13話:実力
「本当に、貴方が私たちを助けてくれたの? 馬車の窓から見ていたから良く解らなかったけど、私とあまり年が変わらないのね」
グランフォード公爵家の第一公女エレノアが僕を見て目を丸くする。金髪碧眼の絵に描いたような美少女だ。だけど二週目で感覚的な年齢が三七歳の僕には、一〇代前半の少女は子供にしか見えない。
「エレノア様、それよりも先に言うことがある筈です」
「ルーク、解っているわよ。アレックス、私たちを救ってくれたことに感謝します。本当に、ありがとう」
「たまたま通りかかっただけですが、皆さんを助けられて、僕としても嬉しいです」
「竜を倒したのに、アレックスは謙虚なのね。ベルナルド子爵家の長男って聞いたけど、貴方は何歳なの?」
「一〇歳です」
「え、嘘……私より年下じゃない! どうして、そんなに強いのよ?」
「剣と魔法の鍛錬の他に、ベルナルド家に仕える騎士や兵士との立ち合いをしたり、たまに魔物狩りをしているからでしょうか」
「それだけ聞くと我々がしていることと大差ありませんが、アレックス殿の実力は本物です。私の上級魔法でも掠りしか与えられなかった赤竜を、一人で倒してしまったのですから」
上級魔法と言っても、使う魔力の量で威力は全然変わるからね。しかも相手は最強の魔物の一つと言われる赤竜だ。魔力を集束させないと、鋼鉄のような鱗を貫通することはできない。
ベルナルド子爵家の人間だと名乗ると、騎士のルークは僕のことを『殿』をつけて呼ぶようになった。相手の身分によって呼び方を変えるのは仕方ないだろう。
「アレックス殿のおかげで我々が無傷だっただけではなく、周囲にいた者たちを巻き込むこともありませんでした。エレノア様はシエントの街に視察に行く予定でしたが、この状況ですので公爵閣下に報告する必要があります。どうかアレックス殿もフォレスタまで同行して貰えませんか?」
「アレックス、私からもお願いするわ。貴方にはお礼をしないと」
誘われるままに、エレノアの馬車で一緒にフォレスタに向かう。道中、どうしてあの場に居合わせたのか訊かれたから、社会勉強のために一人旅をしていて、僕もフォレスタからシエントに向かう途中だったと答えた。
貴族の僕が一〇歳で護衛も連れずに旅をしていることに驚かれたけど、一応嘘はついていないし、僕の行動に不審なところはないだろう。
馬車のスピード上げたから二日でフォレスタに着くと、そのまま公爵の城に向かう。グラムの街にあるベルナルド家の城とは比較にならないほど豪華で大きな城だ。
エレノアとルークが状況を報告している間、僕は控えの間で待つ。三〇分ほどで広間に通されると、灰色の髪の四〇代の男が迎える。エレノアの父であるステファン・グランフォード公爵。クロムハート王国屈指の魔導師の一人だ。
「グランフォード公爵閣下、お初にお目に掛かります。ベルナルド子爵家の長男、アレックス・ベルナルドと申します」
相手は王国一〇大公爵家の中でも屈指の実力を持つグランフォード公爵だ。僕は深く頭を下げる。
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。エレノアから聞いていたが、アレックス殿はとても一〇歳とは思えぬ落ち着きぶりだな。まずは娘と臣下の命を救ってくれたことに感謝する。勿論、相応の礼はさせて貰おう」
「ありがとうこざいます。閣下なら当然お気づきでしょうが、あのような場所に赤竜が現れるなど、本来ならばあり得ません。
より強い相手に追い立てられた可能性もありますが、エレノア様を襲ったとき、赤竜は無傷でした。竜を操る手段など僕は知りませんが、何者かの関与を疑うべきかと思います」
精神に関与する魔法は存在する。だけど火力至上主義のクロムハート王国で、魔法の使い手が竜を支配できるまで、その手の魔法に精通するなんて、普通は考えないだろう。
だけど他国が関与しているかも知れないし、魔法の使い手は得意不得意な属性がある。もし精神関与が得意な魔導師クラスの使い手がいたら、自分の能力を秘匿するだろう。
