12話:始動
父親のジョセフには、グランフォード公爵領の領都フォレスタに行くと言って出掛けた。フォレスタはこの辺りで一番大きな都市で、人口は五万人を超える。グランの街からは徒歩で片道二週間、馬車でも一週間は掛かる。
あとで母親のサーシャに父親が問い詰められることを考えると、ちょっと可哀そうだけど、僕が遠出をしたのには目的がある。
とりあえず、アリバイ作りにフォレスタに向かう。フォレスタ土産として有名な焼き菓子でも買えば、アリバイには十分だろう。大量の魔石と魔物の素材を捌くのは、この街の商会を十分吟味してからだ。売り急ぐと買い叩かれるからね。
グランフォード公爵家の人間は、定期的に領内各地の視察に出掛ける。公爵家の人間が直接訪れることで領民は親近感を抱き、同行する家臣が訪れる街の状況を探る。領内における影響力を強める貴族らしいやり方だ。
今回は第一公女のエレノアが、公爵領の東にあるシエントの街を訪れる。一周目では道中で事件が起きた。
エレノアの出発を知るのは簡単なことだ。公爵家の馬車が隊列を作って、騎士と兵士が周りを固めた一行が、フォレスタの街中をパレードしてから視察に向かうからだ。
エレノアたちの馬車の群れが街を出るのを確認すると、少し距離を置いて後を追う。やっていることはストーカーみたいだけど、勿論目的は別にある。
後を追うように街を出ても違和感はない。フォレスタからシエントまでは街道伝いで、普通に人が行き来しているからだ。
馬車の速度に合わせて街道を歩く。公爵家にとって、視察に行くのを見せるの目的の一つだから、馬車の速度は速くない。徒歩で一定の距離でついて行っても、不審には思われないだろう。
夕方になると馬車の群れは、街道の脇で野営の準備を始める。僕も一定の距離を保ったまま足を止めて、夕食の準備を始める。街道では安全のために、人が多いところで野営をするのは一般的だ。僕以外の人も近くで野営を始めている。
安全のためと言っても、街道沿いで襲って来るのは野盗や普通の獣くらいで、魔獣が現れることは滅多にない。獣は人数が多いと襲って来ないし、公爵家の護衛がいるから野盗に襲われる心配はないだろう。そんな感じで穏やかな旅が三日ほど続いた。
事件が起きたのは四日目の午後。僕が最初に気づいたのは、事件が起きるのを知っていて、空を警戒していたからだ。身体強化を発動して、公爵家の馬車の方に向かう。
「何故、こんなところに……全員、戦闘準備。公女殿下をお守りしろ!」
護衛たちの反応も早かった。空の彼方から赤い点が、大きくなりながら急速に近づいて来る。魔力で強化した視力が、そいつの姿をハッキリ捉える。翼を持つ巨大な赤い蜥蜴、赤竜。一周目と同じように、赤竜が襲い掛かって来た。
こんなところに魔物が、しかも赤竜なんて大物が現れるなんてあり得ない。誰かの計略としか考えられないけど、竜を操ることなんてできるのか? 子供の僕が幾ら調べても、何も解らなかった。
公爵家の護衛たちが一斉に魔法を放つ。だけど竜は魔法に耐性を持っているから、生半可な魔法じゃほとんど効かない。
もしグランフォード公爵本人がここにいれば、相手が竜でも恐れることはない。公爵はクロムハート王国屈指の魔導師だからだ。
だけど公爵の人間と言っても、エレノア公女にそこまでの力はない。公爵家に仕える騎士も上級魔法の使い手だけど、相手が竜だと分が悪い。一周目では視察団は竜に襲われて全滅、この事件は『グランフォード家の悲劇』と呼ばれた。
