3話:二周目
僕、アレックス・ベルナルドは、クロムハート王国のベルナルド子爵家の長男として生まれて、二七歳のときにユーキリス帝国との戦争で死んだ。
だけど、どういう訳か、赤ん坊の頃に死に戻りした。
ユーキリス帝国軍の大将ラグナロク・リヒテンベルガーに騙されて、僕はセシルを、部下たちを無駄死にさせた。
赤ん坊として目覚めたとき、僕はラグナロクに激しい怒りを覚えて、自分が如何に甘かったか痛感した。
だけど冷静になって考えてみれば、帝国軍が王都に侵攻した時点で、王国の敗北は決まっていた。僕が何もしなかったとしても、結果は大して変わらなかっただろう。
もう一度人生をやり直せるなら、最悪の未来を繰り返さないために、もっと根本的なところから変える必要がある。
赤ん坊の僕は、まずは魔力を操作して身体に負荷を掛けることで、魔力と身体の両方を鍛えることにした。
死に戻りする前の一周目で、何かを成し遂げるには、力が必要だと学んだらからね。
両親にバレないように、普通の赤ん坊のフリをして、二人が見ていないときに、魔力操作の練習を始める。
魔法を使わなくても、魔力は意識して操作することで鍛えられる。
人によって才能の差はあるけど、魔力は早く鍛え始めるほど量が増える。
赤ん坊の頃から鍛えれば、一周目のように魔力不足で苦労することはないだろう。
魔力切れで気絶するまで、魔力操作を続ける。意識を取り戻すと再び魔力操作、その繰り返しだ。魔力で負荷を掛けることで、身体も鍛えられる。
赤ん坊が身体を鍛えても仕方ないと思うかも知れないけど、王立学院時代に出会った師匠が、幼い頃に魔力で負荷を掛けると、理論的には成長が促進されると言っていた。
僕の師匠は魔導技術の天才で、適当なことを言うような人じゃない。だからダメ元で試すことにした。
毎日魔力操作をしながら負荷を掛け続けると、三ヶ月でハイハイができるようになり、
半年で歩いて、喋れるようになった。
身体の成長も、他の赤ん坊より明らかに早く、両親は驚いていた。師匠が言っていたことは本当だったんだな。
貴族であるベルナルド家は領地にある城に住んでいる。僕は書庫に入り浸って、魔法の本を読み漁るようになった。
赤ん坊が本を開く姿を、母親のサーシャは微笑ましそうに見ていた。大人の真似をしていると思ったみたいだけど、僕が文字を読めることを知って唖然としていた。
城の中庭で遊んでいるとき、父親のジョセフが見ているのを確認して、一周目の記憶を頼りに練習した身体強化を発動する。
拾った木の枝を剣のように振ると、枝が当たった石が砕ける。
「な、何だと……アレクは剣に天賦の才能があるのか? いや、それにしても、この威力は……魔力を纏わせたのか? 魔法の才能まであるということか!」
父親は喜んで、次の日から城の兵士が剣の練習相手になり、魔法の家庭教師も直ぐに雇うと言っていた。勿論、こうなることを狙ってやったことだけどね。
一周目のとき、魔法が使えなかった僕は、子供の頃から、剣を鍛えることに時間を費やした。
赤ん坊に戻ったから、もう一度鍛え直す必要があるけど、剣士として強くなるためと、勝つための方法なら知っている。
魔法の方は、一周目で身体強化を覚えたとき、師匠が僕には魔法の才能がない訳じゃなくて、既存の術式が合わないだけだと教えてくれた。
それでも一七歳でようやく魔力に目覚めた僕は、魔力不足で他の魔法は真面に使えなかった。
二周目は生後直ぐに魔力を鍛え始めたから、今の時点で下手な大人よりも魔力が多い。だけど一周目で、どうせ真面に使えないからと、他の術式を真剣に憶えなかったから、結局僕は身体強化しか使えない。
「アレックス様、初めまして。家庭教師として雇われたイザベラ・ブルームです」
眼鏡を掛けた真面目そうな三〇代の女性。イザベラの第一印象はそんな感じだった。
「アレックス・ベルナルドです。イザベラさん、よろしくお願いします」
「まあ、こんな小さな子供が大人のように喋るなんて……あ、大変失礼しました!」
魔力で負荷を掛けて成長が促進したおかげで、今の僕は一歳未満の赤ん坊には見えない。面倒なことになりそうだから、訂正はしないけど。
「気にしないでください。僕が普通じゃないって自覚はありますから。早速ですが、授業を始めてください。まだ僕は身体強化しか使えないんです」
「その年で身体強化が使えるなんて、十分凄いことです。では、アレックス様の魔法適性を知るために、身体強化を発動してみてください」
「解りました」
僕が全身に魔力を纏うと、イザベラがじっと見つめる。
