21話:お披露目
ビルヘルム商会に出資してから二ヶ月が過ぎた。オスカーはルブラン商会に下請けの仕事を辞めると正式に断りを入れて、顧客たちに最後の挨拶周りをしてから、商品を選定するために国外の各地を巡っている。
『念話』の魔導具を渡したから、いつでもオスカーと連絡が取れるけど、距離があるから魔力の消費が激しい。オスカーには『念話』用の魔石を渡したけど、遠慮して使わないから、連絡を取るのは決まって僕の方からだ。僕なら自分の魔力だけで足りるからね。
「今回の魔石と魔物の素材も、期待以上の質と数だ。アレックスの実力であれば、当然のことだろうが」
今、僕はグランフォード公爵の城を訪れている。約束した魔石と魔物の素材を届けたのは、あくまでもついでで、今日は公爵家が主催するパーティーに呼ばれた。
招待状に父親のジョセフと母親のサーシャの名前も書かれていたけど、父親は丁重に辞退した。公爵家のパーティーに出席すれば、僕が赤竜を倒したことが母親にバレる可能性が高いからね。
僕とエレノアが婚約したことは母親も知っているけど、婚約した理由は、公爵が僕の魔法の才能を認めたからだと言ってある。それに公表していないから、母親は今でも半信半疑だ。
ベルナルド家は公爵家の派閥に所属していないから、辞退しても表沙汰にならず、公爵の顔を潰すことはない。元々誰も出席すると思っていないからだ。
公爵の目的は予想がついているから、僕が出席すれば問題ないだろう。
一人で来たから馬車で一周掛かる旅路も、一日も掛からなかった。母親に怪しまれないために一週間前にグラムの街を出て、余った時間は辺境で魔物狩りをしていた。
「アレックス、今日は私をエスコートをしてくれるのよね?」
水色のドレス姿のエレノアが悪戯っぽく笑う。パーティーにはグランフォード公爵家の派閥に所属する貴族の大半が出席する。
クロムハート王国では、貴族が社交界にデビューするのは、早くても王立学院に入学する一五歳になってからだ。僕の見た目はギリギリ一五歳に見えなくもないけど、一人で出席するのは不自然だ。エレノアをエスコートすれば嫌でも目立つだろう。
「エレノア、僕の方からお願いするよ」
「アレックスがそんなことを言うなんて……絶対に何か企んでいるでしょう?」
グランフォード公爵が僕を呼んだ理由は、派閥の貴族たちに新たな手駒として紹介するためだろう。エレノアとの婚約を公表しなくても、公爵が目を掛けていることが広まれば、他の貴族は簡単に手出しできなくなる。
僕としても公爵という後ろ盾があることをアピールして、貴族社会に人脈ができるから願ったり叶ったりだ。虎の威を借る狐みたいだけど、僕は目的のために使えるモノは全部使うつもりだからね。
夕方になると、貴族たちが次々と城に到着する。大半の貴族は自分の所領に住んでいるから、フォレスタに来るまでに日数が掛かる。だから貴族たちはフォレスタの街に宿を取って、そこで身支度を整えてから、パーティーの時間に合わせてやって来る。
貴族たちが公爵に挨拶する間、僕は壁の花になる。エレノアは公爵家の人間として、公爵の傍で客たちを出迎えている。三男マクシミリアンも一緒で、次女のローラはまだ幼いからパーティーには出席しない。
挨拶を終えた貴族たちが空いているテーブルに着いて、飲み物を片手に、給仕係が勧める軽食を食べている。僕もそれに倣って飲み物を飲んでいると、不意に声を掛けられる。
「君がアレックスだね。子供の君が一人でいるから直ぐに解ったよ」
年齢は二〇歳前後。エレノアと同じ金髪碧眼のイケメン。
「レナード・グランフォード男爵閣下、初めまして。アレックス・ベルナルドです」
「正解だ。父上から君のことは聞いているけど、魔法の実力だけじゃなくて、頭も切れるみたいだね」
