16話:父親の想い
「アレク……これはどういうことだ?」
父親のジョセフに呼び出されたのは、フォレスタから戻って二日後。グランフォード公爵から書簡が届いたからだ。
内容は公爵が言っていたように、僕を養子に迎えたいというモノ。偉大なる魔導師である公爵から手紙が届くのに、時間が掛かり過ぎると思うかも知れないけど、勿論理由はある。
この世界には『念話』の魔法や魔導具が存在する。だけど『念話』は術式によってお互いに登録した相手にしか届かないし、距離によって大量の魔力が、魔導具の場合は魔石が必要になる。
一周目では情報の価値に気づいたユーキリス帝国軍は、『念話』の魔導具を大量に導入した。だけど、ここは魔法大国だと驕っていた時代のクロムハート王国だ。使い勝手も燃費も悪い魔導具が普及している筈もなく、戦闘に直接役に立たない『念話』に長けた魔法の使い手なんて、ほとんどいない。
さらには移動に役立つ魔法も軽視さている。魔導師が放つ戦略級魔法で戦争の勝敗が決まるから、頂点である魔導師を目指す者たちは、どうしても火力重視になる。結果として情報を早く伝える手段は、何百年も前から早馬から進化していない。
「アレク……何故黙っている? 私の質問に答えたらどうだ!」
「済みません、少し考えごとをしていました。先日、フォレスタに行ったとき、公爵家のエレノア嬢が赤竜に襲われているところに偶然出くわしまして、僕がエレノア嬢を救ったことを公爵閣下は喜ばれていました」
「赤竜に襲われただと? そんな話、聞いていないぞ!」
「はい、言っていませんからね。グランフォード公爵領で赤竜に襲われたなどと、そんな話が広まれば、領民を悪戯に不安にさせるだけです。だから公爵閣下から赤竜の話は広めないように言われました」
本当は僕の方から進言したんだけど、僕が言わなくてもグランフォード公爵ならそうしただろう。自分で仕留めたなら話を広めたかも知れないけど、倒したのは僕で、公爵の臣下たちは、ほとんど何もできなかったたからね。
「だとしてもだ、何故親である私に言わなかった? エレノア嬢を救ったこと自体は素晴らしいが、本当に赤竜と戦ったのか? なんて無謀なことをしたんだ! 無事だったから良かったが、幾らおまえでも一歩間違えれば命を落としていたところだぞ」
まさか僕が赤竜を仕留めたなんて、父親は思っていないだろう。公爵の書簡にそんなことは書いていないし、僕も倒したとは言っていないからね。
「それは本当に済みません。自分でも自覚しているので、心配させたくなくて黙っていたんです。もう二度と竜と戦わないと誓いますよ。母上にはエレノア嬢が野党に襲われているところを救って、公爵に気に入られたとでも言っておいてください」
」
こう言っておけば、とりあえず話は収まるだろう。竜と出くわすことなんて、さすがに滅多にないし、もし辺境で遭遇したとしても、黙っていればバレないからね。
「……それで、アレクはどうするつもりだ?」
父親が渋い顔をする。理由は二つ。僕に言いくるめられた事と、公爵家の養子になる話だ。僕が養子になれば、ベルナルド家としても公爵家と深い繋がりができる。弟のランドルフがいるから跡継ぎにも困らない。だけど父親としては、息子である僕を手放したくない気持ちもあるんだろう。
「公爵家の養子になることですよね。勿論、断るつもりですよ」
父親が唖然とする。
「アレク、おまえは自分が何を言っているのか解っているのか? 公爵家の養子になれば、家督を継げる可能性すらあるんだぞ!」
「それは解っています。ですが、僕には分不相応ですから」
僕としては初めから断るつもりだった。即答しなかったのは、クロフォード公爵と父親の顔を潰さないためだ。公爵家の養子になれば、最悪の未来を変えるための計画が大きく前進するかも知れない。だけど、これまでみたいに自由に行動できなくなる。公爵家に縛られていたら、未来は変えられないだろう。
「養子の話を断れば、次はエレノア嬢との縁談の話が来ると思います。公爵がそう言っていましたから。さすがに縁談まで断ると、公爵家との間に遺恨を残しそうですが、そっちは上手くやり過ごそうと思っています」