エレノアが襲われることは解っていたから事前に調べたけど、大した人脈も情報源もない僕に、犯人が特定できる筈もなかった。
グランフォード公爵は値踏みするように僕を見る。
「アレックス殿は腕が立つだけではないようだ。忠告は素直に受け入れよう。一人で赤竜を仕留めたそうだが、ルークの言葉を疑う訳ではなく、私も実際に赤竜の死体を見ている。それでも、さすがに俄かに信じられる話ではない」
赤竜の死体は公爵家の護衛がマジックバッグに入れて運んで来た。公爵家のマジックバッグでも赤竜を丸ごと入れられなかったから、僕も解体を手伝って、複数のマジックバックに分けて何とか運んだ。
「そこでだ。不躾な申し手で済まないが、アレックス殿の実力を見せて貰えないか。赤竜と戦った後では魔力を消耗しているだろう。貴殿への感謝と歓迎の宴を用意するので、今日はここに泊ってゆっくり英気を養い、明日城の修練場を使うのではどうだ?」
一周目では娘の仇である赤竜を、グランフォード公爵は自ら討伐した。娘を殺された恨みもあるだろう。だけど臣下に任せると被害が甚大になるから当然の判断だ。
そんな赤竜を子供の僕か一人で倒したんだから、実力を確かめたいと思うのもがあり当然だろう。
僕としても願ってもない話というより、こうなることを期待していた。僕の実力を示して名を上げるには、またとない機会だからね。
「魔力にはまだ余裕がありますから、僕としては今からでも構いません。修練場を壊してしまうかも知れませんが、そこはご容赦ください」
「言うではないか。臣下の者たちが総出で結界を張るから問題ない。あとで魔力不足だったと言い訳しても聞かぬぞ。それでも構わぬなら、直ぐに修練場に向かおう」
グランフォード公爵に促されて、僕たちは修練場に向かう。エレノア公女と騎士のルークも一緒だ。中庭に造られた修練場は、分厚い石壁に囲まれた闘技場のような建物だ。壁の至るところに魔法陣が描かれているから、壁自体が防護用の魔導具の一種だろう。
修練場の中央に巨大な石像が運ばれて来る。これを狙えってことか。グランフォード公爵の言葉通りに、臣下たちが結界魔法を発動する。準備が整ったみたいだね。
「ではアレックス殿、存分に実力を示してくれ」
赤竜と戦ったときは、最初に翼に穴を開けて動きを封じて、確実に当てるために剣に魔力を込めた。だけど今回は動かない石像が標的だから、今の僕が使える最大威力の魔法を使おう。
術式を展開して、頭上に直径五メートルの魔力の塊を出現させると、周囲からどよめきの声が上がる。ここまでは赤竜と戦ったときと同じだ。だけど、さらに魔力を込めて直径一〇メートルほどになると、今度は魔力を集束させてビー玉くらいのサイズまで縮める。
魔力のビー玉は音速の壁を突き破って飛ぶと、石像を貫いた瞬間に爆発して、眩しい光が辺りを包む――正確には爆発したんじゃなくて、内側から破壊するために膨張させた。光が消えたとき、石像と周囲一帯が跡形もなく消滅していた。
結界のおかげで、音速の壁を突き破った衝撃波で周囲が傷つくことはなかった。僕自身は当然対策しているから問題ない。
「こんなモノですが、如何でしょうか?」
周りから声はないけど、拍子抜けしている訳じゃない。皆が唖然としていた。
「ガハハハ! アレックス殿、やるではないか!」
静寂の中に、グランフォード公爵の豪快な笑い声が響く。
「今の魔法は貴殿のオリジナルか? 何の属性も持たぬとは、魔力そのものを放出したということか。それにしても凄まじい威力だ。赤竜を倒したというのも納得できる」
全部お見通しって訳か。だけど『凄まじい威力』ってのは、さすがに大袈裟だろう。色々と工夫して威力を上げているけど、戦略級魔法には程遠いからね。
「それに石像全体を飲み込んだところで、魔力の膨張を止めたのは意図的であろう? 魔力操作の精度も見事だ。これで一〇歳と言うのだから、将来が末恐ろしい。エレノア、ここにいる他の者たちも、アレックス殿を見倣って精進するが良い」
グランフォード公爵が上機嫌なのは、僕の実力を認めたのもあるけど、僕には敵視するほどの実力がないってことだろう。僕も手の内を全て見せた訳じゃないけど。




