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18話:エレノアの願い


「アレク、魔物狩りをしているなど聞いていないぞ。いったい、いつから魔物を狩っていたんだ?」


 その日はグランフォード公爵の城に泊めて貰い、夕食を共にすることになった。

 夕食までまだ時間があるから、用意された客室にいると、父親のジョセフがやって来て、予想通りに文句を言われた。


「森で魔獣狩りを始めたのが七歳の頃で、それから一年もすると森の魔獣じゃ物足りなくなって、辺境で魔物狩りを始めました」


「おい、ちょっと待て。おまえに外泊の許可を出したのは最近だ。七歳の子供が日帰りで森に行って魔獣を狩り、たった一年で物足りなくなって、辺境で魔物狩りを始めただと?」

 

「初めの頃は身体強化で駆け抜けたので、森は兎も角、辺境まで行くと、朝早く城を出てギリギリで帰って来ても、魔物狩りをする時間は大してありませんでした。移動に使える魔法を覚えてからは、大した時間は掛かりませんよ」


「身体強化で駆け抜けただと? つまり移動中、ずっと身体強化を発動していたのか……それに移動に使える魔法だと? まさか、おまえは飛行魔法が使えるのか?」


 偉大な魔導師(ウィザード)が君臨するクロムハート王国において、魔法は火力至上主義だ。空を飛べても戦場では良い的になるだけだから、飛行魔法を真剣に憶えようとする者はいない。


「飛行魔法とは違いますが、実戦でも使えるように工夫しました。僕が赤竜を倒せたのも、その魔法が使えるからです」


 魔力で空中に足場を作って跳んで、魔力を放出して加速するから、僕は空でも自在に動ける。赤竜の攻撃も躱すことができた。


「言葉だけでは全然想像できないな。グラムの街に戻ったら、実際に使うところを見せてみろ」


「グラムまで戻らなくても、帰りの道中で見せますよ」


 そう言えば、グランフォード公爵には空中で戦うところを見せていないけど、公爵もそっちは興味が無いのか?


 公爵から夕食の前に汗を洗い流すように勧められたので、父親と一緒に風呂に入る。

 この前来たときも思ったけど、公爵の城は風呂もデカい。一〇人くらい一緒に入れる大きさだけど、ここは来客の貴族や騎士専用で、公爵家の人間が使う風呂や、兵士や使用人用の風呂は別にあるらしい。


 夕食の時間が近づくと、使用人が部屋まで呼びに来た。

 夕食会に出席する公爵家のメンバーは前回と同じ。公爵と公爵夫人、第三公子のマクシミリアンに、第一公女のエレノアと第二公女のローラだ。


 父親は公爵の面々と一応面識があるようで、軽く挨拶をして食事会が始まる。


「公表しないとはいえ、アレックス殿はすでにエレノアの婚約者だ。もう対等な立場なのだから、エレノアのことは呼び捨てにして構わぬ」


「公爵閣下、そう言う訳にはいきません。エレノア様を呼び捨てにすれば、婚約を公表しない意味がなくなります」


「公の場であればそうだが、ここなら構わぬだろう。エレノアもそれを望んでいる」


 僕が困った顔で隣に座るエレノアを見ると、この前とは全然雰囲気が違う。

 広間で婚約の話をしたときも思ったけど、どこか不安そうな、少し怒っているような顔をしている。僕が婚約者になったことが気に入らないのか?


 形だけとはいえ、エレノアには申し訳ないことをした。そんなことを考えていると。


「アレックス、ちょっと良い?」


 突然、エレノアが席を立って、僕の手を引く。


「エレノア、食事中だぞ」


「お父様、申し訳ありません。ですがアレックスには、どうしても言いたいことがあるんです。少しだけ席を外させてください」


 エレノアは僕の父親の許可を取るために視線を向ける。エレノアは公爵令嬢とはいえ、身分は爵位がある僕の父親の方が上だ。その辺のことは良く(わきま)えている。


「エレノア嬢、私は構いません」


「ベルナルド子爵、ありがとうございます。アレックス、ついて来て」


 エレノアに手を引かれてバルコニーに出る。ここなら僕たちしかいない。


「アレックスは私のことが嫌い?」


 予想外の言葉に戸惑う。


「エレノア様、そんなことはありませんよ」


「じゃあ、何でエレノアって呼ばないの? お父様も言っていたけど、私たちは婚約者なんだから、対等な立場じゃない!」


「確かにそうですが。昼間も言いましたけど、今の僕はエレノア様に相応しく――」


「だから、何でそんなことを言うのよ! アレックスの魔法の実力を見れば、どっちが相応しくないか明らかだわ! 婚約を公表しないのだって、本当は私と婚約したくないんじゃないの?」


 エレノアが詰め寄って来る。そんな風に考えていたのか。月明かりに見るエレノアは泣いていた。


「解りました、正直に話します。婚約を公表しないようにお願いしたのは、エレノア様が相手を選べる選択肢を残すためです。

 公爵令嬢であるエレノア様なら、もっと良い相手がたくさんいるでしょう。僕のせいでエレノア様を縛りたくないんです」


「私を縛りたくない? そんなこと、アレックスが決めることじゃないわ! 私だって貴族の娘だから、自由に結婚できないことくらい解ってる。

 だけど私の気持ちを勝手に決めつけないで。私がいつ、貴方と婚約したくないって言ったのよ!」


 エレノアは泣きながら怒っていた。


「確かに出会ったばかりだし、私がアレックスのことを好きになるか、まだ解らないわ。だけど命を救ってくれたことに感謝しているし、私より年下なのに凄い人だと尊敬している。少なくとも他の誰よりも、貴方の婚約者になれて嬉しいわよ」


 エレノアは僕より二つ年上の一二歳だ。一周目の経験があるから、感覚的には僕の方がずっと年上だけど、エレノアは彼女なりに、僕のことを真剣に考えてくれているんだな。


「エレノア、ありがとう。僕も嬉しいよ。それと勝手な思い違いをしたことは謝る。ごめん。これからはプライベートな時間は、対等な立場で付き合うと誓うよ」


「そうよ、アレックス。今回ばかりは私の勝ちね! つべこべ言う前に、もっと一杯お喋りして、お互いのことを良く知ることが大切だわ!」


 エレノアが薄い胸を張る。いや、薄いは余計か。僕は別に大きい胸が好きという訳じゃないからね。


 僕とエレノアが部屋に戻ると、公爵は何も言わなかった。

 エレノアの目元が赤いから、彼女が泣いたことには気づいてると思う。だけど公爵と家族の距離感まで把握していないから、僕には何とも言えない。


 それでも機嫌が直ったエレノアと僕が、食事中、ほとんどずっと一緒に喋っていて、僕がエレノアを呼び捨てにするようになったことに、公爵は少しだけ微笑ましそうな顔をしていたと思う。


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