14話:誘い
その日の夜、グランフォード公爵は僕のために宴を開いてくれた。主席者は、城にいるグランフォード公爵家の面々と主だった臣下たち。
グランフォード公爵家には、当主のステファンと夫人のロザリア、三人の公子と二人の公女がいる。五人の子供のうち、第一公子はすでに所領を与えられて独立、第二公子は現在王立学院に通って寮生活をしている。この城にいるのは第三公子のマクシミリアンに、第一公女のエレノアと第二公女のローラだ。
「先程の魔法は実に見事だった。とても一〇歳とは思えぬ。すでに王国軍の一線級、いやそれ以上の戦力になれるだろう。マクシミリアン、おまえもアレックス殿を見倣うが良い」
上機嫌のクロフォード公爵に対して、ロザリア夫人は社交的な笑みを浮かべて、マクシミリアンは、あからさまに不機嫌な顔をしている。確か一一歳の筈だから、年下の僕が父親にべた褒めされているのが気に食わないんだろう。
「アレックス、遠慮しないでたくさん食べてね。お父様はアレックスを見倣えって言うけど、あんな凄い魔法を見せられたら対抗心なんて起きないわ。それに貴方は私の命の恩人だもの、感謝の気持ちしかないわよ」
エレノアは僕の隣に座って、しきりに話し掛けて来る。第二公女のローラは五歳らしいけど、僕を睨んでいるのは父親が褒めたからか、それとも姉であるエレノアを取られたと思っているからか。
「エレノア様は大袈裟ですね。何度も言いますが、僕はたまたま居合わせただけで、魔法の実力だって、グランフォード公爵閣下の足元にも及びませんよ」
「お父様はクロムハート王国が誇る偉大な魔導師の一人だから、勝てないのは当然だわ。だけど一〇歳であれだけの実力があるなら、将来アレックスも魔導師になれるかも知れないじゃない」
「自信はありませんが、そうなれるように精進します」
「アレックス、貴方は固いわね。そこだけは気に入らないわ。私より年下でも、クロムハート王国では魔法の実力が全てよ。私に様なんて付けないで、普通に喋って構わないわ」
「ありがとうございます。ですが、そういう訳にはいきませんので」
エレノアが好意で言っていることは理解している。だけど、ここで礼儀知らずな子供のように振舞うことは、僕にとって悪手でしかない。
「ならば、アレックス殿がエレノアと対等の立場になれば、問題なかろう」
突然、グランフォード公爵が話に割り込んで来る。
「お父様、それはどうことですか?」
「方法は二つある。一つはアレックス殿がグランフォード公爵家の養子になること。もう一つは、エレノアと婚約することだ」
いきなりの爆弾発言だけど、どこまで本気で言っているんだ?
「アレックス殿、私は本気だ。一番望ましい形は、貴殿が養子になること。アレックス殿ほど魔法の才能がある者はそうはおるまい。貴族が優秀な者を養子に迎えることは、めずらしいことではない。勿論、アレックス殿とベルナルド子爵が承諾すればの話だが」
グランフォード公爵が獲物を見る目で僕を見る。本気で僕を狙っているってことか。第三公子のマクシミリアンが物凄い形相で睨んでいるけど、気づかないフリをするのが賢明だろう。
「それって……私とアレックスが姉弟になるってこと?」
エレノアが戸惑っている。いきなりの話だから当然だろう。
僕としては、今回のことでグランフォード公爵に実力を認めて貰って、王国貴族の中で人脈作りをする第一歩くらいに考えていた。だけど公爵家の養子になれば、僕の計画が一気に進む可能性がある。
幾ら強くなろうと、それだけじゃ最悪の未来を変えることはできない。一周目で、クロムハート王国の偉大な魔導師たちは、ユーキリス帝国の魔導兵器に敗北した。
未来を変えるには戦争を回避するか、クロムハート王国が戦争に勝つ何らかの方法を見つける必要がある。
公爵家の養子になるか、エレノアと婚約するか。ベストはどう考えても前者だ。二つの国の戦争はクロムハート王国が仕掛けた。一周目では戦争が始まった時点で、一貴族の息子に過ぎなかった僕は、誰が何の目的で戦争を始めたのか、本当のところは何も知らなかった。公爵家の人間になれば、情報も掴みやすくなる。
戦争の仕掛け人の思惑を知った上で、そこに影響を与えることができれば、もしかしたら戦争を回避できるかも知れない。だけど、まだ一〇年以上も未来の話で、今の僕が知っている情報は余りにも少な過ぎる。
「グランフォード公爵閣下、ありがとうございます。大変ありがたいお話ですが、父であるベルナルド子爵に相談した上で、じっくり考えさせてください」
「アレックス殿が賢明であることは解ったが、本音を聞かせて欲しい。ベルナルド子爵家の体面さえ気にしなければ、飛びついて良い話だと思うが?」
「失礼を承知で申し上げれば、即決したくありません。理由は今回のお話を全く想定していなかったからです。僕は何事も間違わないために、じっくり考えて答えを出したいと思っています。勿論、即断即決する必要があればそうしますが、今回は話が違うと思います」
「それだけの実力がありながら、養子の誘いを受けると想定していなかったのか?」
「そもそもエレノア様を救い、公爵閣下にお会いしたこと自体が想定外です」
これは嘘だけど、いきなり養子に誘われると思うほど僕は己惚れていない。
「貴殿の話は解った。確かに物事には順序がある。まずは私からベルナルド子爵に、アレックス殿を養子にしたいと申し出よう。無論、アレックス殿の意志で断って貰っても構わぬ」
こんなことを言っているけど、僕が断れば、大貴族であるグランフォード公爵家との間に遺恨を残すことになる。エレノアの婚約者になるって方法もあるけど、現時点でその選択肢はない。今日出会ったばかりの少女を、自分の目的のために利用しようとは思わないからね。




