15話:王国の闇
※三人称視点※
「まさか、グランフォード公爵以外の者が赤竜を討伐するとは……これは、どういうことだ?」
クロムハート王国の北部にあるウインザード公爵領の城で、口髭を生やした公爵が玉座のような肘掛椅子に座りながら忌々しげに呟く。
王国には一〇の公爵家が存在し、その全ての当主が魔導師であり、戦略級魔法を操る。
だが王家の血が流れているとはいえ、公爵家に必ずしも魔導師になれるほどの才能を持つ子が産まれる訳ではない。
自分の子に才能がないと解った時点で、大半の公爵は魔法の才能がある子供を養子として迎える。その子供は血反吐を吐くほど徹底的にしごかれて、もし死ねば別の子供を新たに養子にする。
現ウインザード公爵のハイネルも生まれは平民であり、五歳のときに公爵家の養子になった。当時、すでに物心のつく年齢だったから、親から奪うように家から連れ出された記憶は今でも鮮明に残っている。
その後、自分を取り戻そうとした両親が殺されたことも知っている。
だからハイネルはウインザード公爵家に愛着どころか憎しみを抱き、いつか必ず復讐しようと思っていた。
だが何故か自分よりも年上の公爵家の子供が次々と病死し、ハイネルが二〇歳になる誕生日に、前公爵が不慮の事故で亡くなったため、復讐の機会が訪れることはなかった。
臣下が公爵の前で片膝を突き、深く頭を下げて冷や汗を流しながら告げる。
「恐れながら……俄かに信じられることではありませんが、目撃者の証言では、偶々居合わせた子供が一人で赤竜を討伐したそうです」
「子供が竜を倒しただと……あり得ぬ話ではないが、そのような者が偶々居合わせただと?」
魔法の才能に突出した者が一〇代で戦略級魔法の使い手となる例はある。ハイネル自身が戦略級魔法が使えるようになったのも一九歳のときだ。
戦略級魔法の使い手にとっては、竜など所詮翼の生えた蜥蜴に過ぎない。だがそれほどの使い手が偶々居合わせるなど、偶然にしては出来過ぎている。
「グランフォード公爵家に連なる者に、竜を倒せるほどの子供はいない筈だ。まずは、その子供の素性を探れ。子供が魔法を使える時点で、貴族なのは間違いないが、竜を倒せるレベルとなると……」
「ハイネル閣下、問題はそこじゃないわ。これが偶然じゃないとすると、グランフォード公爵は私たちの動きに気づいているってことよね?」
壁際に控えていた女がフンと鼻を鳴らす。年齢は三〇代前半。肩まで伸ばした癖の強い巻き毛と、深い闇が宿る灰色の瞳。造形的には美して顔立ちなのに、薄笑いを浮かべる表情がそれを台無しにしている。
彼女はエルザ・サーペント。サーペント伯爵家の長女であり、幼い頃から魔法の天才ともてはやされ、次の伯爵は彼女だと言われていた。
だが実際に家を継いだのは五歳年下の弟だった。
家を継げなかったのはエルザが女だからじゃない。彼女が王国で禁忌とされる魔法の才能に目覚めたことで、事故死したという形で家から追い出されたからだ。
「自分の子供が竜に殺されたら、グランフォード公爵も動かざるを得ない。だけど竜と戦えば、決して少なくない数の死傷者が出る。計算高いあの男なら、必ず一人で動く筈という前提で立てた計画だけど、どうやら向こうの方が一枚上手だったようね」
「エルザ、貴様は黙っていろ! それくらいことは俺も解っている!」
苛立ちを隠せないハイネルを、エルザは鼻で笑う。相手が魔導師であろうと恐れることはない。禁忌の魔法に目覚めたことで家を追われた身ではあるが、彼女もまた魔導師に匹敵する魔法の使い手だからだ。
エルザが目覚めた禁忌の魔法とは、相手の精神を支配するモノだ。人間であれば数百人を同時に操れる彼女なら、竜を操ることも可能――
グランフォード公爵領に赤竜が現れるという、本来ならばあり得ない事件を起こした黒幕はエルザだ。ハイネルに依頼されて、赤竜を支配して辺境地帯から連れて来た。その目的はグランフォード公爵領を殺すことだ。
相手が魔導師となると、エルザでも完全に支配することは難しいが、身体の自由を少しでも奪えば、他の魔法で仕留めることができる。
同じ魔導師であるハイネルと二人掛かりなら、あのグランフォード公爵を殺すことも可能だろう。
計算高く冷徹なグランフォード公爵は、国王の信頼も厚いクロムハート王国屈指の実力者だ。魔導師の中でも、その実力は抜きん出ている。
だが何故ハイネルがグランフォード公爵を殺そうとしたのか? その理由はグランフォード公爵が、その性格に反して反戦主義者だからだ。
かつてクロムハート王国は周辺諸国を侵略し併合することで版図を広げてきた。
だがすでに大陸の三分の一を支配する王国には、手付かずの土地も多く、戦争という膨大な金が掛かる手段を使わなくても、王国は十分潤っている。
それでも人口は増え続けるから、さらなる富は必要になる。だが既得権を持つ王家と大貴族たちは、自分たちの金を使ってまで戦争を起こそうとは思わなかった。