赤竜は馬車の群れに迫ると、空中で翼をはためかせて大きく息を吸い込む。灼熱の炎が全てを焼き尽くすつもりだろう。だけど、そんなことはさせない。
大地を蹴って跳び上がると、魔力で空中に足場を作りながら加速。赤竜に迫ると、剣を抜いて魔力を纏わせる。下から突き出した一撃が、赤竜の顎を貫いて強引に閉じさせる。とりあえず、一撃目は上手くいった。ダメだったら、もう一つ手を用意していたけど。
赤竜は自らの炎で口の中を焼かれけど、耐性があるから、そこまでのダメージじゃない。怒り狂った赤竜が標的を僕に変える。これも狙い通りだ。
僕は足場を使って後方に跳んで赤竜を誘う。視察団の安全確保が第一だからね。
赤竜が誘いに乗って追い掛けて来る。巨体とは思えないスピードだけど、今の僕のスピードなら負けない。
馬車の群れから十分離れたの確認して攻撃を再開。さっきは確実に貫くために剣を使ったけど、距離があるなら魔法を使う。
瞬時に術式を展開。戦場だと一瞬の遅れが命取りだ。即座に発動できるように散々練習したし、魔物狩りで何度も試した。
魔法耐性がある竜の鱗は簡単には貫けない。だから僕は普段の倍の魔力を込めて『魔力弾』を放つ。
魔力を集束させた一〇発の弾丸が、赤竜の翼を貫く。飛行能力を失った赤竜は真っ逆さまに落ちて地面に激突。そこまで高度は高くないけど、まだ生きているのは、さすがは竜ってところか。
空を駆け抜けて、墜落した竜の元に迫る。傷だらけの赤竜は直ぐに起き上がり、巨大な金色の爪で攻撃する。だけど手負いのスピードじゃ僕を捉えられない。僕は躱しながら『魔力弾』を放つけど、胴体に当てても深手にはならない。
もう飛べないし、この巨体なら的を外すことはないだろう。いったん上空に跳んで、剣に全力で魔力を集める。直径五メートルほどの純粋な魔力の塊。上級魔法の術式を応用して出力を上げた。だけど、このままじゃ竜の硬い鱗は貫けない。僕は魔力を集束させて魔力の刃を伸ばす。
赤竜は大きく息を吸い込むと、灼熱のブレスを放つ。顎の傷から炎が漏れているけど、お構いなしだ。僕は冷静に横向きに跳んでブレスを躱す。
炎が納まるのを待つと、頭上に作った足場を、逆立ちで蹴って下向きに加速。体重を乗せた一撃を叩き込む。目がある頭は一番避けやすいから、狙いは首。
魔力の刃を鱗を切り裂くと、さらに魔力を込めながら振り抜く。僕が着地すると同時に、巨大な頭が地面に落ちた。
公爵家の視察団の方から、馬に乗った騎士が駆けて来る。白いフルプレートが、ユーキリス帝国のラグナロク・リヒテンベルガーを想像させるけど、向こうは白銀のフルプレートだし、今はまだ幼い子供だ。
「まずは礼を言わせてくれ。私はグランフォード公爵家に仕える騎士ルーク・オルハン。君がいなければ、我々は……公女のエレノア様が命を落とすところだった。本当にありがとう」
三〇代半ばの精悍な顔の騎士は馬を降りて、子供の僕に深々と頭を下げる。
「頭を上げてください。僕はたまたま通り掛かっただけです」
「居合わせのは偶然かも知れないが、君が赤竜を倒し、我々の命を救ったのは紛れもない事実だ。失礼ながら、まだ年端もいかない子供のように見えるが………君は何者なんだ?」
「申し遅れました。僕はベルナルド子爵家の長男、アレックスです」
僕は予定通りに名前を告げた。エレノア公女が竜に殺されることを知っていたから、助けたかったのもある。
だけど一番の目的は、公女を救うことでグランフォード公爵に近づくことだ。最悪の未来を変えるためには、僕が強くなるだけじゃ足りないことは解っている。これはそのための第一歩だ。