僕とエレノアが婚約することが、ベルナルド家としてはベストな選択だろう。公爵家と親戚関係になれば色々と優遇されるだろうし、僕の活躍次第で爵位が上がる可能性もある。普通に考えればメリットしかないけど、僕の都合でエレノアを利用したくないからね。
「上手くやり過ごすとは、どういうことだ?」
「婚約の話は一応受けますが、公にはしないで欲しいと頼むつもりです。理由は子爵のベルナルド家ではエレノア嬢に釣り合わないので、僕が名を上げてから、こちらから申し込むと言いますよ」
「アレク……私も何度も同じことを言いたくないが、自分が何を言っているのか解っているのか? おまえの実力は解っているが、公爵に対して不遜過ぎる発言だろう」
「父上が言いたいことは解りますが、たぶん問題ないと思います。さっきは必要ないと思って言いませんでしたが、エレノア嬢を救ったとき、僕は一人で赤竜を仕留めました。公爵が僕の実力を知りたいと言うので、目の前で竜を仕留めた以上の魔法も披露しています。だから公爵は僕を養子にしようと思ったんですよ」
「一人で竜を仕留めただと……それは本当なのか? エレノア嬢を救ったとはいえ、いきなり養子に欲しいとは、話が旨過ぎると思っていたが……おまえにそこまでの実力があるなら腑に落ちる」
「それでも僕が出過ぎた真似をしたと思えば、公爵は容赦なく切り捨てるかも知れません。だからエレノア嬢との縁談の話は、公爵の反応を見ながら、慎重に言葉を選んで進めるつもりです」
「だがエレノア嬢との縁談を素直に受けない理由は何だ? おまえにとってデメリットはないだろう。まさか、すでに意中の相手でもいるのか?」
「そんな人はいませんよ。正直に言いますが、僕は自分ためにエレノア嬢を利用したくありません。公爵家のエレノア嬢なら、僕よりも相応しい相手が幾らでもいるでしょう。僕は自分の実力で道を切り開いていきたいんです」
お互いにメリットがあって協力するなら構わない。だけど今回エレノアには何のメリットもないだろう。
「親である私を散々利用した者のセリフとは思えんが、おまえが言いたいことは解らなくもない」
「嫌だなあ、僕が父上を利用したと言うんですか? 父上に相談したり、お願いを聞いて貰ったことはありますが、利用した憶えなんてありませんよ」
「物は言いようだな……だが、そういう話であれば、養子の話を断るのも書簡ではなく、おまえを連れて私の方から出向く必要があるだろう。その場でエレノア嬢との婚約の話が出れば、できるだけおまえの意向に沿うように対処しよう」
正直、ここまで協力してれるとは思わなかった。僕が思っていた以上に、父親は僕のことを考えてくれているみたいだな。
「だが先に言っておくが、最優先は公爵の不興を買わないことだ。私はベルナルド家の当主として、家族と領民を守る義務がある。公爵の意向に背くことが難しいと判断したら、おまえとエレノア嬢の婚約の件を呑むつもりだ」
これが父親としての最大限の譲歩だろう。僕は上手く立ち回るつもりだけど、ベルナルド家を犠牲にする訳にはいかない。最悪の場合はエレノアには申し訳ないけど、婚約するしかないだろう。
「アレク、おまえなら理解していると思うが、貴族にとって結婚とは政治的な手段だ。望む相手と結婚する者などそうはいない。おまえと結婚することがエレノア嬢にとって不幸とは限らないぞ」
説得するためじゃなくて、僕の気持ちを考えて言っていることは解っている。
「それに公爵の不興を買えば、エレノア嬢を巻き込む可能性もある。極端な話、おまえを手に入れる駒として使えなかった役立たずと、切り捨てることも考えられる」
グランフォード公爵は計算高く、非情な性格だと知られている。怒りの矛先がエレノアに向けば、実の子であろうと排除する可能性もあるか。エレノアのことを考えても、グランフォード公爵を怒らせる訳にいかないだろう。
「父上、解りました。僕もベルナルド家のことを第一に考えて行動します」
養子の件の返事は直接会って伝えると、父親がグランフォード公爵家に早馬を飛ばす。僕は再びフォレスタに向かうことになった。




