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4話:交渉


 城の中庭に金属音が甲高(かんだか)く響く。剣を弾き飛ばした相手の喉元に、僕は自分の剣を突きつける。


「アレックス様……私の完敗です」


 七歳になった僕が手合わせをした相手は、ベルナルド家に仕える騎士のライアン・ブラックホーン。

 二〇代半ばで剣も魔法も一線級。だけど今回の手合わせは、お互いに身体強化以外の魔法は一切使わなかった。


「アレックス、良くやった。次は魔法の腕を見せてみろ」


 父親のジョセフに促されて中庭に行き、設置してある的を狙う。


 意識を集中して、頭の中で術式を構築すると、巨大な炎の塊が出現。中級魔法の『火焔球(ファイアーボール)』だけど、僕の『火焔球』は普通の二倍以上ある。


 唸りを上げる炎の塊は、的に命中して大爆発。的を中心とした辺り一帯を吹き飛ばす。


「見事だ……わずか七歳で、これほどの魔法を操る者は、そうはいないだろう」


 父親はご満悦だけど、所詮は中級魔法だからね。もっと強力な魔法を使えるようにならないと。


 魔法大国と呼ばれるクロムハート王国では、優秀な魔法の使い手が台頭する。

 別に目立ちたい訳じゃないけど、最悪の未来を変えるために、僕はこの国で影響力を持てるようになりたい。


『アレックス様、申し訳ありません……中級魔法しか使えない私には、上級魔法の術式を説明することができません』


 魔法の本を片手に質問したとき、家庭教師のイザベラは申し訳なさそうに言った。

 だけどイザベラが教えてくれなかったら、僕はここまで魔法を使えるようにならなかった。文句なんて言うつもりはない。


 そもそも彼女が上級魔法の使い手なら、僕の家庭教師なんかやっていないだろう。


 父親のジョセフは一応上級魔法の使い手だけど、感覚で魔法を使う典型的なタイプで、人に教えるのが絶望的に下手だ。

 父親に魔法を教えた祖父はすでに他界している。


 僕が上級魔法を使えるようになるには、独学で術式を紐解くか、上級魔法を教えられる教師を探す必要がある。

 そんな教師が簡単に見つかるとは思ないけど。


 毎日魔力切れで気絶するまで練習したおかげで、今の僕の魔力量は常人の域を超えている。それでも魔導師(ウィザード)たちに比べたら、まだ全然足りない。


 魔力で負荷を掛け続けたことで、身体も子供とは思えないほど強靭になった。身長も伸びて、すでに一四〇センチ近くある。


 これからも鍛錬は当然続けるけど、そろそろ実戦経験を積みたいし、他にもやることがある。僕にできることは全部やるつもりだ。


「お父様、お話したいことがあります。二人で話す時間を作って貰えませんか?」


「よかろう。ならば、私の部屋に行こう」


 二人で部屋に行くと、父親は満面の笑みを浮かべて僕を抱きしめる。


「剣も魔法も才能があるとは思っていたが、まさかここまでとは。アレク、おまえはベルナルド家が誇る自慢の息子だ!」


 城の兵士や使用人たちが見ていたから、あの場でベタ褒めする訳にいかなかったんだろう。

 褒められて悪い気分じゃないけど、これから話すことを考えると、ちょっと心苦しい。


「話というのは、褒美に何か買って欲しんだろう? 剣でも魔法の本でも、何でも買ってやるぞ」


「いいえ、別に欲しいものはありません」


「だったら、話というのは何だ?」


「もっと見聞を広めたいので、一人で外出する許可を貰えませんか?」


 僕が外出するときは、常に父親か母親と一緒で、使用人や護衛もついて来る。だから自由に行動することができない。


「そうか、おまえは本当に色々と考えているのだな。解った。アレク付きの護衛と使用人を選んでやろう」


「いいえ、僕は一人で行動したいんです。護衛や使用人が一緒だと、相手は僕が貴族だと身構えるでしょう。それでは本音を聞くことができません」


 これは半分本当のことで、半分は方便だ。


「アレクが強いことは解っているが、それでも、おまえはまだ子供だ。護衛も連れずに外出するなど危険過ぎる。さすがに許可できないな」


「お父様は領民が信用できないんですか? 勿論、世の中の人が善人ばかりじゃないことは解っています。身代金目的で誘拐されることを心配していると思いますが、僕は知らない大人についていくような、馬鹿な子供じゃありませんよ」


「そこまで理解しているなら、私が言いたいことも解るだろう。領民の手前もある。貴族が護衛も連れずに外出するなど、ありえないことだ」


 反対されることは想定していた。だからタイミングを計って、交渉材料も用意した。

 二人きりで話したのは、他の人に聞かせる訳にいかないからだ。


「そうですか……ところで話は変わりますが、お父様は夜中にマイアの部屋で何をしているんですか? 部屋に遊びに行くなんて、随分と仲が良いんですね」


「な……おまえは突然何を言い出すんだ?」


 一周目で、父親と侍女のマイアとの間に子供ができて、母親が半年以上実家に帰ったことは憶えている。

 腹違いの妹のパトリシアは、僕より八歳年下だから、今は浮気の真っ最中だろう。


「夜にトイレに起きたときに、お父様がマイアの部屋から出て来るのを見ました。人と仲良くするのは良いことですよね。お母様にも報告しておきます」


「ま、待て……そのような些細なことを、わざわざサーシャに言う必要はない」


「僕はもう子供じゃありません。男と女が夜に部屋で何をするか、どうすれば子供ができるかも、理解しています。

 一人で外出することを許してくれるなら、このことは誰にも言いませんよ」


 全部解っているんだからと、僕はニヤリと笑う。


「アレク……おまえは親を脅すつもりか?」


「嫌だなあ、僕は交渉しているんですよ。僕なら大人が相手でも上手く立ち回れると思いませんか? 僕の強さで頭も回るなら、一人で出掛けても問題ないでしょう。


 ベルナルド家の人間だとバレないように行動しますので、誘拐されることもありませんよ。お母様が知ったら余計な心配をするでしょうから、僕が一人で外出することは秘密にしてください」


 父親がまじまじと僕を見て、ゴクリと唾を飲み込む。


「アレク、おまえは年の割に大人びていると思っていたが……自分の子供にこんなことを言うのも何だが、本当に七歳の子供なのか、私には信じられん」


「自分ではもう子供じゃないと思っていますし、普通の七歳と違う自覚はありますよ」


「……解った。夕食の時間には必ず戻ると約束しろ。それが守れるなら、おまえ一人で外出することを許可する」


「お父様、ありがとうございます。約束は必ず守りますよ」


 ベルナルド家では、夕食は必ず家族全員でテーブルを囲むことになっている。

 それまでに戻らないと母親に外出したことがバレるから、この条件は仕方ないだろう。


 どうせ一年以内に妹のパトリシアが生まれて……いや、その前に侍女のマイアのお腹が大きくなるから、父親の浮気はバレる。


 だから父親との約束が有効なのは大した期間じゃない。だけど既成事実を作ってしまえば、父親は僕が一人で外出することを反対できなくなるからね。


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