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19/19

19話:投資


「アレックス様。グランフォード公爵令嬢とのご婚約、おめでとうございます」


 グラムの街にある城に戻った翌日、セシルに言われる。

 僕が婚約したことは両親しか知らない筈なのに、何故かセシルは知っていた。真顔でじっと見つめる目が、ちょっと怖い。


「セシル、ありがとう。だけど婚約したと言っても形だけで、公表していないから何も変わらないよ」


 セシルは何も答えずに、ずっと僕を見ていた。僕が偉くなると、自分が僕の侍女でなくなって、仕事を奪われると思っているか?

 二周目はセシルを副官として戦場に連れて行かないために、このまま距離を置くつもりだ。だけどベルナルド家の侍女を辞めさせるつもりはない。


 僕としてはエレノアと婚約したことよりも、グランフォード公爵というパトロンを得たことが大きい。最悪の未来を変えるという目的に一歩近づくことができた。


 大量の魔石と魔物の素材を売却して得た金を持って、僕が向かった先はクロムハート王国の王都だ。

 グランフォード公爵との関係を築いたと言っても、勿論いきなり王家に繋がる訳じゃない。今回、僕が王都に来た目的は、とある商人に会うためだ。


 グラムの街から馬車で二週間ほどの距離に、王都ダブルハートはある。

 人口五〇万人の大都市で、街は人で溢れていた。グランフォード公爵領の領都フォレスタも大きいと思ったけど、王都はフォレスタの一〇倍の人口を抱えている。


 僕が向かうのは目抜き通りに店舗を構えるルブラン商会。クロムハート王国で三本の指に入る大商会で、国外にも支店がある。


 四階建ての大きな店に入ってカウンターに向かう。若い店員ではなく、四〇代の少し偉そうな人に声を掛けてみる。


「こんにちは、僕はアレックス・ベルナルドと申します。オスカー・ビルヘイムさんは、どちらですか?」


 一人で出歩くときは用心のために、普段はベルナルド家の名前を出さないけど、由緒あるルブラン商会が相手なら問題ないだろう。


「貴方はベルナルド子爵家の方ですか?」


 さすがはルブラン商会の店員だ。田舎貴族の名前もチェックしているのか。


「はい。ベルナルド子爵は僕の父です」


「アレックス様、大変失礼しました。オスカーなら奥におりますので、直ぐに呼んで参ります」


 子供の僕に対しても丁寧だけど、決してへり下らない態度。ルブラン商会の品格を感じるね。五分ほど待っていると、先ほどの中年の店員が若い男――というよりも、まだ少年って感じの店員を連れて戻って来る。


