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2話:裏切り


 帝国兵たちが戦いのために場所を空ける。

 彼らが取り囲む円形の空間で、僕は剣を抜いてラグナロクと対峙する。


 ラグナロクの全身から深紅の魔力が噴き上がる。ラグナロクは指揮官として優秀なだけじゃない。クロムハート王国が誇る魔導師(ウィザード)を凌ぐ魔法の使い手であり、剣の腕も帝国最強の一角と言われている。


 帝国軍の戦術に魔法による攻撃はなく、総司令のラグナロクが前線に出ることはないから、実際に戦うところを見たことはない。

 だけど圧倒的な魔力と、微塵の隙もない構えを見れば、決して誇張じゃないことが解る。


 僕がラグナロクに勝てば、帝国軍は撤退するって話だ。だけど勝てると思うほど己惚れていない。

 それでも剣の腕だけなら、僕だってそれなりに自信がある。死ぬ気で一矢報いて、ラグナロクに僕の首の価値を認めさせてやる。


 両足に魔力を集める。一七歳でようやく身体強化が使えるようになった僕は、魔力の量が圧倒的に少ない。だから少しでも勝機を導き出すには、防御を捨てて、機動力に全振りする必要がある。


 魔力を纏う足が加速する。間合いに入る直前、左斜めに跳ぶと同時に、今度は剣に魔力を集める。全力で魔力を込めた渾身の一撃を、ラグナロクは一切無駄のない動きで受ける。


 ラグナロクは僕を弾き飛ばすと、剣から紅蓮の炎を放つ。攻撃魔法や魔導兵器を使ったんじゃない。炎の属性を持つラグナロクの魔力が、長く伸びただけだ。


 僕は地面を蹴って大きく跳んで躱す。一瞬前までいた場所が灼熱の炎に焼かれ、地面が溶解する。ホント、凄まじい威力だな。

 周りに帝国兵がいるからセーブしているけど、ラグナロクが本気で魔力を放てば、僕なんて一瞬で消し炭だろう。


「動きは悪くない。『黒き狼』の名は伊達ではないようだな」


 ラグナロクが続けざまに炎を放つ。

 僕は意識を集中して、反射的に動くことで何とか躱し続ける。一瞬でも気を抜けば、そこで終わりだ。


「なるほど、貴公は随分と魔力操作に長けているようだ。だが決して魔力が多い訳ではない。貴公の魔力がいつまで持つか。躱しているだけでは、貴公の価値を示すことにはならんぞ」


 全部お見通しって訳か。魔力が少ない僕は、このままじゃジリ貧だ。魔力が残っているうちに、賭けに出るしかない。


 次に炎を放つタイミングに合わせて、斜め前に跳んでギリギリで躱す。

 炎が左肩を掠める瞬間、ピンポイントで魔力を集中。激痛が走るけど、左腕はまだ動く。


 加速して一気に距離を詰める。直線的に動けば良い(まと)になる。だけど来ると解っていれば対処できる。

 ラグナロクが再び炎を放つ瞬間、上に跳んで躱す。完全には躱し切れずに、足を焼かれたけど、もう剣が届く距離だ。


「やるではないか。だが、それだけでは私には通用せん!」


 ラグナロクが炎を纏う剣を一閃。剣で受ければ弾き飛ばされる。

 僕はガントレットに魔力を集中させて、肘を畳んで自分の左半身を盾にする。


 ラグナロクの一撃が左腕を切り落として、脇腹を深く(えぐ)りながら焼く。

 激痛に意識が飛びそうになるけど、まだ僕は生きている。


 剣に魔力を集中させて、鎧の継ぎ目に突き入れる。ラグナロクが纏う魔力のせいで、傷は決して深くないけど、これが今の僕にできる限界だ。

 力尽きた僕は、その場に崩れ落ちる。


「捨て身の戦いなど決して褒められたものではないが、見事な一撃だった」


 身体の感覚がないのは魔力切れのせいか、血を流し過ぎたからか。

 ラグナロクに深く切り裂かれた傷はヘソの辺りまで達している。痛みを感じないのは有難いけど、まだ僕にはやることがある。


「ぼ、僕の首の価値は……」


「私に傷を負わせたのは貴公が初めてだ。誇って良いぞ」


「じゃあ……」


「だが所詮(しょせん)(かす)り傷程度、貴公の首に降伏を受け入れる価値はない……そもそも、本気で私が約束を守ると思っていたのか?」


 ラグナロクが嘲るように笑う。え……どういうことだよ?


「帝国に歯向かった者を、一人残らず殲滅するのは当然のこと。貴公との一騎打ちなど、勝利の前の余興に過ぎん。全軍、攻撃を開始しろ!」


「ま、待ってくれ……」


 僕の掠れた声を無視して砲撃が始まる。

 巨大な鉄の筒から放たれた魔力の塊が、王都の防壁に命中すると、爆発して周囲一帯を吹き飛ばす――王国兵諸共(もろとも)


「せめて最後まで抵抗すれば、帝国に一矢報いることができたかも知れん。貴様の甘い考えが部下たちを犬死させたのだ」


 魔導砲の砲撃が止むと、魔銃を手にした二万人の帝国兵が半壊した王都に侵攻する。

 生き残った王国兵が抵抗しているけど、すでに虫の息だ。


「どうして……ここまで……」


 僕の甘さがセシルを、兵士たちを死なせた。もう何も考えられなかった。


「私には、かつてクロムハート王国が滅ぼしたキール王国の王家の血が流れている。

 だからどういうことはないが、二度と抵抗する気が起きんように、完膚なきまで叩き潰す。ユーキリス帝国が、クロムハート王国の二の舞にならんためにな」


 ラグナロクが剣を振り下ろすと、僕の意識はブラックアウトした。


※ ※ ※ ※


「おぎゃー! おぎゃー!」


 赤ん坊の泣き声で目を覚ます。それが自分の声だと気づくまで、しばらく掛かった。

 ぼやけた視界に映るのは、まだ自由の効かない小さな手。

 え……これって、どういう状況だよ?


 不意に部屋の扉が開くと、慌てた様子の女性が入って来て、俺を抱き抱える。

 銀色の髪と青い瞳で年齢は二○歳そこそこ。僕の良く知っている人だけど、記憶よりもずっと若い。


「アレク、どうしたの! 急に泣き声が聞こえなくなったから、ビックリしたわ。良かった……大丈夫みたいね」


 アレクは、親しい相手が呼ぶ僕の愛称だ。


「サーシャ、アレクがどうかしたのか?」


 続いてやって来たのは、黒髪に黒い瞳の二〇代半ばの男。この人も、僕は良く知っている。


「ジョセフ、ごめんなさい。アレクの泣き声が聞こえなくなって慌てたけど、私の早合点だったみたい」


 サーシャは僕の母親の名前で、ジョセフは父親の名前――どういう訳か解らないけど、僕は赤ん坊の頃に死に戻りしたみたいだ。

 二度と会えないと思っていた両親の姿に、思わわず涙が出る。


「アレク……泣いているの? 怖い夢でも見たの?」


 母親に優しく抱き締められて温もりを感じる。この温もりは本物だけど、二七年間の記憶は、全部赤ん坊の妄想なんてことはない。

 死ぬ直前に見たラグナロクの勝ち誇る顔を、今でもハッキリと憶えている。


 赤ん坊の頃に戻ったなら、もう一度人生をやり直せるってことだ。だったら、やることは決まっている。

 今度は両親や友だちを、セシルを……誰も失わないために、二度と後悔しないように、僕が未来を変えてやる!


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