「え……そんな筈がないわ。魔力の発動が不完全なのかしら?」
「イザベラさん、どうかしましたか?」
「申し訳ありません。アレックス様の魔力を見ても、私には属性が解りません」
イザベラが戸惑うのも無理はない。魔法には炎や風などの属性があって、身体強化も例外じゃない。
身体強化を発動すると、普通は本人が得意な属性の魔力を纏うことになる。
だけど僕の身体強化には属性がない。純粋な魔力を発動しているからだ。
「それでは、初歩的な術式を色々と試して、アレックス様が得意な属性を確認しましょう」
イザベラは初級魔法の本を開いて、術式について説明する。
「魔法は術式をイメージすることで発動します。人にはそれぞれ得意不得意があり、得意な属性ほど魔法の発動がしやすいのです。アレックス様、ここに書かれた術式をイメージしてください」
僕には既存の術式が合わないから、漠然とイメージしただけじゃ魔法を発動できない。
二周目でも自分で魔法の本を読んで試したから、魔法が発動しないことは解っている。
「イザベラさん、これは小さな炎を出すだけの初歩的な魔法ですよね? 術式のどの部分が魔力を集めて、どの部分が魔力を炎に変換するのか教えてください」
「え……そのような質問は初めて受けました。そうですね……同心円状に並ぶ図形の部分が魔力を集めて、中心の魔法文字が魔力を炎に変換する術式だと思います」
イザベラの言い方が曖昧なのは仕方ない。魔法とは理屈ではなく、感覚で発動するモノだからだ。魔法の才能のある者は、術式を感覚的に理解する。
「なるほど……図形の部分で魔力を集めるのは、身体強化と同じ理屈みたいだな。魔法文字の方は……熱と空気、放出の組み合わせが炎を表している?」
ブツブツと呟く僕を、イザベラが不思議そうに見ている。
「すみません、僕は他の人よりもイメージするのが苦手なので、直ぐには魔法を発動できないと思います。よかったら、他の属性の魔法の術式も、細かく説明して貰えませんか?」
「ええ、勿論構いません」
この日の授業は、各属性の初歩的な魔法の説明を受けるだけで終わった。
身体強化が使えるのに、初歩的な魔法が発動できないという僕に、イザベラは首をかしげていた。だけど自分のやり方を強制するような真似はしなかった。
授業が終わると、僕は部屋で一人、教わった術式をイメージする。
ただし術式全体をイメージするんじゃなくて、魔法文字と図形を分解して、一つ一つをイメージしていく。
イメージした術式のパーツは、僕の魔力が通る部分と通らない部分に分かれる。
通る部分は僕に合う術式、通らない部分は僕には使えない術式だ。
術式全体に魔力が通らないから、このままだと僕にはこの魔法が発動できない。
だけど術式のパーツには似たように作用するモノも多いから、組み合わせ次第で疑似的に発動できるかも知れない。
一通り各属性の魔法の術式について説明して貰ったのは、同じような作用をする部分を抜き出して代用するためだ。
魔力が通る部分を組み合わせて行うトライ&エラーの繰り返し。
身体強化はどの属性でも共通する部分が多いから、そこまで苦労しなかった。
だけど属性を持たせることで初めて成立する魔法は、他の術式の一部を代用して再現するのが難しい。
僕にもっと術式の知識があれば、効率的なやり方があるだろう。
だけど今の僕は、術式を構成する図形と魔法文字を全部分解して、一つ一つ置き換えて試すしかない。
それでも再現できるかどうかは運次第だ。
そして一週間後。イザベラの次の授業で、僕は火属性の最初級魔法を発動して見せた。
掌の上で小さな炎が揺らめく。
「アレックス様は、火属性が得意ということですね」
「そういう訳じゃないと思いますよ。炎を出すだけで、かなり苦労しましたから。
もしかしたら、僕は得意な属性がないのかも知れませんね。だからもっと色々と試してみたいので、これからも術式について、詳しく教えて貰えませんか」
僕が使える魔法を増やすには、術式の知識を広げることと、深めることの両方が必要だろう。
知識を広げれば代用できるモノが増えるけど、魔法は高度になるほど術式が複雑になる。術式を再構築できる深い知識がないと、再現することはできない。
有難いことに、イザベラは僕の普通じゃないやり方に一切文句を言わず、質問に対して、一つ一つ丁寧に答えてくれた。
ブルーム男爵家の長女として生まれたイザベラは、若くして夫と死に別れて家庭教師を始めたそうだ。
魔法の才能は勿論、教える才能もある彼女のおかげで、僕は属性を問わずに、色々な魔法を習得することができた。