手付かずの土地を開拓するという真っ当な手段だけで、必要な富が得られるからだ。
そして最後の戦争から一〇〇年以上が経ち、牙を失ったクロムハート王国は戦争を忘れたが、王国という脅威に常に晒されて来た周辺諸国は、牙を研ぎ澄ましていた。
その最たるものが、軍事国家として台頭したユーキリス帝国だ。
魔導具を武器に転用した帝国はクロムハート王国とは反対側に版図を広げて、この一〇〇年の間に大きく国力を伸ばしている。
ハイネルはユーキリス帝国の脅威に気づいていた。彼と同じように帝国に脅威を感じて、これ以上勢力を伸ばす前に手を打とうと考える貴族も少なくない。
だがグランフォード公爵は戦争に否定的であり、彼を信頼する国王も決して動こうとしなかった。
理由は二つある。一つはユーキリス帝国がクロムハート王国と国境を接していないこと。仮に帝国が攻めて来るにしても、その前に王国に接する国を攻め落とす必要がある。
魔法大国であるクロムハート王国には強者としての驕りがある。目の前に敵が迫ってからでも、戦争を始めるのは遅くない。攻めて来るなら捻り潰してやるだけだと、多くの魔術師たちは考えていた。
そしてもう一つの理由は、両国が友好関係にあるからだ。ユーキリス帝国が勢力を伸ばすために、大国であるクロムハート王国と争う必要はない。むしろ友好関係を結んだ方が、王国に横やりを入れられずに済む。
そう考えたユーキリス帝国の皇帝は、クロムハート王国を常に立てた。外交の場では、まるで弟分の国のように振舞い、王家に高価な献上品を贈った。
それに気を良くした歴代の王国国王は、帝国と戦うなどと微塵も考えなかった。
クロムハート王国の驕りが将来の危機を招く。だから先手を打って戦争を起こして、脅威となりうる帝国を滅ぼすべきだ――などと、ハイネルは考えている訳じゃない。
むしろクロムハート王国の方こそ、この地上から消えてしまえば良いと本気で思っている。
ハイネルに魔法の才能があるという理由だけで両親を殺され、その価値観が当然だとばかりに、前ウインザード公爵は両親の死を平然と告げた。
他の貴族たちも似たようなモノで、魔法至上主義のクロムハート王国の貴族たちは、本心では魔法の実力さえあれば何をしても許され、暴挙を振るった者が殺されるのは悪だからじゃなく、弱いからだと考えている――少なくとも、ハイネルはそう思っていた。
ハイネルの考えは、あながち間違っていない。世間体があるからこそ、理由もなく暴挙に出る貴族はいないが、貴族たちが力を求める根源はそこにある。
平民出身であるハイネルが、こんな狂った国は滅んでしまえと考えても不思議じゃないだろう。
だがハイネルも馬鹿じゃない。自分一人でクロムハート王国を滅ぼせるなどと考えておらず、王国が滅べば貴族である自分の身も危ういことも理解していた。
だから彼はユーキリス帝国と秘かに内通し、クロムハート王国の方から戦争を仕掛けさせ、開戦直後に帝国に寝返る計画を立てた。
そのために、まずは邪魔者であるグランフォード公爵を始末し、犯人はユーキリス帝国の人間だという噂を流して、王国中に開戦ムードを広めるつもりだった。
無論、一つの疑惑だけで、王国が戦争を始めるなどと考えてはない。精神支配の魔法を操るエルザと組めば、その後の工作も上手くいくと踏んでいた。
だがグランフォード公爵が計画に気づいているとしたら、彼を殺すことは難しい。
赤竜を隠れ蓑にして、一人でノコノコとやって来たグランフォード公爵を、エルザの二人掛かりで殺すつもりだったが、そんな機会は今後も訪れないだろう。
しかも相手は、最低でも竜を殺せる実力を持つ手駒を持っているのだ。現時点で向こうから仕掛けて来ないのは、証拠がないからだろう。エルザが無事に戻って来たのだから、犯人は特定できていない筈だ。
「……計画を修正する必要がある。エルザ、貴様にはもっと働いて貰うぞ」
「十分な報酬さえ貰えれば、文句はないわよ」
禁忌の魔法に目覚めたことで家を追われたエルザも、王国の貴族たちなど狂人の集まりだと思っている。
だが狂人たちが支配する国だから滅ぼして構わないと、そんなことを考えるハイネルも狂人の一人に過ぎないとも思っていた。
ハイネルに加担する自分も狂っているという自覚はあるが、だから何だとエルザは笑い飛ばす。クロムハート王国が滅ぼうが、ハイネルが自分の策に溺れて破滅しようが、彼女にとってはどうでも良いことだ。
(人を殺してお金が貰えるなんて……最高じゃない!)
家を追い出されたとき、家を継いだ弟以外の家族は皆殺しにした。弟だけ殺さなかったのは、いつ自分が殺されるかという恐怖を味あわせるためだ。
計画に加担したことで自分が殺されても、最後まで笑っている自信がある。エルザにとって世界の全てが、自分の命すら、狂った人生を楽しむための駒に過ぎないのだから。




