7話:経験
魔獣狩りは週に二日ほどのペースで続けることにした。森に行くと一日掛かりになるから、それ以上ペースを上げると、他のことができなくなるからね。
実戦経験を積むことも大切だけど、僕には他にやることがある。
鍛錬を続けて、魔力の量をさらに増やすこと。
術式の知識を高めて、もっと強力な魔法を使えるようになること。
城での立ち合いで対人戦の経験を積むことも重要だ。
午前中を術式の再構築と魔法の練習に費やした後、城を出てグラムの街を歩く。目的は森で手に入れた魔石を売ることだ。
一人で出掛けるのに金がないと何もできないからと、父親のジョセフから小遣いを貰っている。だけど魔石が結構貯まったし、金が多くて困ることはないだろう。
それに人と関わることで、人脈作りをすることも大切だ。
クロムハート王国で影響力を持つには、王族や貴族たちと関係を築く必要があるけど、子供の僕がいきなり偉い人たちと関われる筈がない。
まずは身近な人たちと親しくなる。人と人はどこで繋がっているか解らないからね。
街に出掛けたことが少なくても、一周目の知識から、どこにどういう店があるか把握している。僕が向かったのは中心街にある街一番の商会じゃなくて、下町の雑貨屋だ。
街一番の商会は親と来たことがあるから、僕の顔を憶えている可能性がある。貴族だとバレると、色々と面倒なことになりそうだから。
『ブラウム商会』という看板が掛けられた店に入ると、中には物が雑多に積み上げられている。店というよりも倉庫って感じだ。事前に使用人たちに聞いて、信用できる店だってことは確認済みだ。
店内には他にも客がいて、一組の客が目に止まる。男女の二人連れ――僕はこの二人を知っている。もっとも、知り合いになったのは一週目だけど。
今は知り合いでもない相手に、いきなり声を掛けるのは不自然だ。僕は当初の予定通りに店のカウンターに向かう。
「いらっしゃい。見ない顔だが、お使いかね?」
口髭を生やした店主が、穏やかな笑顔で言う。
「こんにちわ。買い取って貰いたい物があるんです」
僕は背負い鞄を下ろして、中から取り出した拳大の魔石をカウンターに置く。
「これは魔獣の魔石じゃないか……しかも結構な大きさだ。こんなものを、どうして子供が持っているんだ?」
大人の使いで来たと思っているみたいだから、話を合わせることも考えた。だけど今後のこともあるから、正直に話すことにする。
「僕が自分で魔獣を仕留めたんです」
「君が魔獣を仕留めただと? 嘘をつくのは感心できないな。こっちも真っ当な商売をしているつもりだ。出所の解らない物を買い取る訳にはいかない。誰の使いで来たのか、正直に話してくれないか?」
簡単に信じるとは思わなかったけど、これから未来を変えるために活動する上で、力だけじゃ解決できないことも多いだろう。
雑貨屋の店主くらい説得できないでどうするんだ。
「僕が魔獣を仕留めたのは、嘘じゃありません。どうしたら信じてくれますか?」
店主が呆れ顔で溜息を吐く。全然信じていないのがモロ解りだ。
「そこまで言うなら、あの棚を商品を乗せたまま持ち上げてみるんだな。本当に魔獣を仕留めたなら、それくらいできるだろう? 勿論、落とした商品は弁償して貰うぞ」
店主が指差した棚には、たくさんの商品が乗っている。全部で一〇〇キロ以上あるだろう。無理難題を言って、諦めさせるつもりだな。
「解りました」
僕は術式を展開して身体強化を発動する。普通に棚を持ち上げると、どう考えてもバランスを崩して商品が落ちる。
だから剣に魔力を纏わせるイメージで、棚全体に魔力を通して、両手でゆっくりと持ち上げる。
水平に保ったまま、一メートルほどの高さまで持ち上げると、店主が唖然とする。
「う、嘘だろう……」
「だから嘘じゃありませんって。見れば解るでしょう?」
「ブラウムさん、これは一本取られたわね」
笑顔で声を掛けて来たのは、一周目で知り合いになった二人のうちの一人だ。
