離さずに持ち歩いている上級魔法の本を取り出す。
「術式に書かれている一つ一つの図形と魔法文字の意味と、その組み合わせによって、どんな作用が生じるかを教えて欲しいんです」
「魔法は術式をイメージして発動するもんだろう。そんな細かいことは考えたこともねえぜ」
デュランは僕の父親と同じで、感覚で魔法を覚えるタイプだな。魔法が使える人の大半がそうだから、そこまで期待していた訳じゃないけど。
「あたしにはアレクが言いたいことが何となく解るわ。この魔法の術式は、ここから五ページに渡っていて、五つの魔法陣を重ね合わせるイメージね。一ページ目の術式が表わしているのは――」
「じゃあ、この魔法文字にはどういう意味があるんですか?」
「ああ、中級以下の魔法じゃ使わないわね。その文字は次のページの術式と繋ぎ合わせるためのモノよ。上級魔法は立体的に術式を展開するから、図形だけじゃ術式を繋げられないのよ」
凄い……アイリスは僕の質問に全て答えてくれる。
「アイリスさん。僕にできることなら何でもしますので、この本に書かれている上級魔法の術式を全部解説してください」
「何でもするって……アレクに何か要求する気はないわよ。あたしに時間があるときで、解る範囲のことを教えるくらいなら構わないわ」
「本当ですか? ありがとうございます! だったら明日は時間がありますか?」
「朝は毎日鍛錬をするけど、一〇時からなら大丈夫よ」
「じゃあ、是非お願いします!」
「おい、勝手に話が進んでいるが、魔獣狩りはいつ行くんだ?」
「そうですね。明後日の朝からってのはどうですか?」
「よし、決まりだ。アイリスも構わねえだろう?」
「ええ、問題ないわ」
自分のことばかり考える訳にはいかないから、魔獣狩りの予定を優先したけど、僕は上級魔法の術式を教えて貰うことで頭が一杯だった。