 年齢は一〇代後半。清潔感がある短く切った髪と眼鏡。一周目で会ったのは一〇年以上先だけど、僕はオスカーのことを良く知っている。


「オスカー・ビルヘイムです。アレックス・ベルナルド様、私に何か用ですか?」


「僕の自己紹介は不要みたいですね。オスカーさんのことは、ローランド商会のマーシュさんから聞きました。その年で自分の店を持っているそうですね」


 二週目のオスカーとは初対面だ。見知らぬ他人が押し掛ける訳にいかないから、ベルナルド家と取引がある商人の伝手を使って、オスカーと面識がある商人に辿り着いた。


「店と言っても大したものではありません。ルブラン商会に仕事を回して貰い、何とかやっているところです」


 オスカーはルブラン商会の元店員で、今は独立してルブラン商会の下請けのような仕事をしているらしい。


「単刀直入に言います。僕はオスカーさんにビジネスの話を持って来ました。今日の仕事が終わった後、時間を貰えませんか?」


 子供の僕がビジネスなんて言うから、オスカーは戸惑っている。


「……解りました。今日の仕事は遅くとも一八時には終わります。どこに伺えばよろしいでしょうか?」


 それでも相手が貴族だから、無下にすることはできないんだろう。

 身分を利用して申し訳ないけど、最悪の未来を変えるために、オスカーは重要人物の一人だ。だから繋がりを確実に作る必要がある。


「でしたら、その時間までに店を予約して、ここにもう一度来ますよ。食事をしながらゆっくり話をしましょう」


 貴族の僕がオスカーを呼び立てる訳じゃなく、迎えに来ること。しかも僕の見た目は一〇代前半の子供なのに、大人びた対応をするから、オスカーと四〇代の店員が驚いている。


「それではオスカーさん、後ほど伺います」


 僕はオスカーの返事を待たずに店を後にした。


※ ※ ※ ※


 一八時一〇分前に、僕が再びルブラン商会を訪れると、オスカーは仕事着のまま店の前で待っていた。


「アレックス様、済みません。私はドレスコードがある店に着ていくような服を持っていなんです」


「そのままで構いませんよ。僕は王都に来るのが初めてで、良く店を知りませんし、そんなに堅苦しい場所じゃありませんから」


 僕が案内したのは大衆食堂を少し小奇麗にしたような店。じっくり話したいから個室がある場所を選んだ。


 部屋に入ると、この店のお勧めの料理と飲み物を注文する。


「高級店を期待していたら申し訳ありません。僕はこういう店が好きなんですよ」


「アレックス様、その……先程から気になっていましたが、私は平民です。普通に喋って貰えませんか?」


 オスカーの性格を考えれば、こう言い出すと思っていた。


「解ったよ。だったら、お互いに呼び捨てにしないか? 僕はオスカーとビジネスパートナーになりたいんだ」


 いきなり砕けた喋り方をする僕に、オスカーは一瞬戸惑うけど、話の内容の方が気になるようだ。


「ビジネスパートナーとは、どういうことですか?」


「僕なりにオスカーのことを調べさせて貰って、君の商才と将来性を高く買っているんだ。君の店に出資させて貰えないかな?」


 一周目の二〇代半ばで出会ったオスカーは、自分の店を王国()大商会の一つと呼ばれるまでに成長させていた。

 二週目でビルヘルム商会の名前を全然聞かないから、不思議に思っていたけど、この時点でオスカーはまだ独立したばかりだった。


「私の店に出資ですか……」


 オスカーが信じられないという顔をする。こんな美味い話を直ぐに信じたら、商人としては失格だろう。


「独立して直ぐにルブラン商会の下請けを任される信用と才能。王国三大商会の一つが、下請けに顧客の相手をさせるなんて異例だろう。これはルブラン商会も君のことを買っている証拠だ」


 ルブラン商会の少なくない数の重要顧客が、オスカーを担当として指名していることは、調べれば直ぐに解った。


「騙されるんじゃないかって、警戒する気持ちは解るよ。だけど、これでも僕は人を見る目はあるつもりだ。君の将来に投資させて貰えないかな」


 僕はマジックバッグから出した大量の金貨をテーブルに置く。


「全部で一〇〇〇万メリルある。全額君の商会に出資しても構わないけど、それだと商会を大きくしても、オスカーのメリットがないだろう。

 半分を出資金にして、残り半分を年利一パーセントで貸すよ。その金でオスカーが商会に出資すれば、君の方が持ち分が多くなる。出資金に対する配当は、利益の二〇パーセントでどうだろう?」


 商会は商人ギルドに登録する必要があって、投資額によって持ち分が決まる。

 小さな商会の大半は出資者本人が経営している。オスカーの商会も商人ギルドで調べたら、出資者はオスカー本人だけで、出資金は二〇万メリルだった。


 元々の出資金の二〇万メリルに五〇〇万メリルを足せば、オスカーは持ち分の過半数を持つことになる。これなら僕が何を言おうと経営権を維持できるし、商会が利益を出せば配当の半分以上を手にすることができる。


 ちなみに一〇〇〇万メリルは、中流階級の平均的な年収の約二〇倍だ。


「僕は商売の素人だから、余計な口出しをするつもりはないよ。勿論、正式な文章として残しても構わない。オスカーは自分の考えで自由に経営してくれないか」


「本当にそんな条件で構わないんですか?」


 オスカーは半信半疑だけど、目の前に一〇〇〇万メリルの現金があるのは事実だ。

 それにこの方法なら、もし僕に悪意があったとしても、商会を自由にすることはできない。

 配当が利益の二〇パーセントというのも常識の範囲で、利益の残り八〇パーセントを将来への投資に回すことができる。


 僕は一周目の知識で、オスカーの商会に投資すれば、大きな利益を得ること知っている。だけどお金だけが目的じゃない。最悪な未来を変えるには、お金も必要だけど、オスカーにはそれ以上の価値がある。


「オスカーに異存が無いなら話を進めよう。もっと出資金が必要なら相談に乗るよ。今回と同じ方法で出資するなら、金額が増えても条件は大差ないだろう。商会が大きくなれば利益も増えるから、僕としては問題ないよ」


「アレックス様、ありがとうございます」


「僕たちはビジネスパートナーなんだから、オスカーも敬語と様付けを止めてくれないかな」


「……解った。アレックス、これからよろしく頼む」


「うん、こちらこそ」


 僕とオスカーが握手して商談成立。これでまた一歩、最悪の未来を変える道に近づいたと思う。


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