年齢は二〇歳前後。赤い髪をベリーショートにして、日に焼けた小麦色の肌の女性。白い革鎧を着てベルトに剣を刺している。
ちなみに彼女の革鎧はブリザードドレイクという魔物の革を使った一級品で、柄に大粒の魔石が埋め込まれた剣は魔力が通りやすく、魔法の使い手が好んで使うタイプだ。
「その子が使ったのは身体強化の魔法よ。それにしても、この棚をバランスを崩さずに持ち上げるなんて、その年で魔力操作が随分上手いじゃない」
「魔力操作だけじゃねえ。身体の使い方や立ち振る舞いを見れば、そいつの強さは大体解る。こいつなら、そこらにいる魔獣くらい簡単に倒せるぜ」
一緒にいる男が口を挟む。この人とも一周目で知り合いになった。
年齢は女性と同じくらいで、一九〇センチ近い長身。金属鎧を身に着けて、背中に大剣を背負っている。鎧には魔法文字が刻み込まれていて、この人の剣の柄にも魔石が埋め込まれている。
「アイリス、デュラン……君たちがそう言うなら、信じるしかないだろう。一二〇〇メリルで構わないなら、その魔石を買い取ろう」
贅沢をしなければ、一週間分の食費になる金額だ。
「解りました。この大きさで一二〇〇メリルなら妥当な金額ですね」
売りに来る前に、魔石の相場は調べてある。
「じゃあ、こっちも纏めて買取って下さい」
背負い鞄から魔石をさらに四個出すと、店主の目が点になる。
本当はもっと沢山あるけど、あまり多いとさすがに怪しまれると思って、今日は持って来ていない。
店主は魔石を一つ一つ調べて、全部で六五〇〇メリルだと査定した。後から出した魔石の方が少し大きいから、妥当な金額だろう。
使用人たちが言っていたように、この店は信用できるみたいだな。
「アイリスさん、デュランさん、口添えしてくれて、ありがとうございます」
「なんで、あたしたちの名前を……ああ、ブラウムさんが呼んだのを聞いていたのね。それにしても、随分しっかりしているじゃない。君って何歳なの?」
「僕はアレク、七歳です」
名乗らないのも変だと思って、名前と一緒に答える。
偽名を使うことも考えたけど、下手に偽名を使うとボロが出そうだし、アレクなんてめずらしい名前じゃないから、愛称で名乗ることにした。
「へー……七歳にしては大きいわね。てっきり一〇歳くらいだと思ったわ」
赤ん坊の頃から魔力で負荷を掛けたおかげで、僕の成長は人より早いからね。
「アイリスさんとデュランさんはハンターなんですか?」
ハンターとは魔物狩りを生業とする者のことだ。魔獣は獣型の魔物の一種で、他にも人型や死霊型など、様々な魔物が存在する。
魔獣狩りは領主の仕事だけど、魔獣を狩ることが禁止されている訳じゃない。ハンターは他にも商人の護衛などの仕事を請け負う。
アイリス・クロックとデュラン・マグナス。一周目に僕が二〇代で出会った二人は、クロムハート王国屈指の凄腕のハンターだった。
ハンターである彼らが直接戦争に関わることはなかったけど、避難民の護衛や要人救出などの依頼を請けていた。
「ああ、そうだが。ハンターに興味があるのか?」
「ハンターいうよりも、お二人に興味があります。アイリスさんとデュランさんは、物凄く強いですよね?」
良い装備を着けているからだけじゃない。今の時点で二人が強いことは、一週目の戦闘経験から推し量れる。
「ありがとう。お世辞だとしても、悪い気分じゃないわね」
「お世辞じゃありませんよ。これでも少しは人を見る目に自信がありますし、適当なことを言うのは好きじゃありませんから」
デュランがじっと僕を見る。
「おまえ、面白い奴だな。気に入ったぜ。なあ、昼飯はまだだろう? 近くに美味い飯を食わせる店があるんだ。奢ってやるから一緒に食おうぜ」
「子供嫌いのデュランがそんなことを言うなんて、めずらしいじゃない」
「こいつと話していると、子供って気がしねえからな」
「それは、あたしも思うわ。あたしもアレクに興味があるから、ご飯を食べながらゆっくり話さない?」
こうして、二週目も僕はアイリスとデュランと知り合いになった。




