22話:束の間の休息と侵入者
楽団が奏でる静かな音楽が流れる中、グランフォード公爵家の人たちが囲むテーブルに僕は招かれて、公爵の対面の席で豪華な夕食を食べる。
「今回、アレックス殿が持ち込んだ素材の中には、ヒュドラにマンティコア、グリフォンの物もあったが、竜殺しのアレックス殿なら、その程度の魔物を倒すのは容易かろう」
公爵は上機嫌で、周りの貴族たちに聞こえるように僕を称える。勿論、彼らに聞かせることが目的だろう。
「アレックスは相変わらず凄いわね。だけど物騒な話ばかりじゃなくて、今日はダンスに付き合って貰うわよ」
エレノアが僕の隣で、楽しそうに話し掛ける様子を、貴族たちが遠巻きに見ている。
本来は主役の一人である長男のレナードが、まるで懲罰のように一番端の席に座わらされているのを見ると、ちょっと居心地が悪いけど、公爵の判断に僕が口出しする訳にもいかないからね。
食事に招かれる度に毎回思うけど、公爵家の料理は高級食材が不断に使われて味も一級品。一応同じ貴族だけど、ベルナルド家の食卓には絶対に並ばない物ばかりだ。今日は食事を楽しんでいる暇はないけど。
ホストの挨拶が終わり、食事が始まってから三〇分は料理を楽しむ時間で、席を立たないのがクロムハート王国の社交界のマナーだ。ホストが用意した料理に礼を尽くすためだと言われているけど、結局こうしないと、ゆっくり食事ができない。
「それではアレックス殿、我が派閥に所属する貴族たちを紹介しよう。エレノア、おまえも一緒に来なさい」
公爵に促されて、貴族たちのテーブルを周ることになった。
普通、ホストが招待客のテーブルに行くときは本人だけか、家族を連れて行くものだから、招待客の僕を連れて行くのは異例だ。
公爵の狙いは解っている。公爵家のテーブルに招いたのと同じ理由で、僕は公爵の手駒であり、勝手に手出しするなと他の貴族を牽制するためだ。エレノアを連れて行くのも、公爵家の親密さをアピールするためだろう。
僕としても、公爵家の後ろ盾があることをアピールしつつ、貴族たちと関係が築ける絶好の機会だから文句はない。
飲み物を飲みながら、少なくとも形だけは談笑したから、全てのテーブルを周るまでに、結局二時間近く掛かった。それでも直接話をして、貴族たちと繋がりができたのは大きな成果だ。
「さすがに少し疲れたわね。アレックスは全然余裕みたいだけど」
「身体の方は問題ないけど、精神的には少し疲れたよ」
本当のことを言えば、エレノアに話を合わせただけで、一週目の戦場で帝国軍と腹の探り合いをしたことを考えれば、精神的にもどうってことない。グランフォード公爵には見抜かれているみたいだけど。
「だったら今度は楽しみましょう。アレックス、約束通りにダンスに付き合って貰うわよ」
今日は食事会の色合いが強く、誰もダンスを踊っていない。だけどエレノアはお構いなしで、公爵も咎めようとしない。
ここまでエレノアには僕に付き合って貰ったようなものだし、ダンスくらいは付き合わないと悪いだろう。
「それではエレノア嬢、僕と一曲踊ってください」
「ええ、喜んで。一曲だけじゃなくて、幾らでも構わないわ」
エレノアの手を取って、広間の中央の空いているスペースに移動すると、楽団が気を効かせたのか、音楽がメロディアスな曲に変わる。
僕がリードしてエレノアが合わせる。一周目でパーティーは散々経験しているし、ダンスは得意な方だ。エレノアも自分から誘うだけあって、大人顔負けの優雅なステップで踊る。政治色の強いパーティー会場が、僕たちがダンスを踊ると別の色に染まる。
結局のところ、公爵の狙い通りに、僕とエレノアの親密さをアピールすることになるから、色を変えただけで、政治的な意味合いは消えないけど。
※ ※ ※ ※
パーティーが終わって、貴族たちが引き上げていく中、僕はまるで公爵家の一員のように彼らを見送っている。
元々城に泊めて貰う予定だったけど、さすがにここまでやるのは、やり過ぎじゃないか? これじゃ、僕とエレノアの婚約を公表しない意味がないだろう。
僕に用意された部屋には、魔導具のシャワー付きのフロとトイレ、ベッドルームの他に居間と使用人の控え室まである。僕は使用人を連れていないから、専用に一人付けると言われたけど、丁重に断らせて貰った。
今日はもう他にやることがないから、熱いシャワーで汗を洗い流すと、マジックバッグから取り出した部屋着に着替えてベッドに潜り込む。
午前零時を回った頃、廊下側のドアをノックする音がする。ベッドルームは居間を挟んでいるから、普通なら聞こえない。だけど、こうなることは予想していたから仕掛けをしておいた。
ドアに魔力を付与して、そこから魔力を糸のように長く伸ばす。これなら魔力を大して使わなくても、ドアに何かが触れれば感知することができる。
小さく鍵が開く音がした後、微かな足音が近づいて来る。続いてベッドルームの鍵が開いて、暗闇の中でドアが開く。月明かりに浮かぶ人影がベッドに迫る。
「レナード閣下、こんな時間に何か用ですか?」
壁際の陰になる位置に立っていた僕が声を掛けると、人影の動きが止まる。
「さすがは父上が認めるアレックス殿だ。どんなときでも警戒を怠らないようだね」
「質問に答えてくれませんか? こんな時間に僕の部屋にいる時点で、公爵閣下が知れば言い逃れできません。合鍵を持っているなら、なおさらですね」
「まさか、私のことを父上に告げ口するつもりか? 下級貴族の分際で、多少魔法が使えるからと己惚れるな!」
レナードは激昂しながら、声のボリュームを抑えている。公爵にバレるのが嫌なら、ここで仕掛けて来るのはどうかと思う。警戒していたのが馬鹿らしくなるほど、小者臭がするね。
「確かに僕は下級貴族のベルナルド子爵の息子ですが、貴方が合鍵を使って部屋に侵入したことと、何か関係がありますか?」
「……うるさい! 私は次のグランフォード公爵だ。貴様のような下級貴族など、絶対に認めない!」
声のボリュームを落としているから、何を言われても響かない。なんか面倒臭くなって来た。おもむろにレナードの胸倉を掴む。
「貴様、何をする! こんなことをして只で済むと――」
「じゃあ、直ぐに大声出して人を呼んでください。僕は構いませんよ」
一周目の戦場で鍛えたグランフォード公爵ばりの冷徹な視線を向ける。
副官だったセシルに言わせれば、僕なんてまだまだだけど、レナードを黙らせるには十分だった。
「……私は貴様に決闘を申し込む! この期に及んで、逃げるという選択肢はないぞ!」
虚勢を張るレナードがウザい。だけど彼がグランフォード公爵の息子なのは事実だ。親にとって、自分の子供が一番可愛いに決まっている。実力主義の公爵は例外だと思うけど、そこまで確証は持てない。
「はい、解りました。それでは、明日の決闘で決着をつけましょう」
だから僕は決闘という公の場で、正々堂々とレナードをボコることにした。