レナードはすでに独立して、所領を与えられた公爵家の長男だ。僕が正体を見ぬ抜いたのは、エレノアと見た目が似ているだけじゃなくて、公爵に挨拶する前に僕の前に現れたのは、彼が公爵家の人間だという証拠だからだ。
「僕も上級魔法の使い手だから、君とは一度手合わせしてみたいものだね」
レナードは値踏みするように僕を見る。こういうところは、グランフォード公爵と良く似ているね。
公爵との挨拶を終えて、会場に集まった貴族は一〇〇人ほど。基本はパートナーと一緒で、息子や娘を連れている人もいるから、全部で三、四〇組ってところだろう。
「父上、挨拶が遅れて申し訳ありません」
タイミングを計ったように、レナードが挨拶に向かうと、グランフォード公爵は一切感情のない冷徹な視線を向ける。
「レナード、公爵家の人間だから自分は特別だと勘違いしているのか? おまえ自身は男爵に過ぎぬ。一番最後に挨拶に来るとは、どういうつもりだ?」
今日のパーティーには伯爵や子爵も出席している。爵位が低いレナードは先に到着して、公爵に挨拶してから、目上の貴族たちを出迎えるのがマナーだ。
これまでレナードはパーティーがあるとき、特に意識せずに実家に帰って来て、公爵家の人間として客を迎えていたから、爵位を気にしなくても問題なかったんだろう。
「ち、父上……申し訳ありません!」
レナードが青い顔で深く頭を下げる。王国屈指の魔導師であるグランフォード公爵は実力主義で、家族にも容赦ないことで知られている。
「レナード、次はないぞ」
公爵はそう言うと、興味を失ったように視線を移して、集まった貴族たちの方を見る。
「皆、よく来てくれた。今日は我々の派閥の親交を深めるために開いたパーティーだ、存分に楽しんでくれ。だが、その前にメインゲストを紹介しよう。僅か一〇歳にて竜を討伐し、我が娘エレノアを救った英雄、ベルナルド子爵家の嫡男アレックス殿だ」
貴族たちが僕に視線を集める。公爵領に竜が現れて、子供が討伐したという噂はすでに広まっている。それが僕で、しかも公爵令嬢を救った物語の英雄みたいな存在だと知れば、当然注目するだろう。
これだけ注目されたら、普通の子供なら緊張して固まるかも知れない。だけど二週目の僕は、こうなることを予想していたからね。
「皆さん、初めまして。アレックス・ベルナルドと申します。僕が竜を討伐できたのは、グランフォード公爵家の護衛の人たちの協力があったからです。僕一人で倒した訳ではありません」
公爵家に華を持たせようしたけど、グランフォード公爵が許さなかった。
「アレックス殿、謙遜することはない。無傷の赤竜をアレックス殿が一人で討伐したと、騎士たちから報告を受けている。それに私の前で披露した魔法の実力。あの力があれば、竜を仕留めることも可能だろう」
魔導師である公爵の言葉に、貴族たちがどよめく。公爵が認めたと言うことは、それだけの力がある何よりの証拠だから。
魔法大国であるクロムハート王国では、魔法の実力で全てが決まると言っても過言じゃない。壁の花だった僕の周りに、貴族たちが集まって来る。
「ベルナルド子爵家に、君のような英傑がいるとは知らなかった。今後は我が家とも懇意にしてくれると嬉しい」
「その年で竜を討伐するとは、将来は魔導師すら夢ではないだろう」
擦り寄る貴族たちに囲まれていると、エレノアがやって来る。
「アレックス、今日は私の相手をしてくれる約束よね?」
「エレノア様、解っていますよ」
エレノアが差し出す手を取ると、貴族たちが道を空ける。公爵がわざわざパーティーを開いて僕を紹介した意味を、彼らは正確に理解していた。
「皆さん、申し訳ありませんが先約がありまして。お話は後ほど聞かせてください」
包囲網を抜け出す僕たちに、貴族たちが様々な思惑を秘めた視線を向ける。
だけど公爵家の長男レナードだけは、他の貴族とは明らかに違う感情を瞳に宿していた。




