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5話:二周目のセシル

※セシル視点※


 私、セシル・ロートレックは、幼い頃からアレックス様を傍で見ていた。だから私が一番の理解者だと自負している。

 彼は身分なんて関係なしに、誰にでも優しいけど、決してそれだけじゃない。


 自分に魔法の才能がないと解っても泣き言一つ言わずに、ただ直向(ひたむ)きに剣の腕を磨いて、貴族としての役目を果たそうとした。

 クロムハート王国の貴族は、力で国と領民を守ることが第一の使命だから。


 王立学院に入学してからも、私はアレックス様の世話役として同行した。魔法が使えない彼は、学院でも肩身の狭い思いをしていた。

 そんな彼が学院で出会った恩師のおかげで、身体強化を使えるようになったときは、私は自分のことのように嬉しくて、彼に隠れて泣いてしまった。


 時が過ぎて、アレックス様が魔法大学に在学中に、ユーキリス帝国との戦争が始まった。

 開戦当初、王国が誇る魔導師(ウィザード)の力により、誰もが短期間で勝利すると楽観視していた。だけど魔導師の一人が戦死したという訃報が、王国の考えの甘さを露呈することになる。


「僕は貴族の務めとして、王国軍に入るよ」


 大学の卒業を待たずに、アレックス様は戦場に出ることになった。

 すでに王国軍の劣勢は明らかで、多くの貴族が帝国軍の魔導兵器によって戦死。その中には、彼の父君であるベルナルド子爵も含まれていた。


 アレックス様が家督を継いで、貴族としての役目を果たさなければ、まだ幼い弟か妹に代わりを押し付けることになる。止めても無駄なことは解っていたから、私は何も言わずに、後を追って軍に入る道を選んだ。


 貴族なのに身体強化しか使えず、魔力の少ない彼は、王国軍でも陰口を叩かれた。

 だけど、そんなことなど一切気にせず、自分の武器である魔力操作の精度を上げることで頭角を現す。


 自ら最前線に立つアレックス様は、部下である兵士たちを絶対に無駄死にさせないと誓った。決して無茶ぶりせずに、常に自分が一番危険な場所に立つ彼を、兵士たちは信頼して命を預けた。


 アレックス様が鍛えた部隊は、まるで一匹の獣のように戦場を駆け抜けて、帝国軍に恐れられた。『黒き狼』なんて呼ばれるようになったことを、らしくないと彼は嫌がっていた。


 それでも一部隊が活躍したところで、クロムハート王国の敗戦は濃厚だった。六年に及ぶ戦いで、かつて広大だった王国の領土の半分が蹂躙された。

 アレックス様の故郷であり、私が侍女として仕えたベルナルド家の城があったグラムの街は最早(もはや)存在しない。


 私は同じ侍女だった母親を失い、アレックス様は家族全員を失った。それでも涙を見せることなく、一人でも多く生き残らせるために、俺は戦場に立ち続けた。


 そして、クロムハート王国がユーキリス帝国に敗北した日。帝国軍の陣営に単身乗り込むアレックス様を、副官である私は止められなかった――彼の覚悟が解っていたから。


 王都の防壁の上、私は彼の戦いを固唾を飲んで見つめていた。普通は視認できる距離じゃないけど、私は『千里眼(クレアボヤンス)』の魔法が使える。


 平民の私が王国軍に入ってから、アレックス様の役に立つために必死に覚えた唯一の魔法。彼が危険な目に遭わないために覚えた魔法が、こんなときに役に立つなんて……


「アレックス様!」


 帝国軍の指揮官に、アレックス様は身体を焼かれながら切り裂かれた。全身血塗れで、炭のように黒くなった傷口……もう助からないことは解っていた。


 止めどなく溢れる涙を拭うことなく、私は目を逸らさなかった。私たちのために戦った彼を、最後まで見届けないと……


 魔導砲による砲撃が始まり、王都の防壁は瞬く間に破壊された。兵士たちは爆発に飲み込まれ、死体すら残らずに消えていく。


 直撃を逃れた私は奇跡的に生きていた。だけど全身に激痛が走り、声をあげることも、動くこともできない。死ぬのは時間の問題だろう。


 走馬灯のように、アレックス様のことを思い出す。最初に会ったとき、侍女に過ぎない私に、彼は優しく声を掛けてくれた。偉いのは僕じゃなくて、父上だと言って……


 学生時代も王国軍に入ってからも、アレックス様は変わらなかった。後を追って王国軍に入った私を責めることなく、上官に進言して彼の部隊に入れてくれた。彼が傍にいてくれたから、私は必死に頑張って、副官としての役目を少しは果たせたと思う。


 アレックス様が命懸けで私たちを守ろうとしたことは、決して無駄じゃない。共に死ぬことになっても、その気持ちだけで十分だった。


 だけど『千里眼』で最後に見た彼の顔は、言葉では言い尽くせないほど悔しそうだった。そんな顔をさせた帝国の指揮官だけは絶対に許せない。


 何もできなかった自分が悔しい……私にもっと力があれば…… そうか……きっとアレックス様も同じ想いを抱いていたのね……


 こんなことに気づいても、何の救いにもならないけど……


※ ※ ※ ※


 自分が死に戻りしたと気づいたのは五歳のときだ。

 父親と死別した母親が、ベルナルド子爵家の侍女として雇われた。城の中庭で偶然アレックス様を見掛けた瞬間、私は死ぬ前の記憶を全部思い出した。


 どうして子供の頃に戻ったのか理由は解らない。だけど、そんなことはどうでも良かった。

 もう一度人生をやり直せるなら、今度は絶対にアレックス様を死なせたくない!


 私にできることは限られるけど、何か方法はある筈だ。たとえば戦争が始まる前に、アレックス様を連れて外国に逃げるとか……彼の性格を考えれば、あり得ないわね。


 そんなことを考えているうちに、ふと違和感を覚える。初めて会ったアレックス様は、私を一瞥するだけで、声を掛けてくれなかった。


 アレックス様のことを知る度に、違和感は深まっていった。どうして彼が魔法を使えるの? 剣の腕も大人顔負けで、五歳の子供が城の兵士を圧倒していた。


 記憶の中のアレックス様は、本当は戦うことが好きじゃないのに、自分の役割を果たすために懸命に強くなろうとして、誰かのために身体を張る人だった。

 だけど目の前の彼は、まるで戦うために生まれて来たようだ。才能に満ち溢れていて、自ら戦うことを望んでいるようにも見える。


 母の仕事を手伝う私と目が合っても、アレックス様は何の反応も見せずに目を逸らす。まるで私に興味がないように……


 私が子供の頃に戻ったことで、何かが変わってしまったのかも知れない。

 だけど、これが本来の貴族と侍女の関係だわ。貴族の彼が私に興味がないのは、悲しいけど仕方ない。


 もし今のアレックス様が、記憶の中とは別人だとしても……私の想いは変わらない。

 ただの侍女に過ぎない私に、彼は優しくしてれて、私たちを救うために、自分を犠牲にしようとした。


 アレックス様を死なせないためなら、私は何だってできる。だけど私の行動が不審に思われて、遠ざけられたら何も手出しできなくなる。


 だから今は勤勉な侍女の娘を演じて、母親の仕事を手伝うことにした。ベルナルド家に気に入られて、一度目の人生と同じようにアレックス様付きの侍女になることを目指そう。


 彼が優しい笑みを向けてくれなくても……傍にいれば、きっと何かできる筈だから。


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