11話:ゴリ押し
魔導具のシャワーで汗を洗い流して、部屋着に着替えて食堂に向かう。
ベルナルド家に兵士や使用人と一緒に食事をする習慣はなく、テーブルを囲むのは家族五人。
この三年間に起きた変化は、セシルが僕の世話係になっただけじゃない。一週目と同じように、七歳年下の弟と妹が生まれた。
「ランディー、ほら、口元が汚れていますよ」
母親のサーシャが世話を焼いているのは弟のランドルフ。
「私、ニンジン嫌い!」
「パトリシア様、好き嫌いはいけません」
侍女のマイアが世話をしているが、僕の父親のジョセフとマイアの間に生まれた妹のパトリシアだ。ランドルフが生まれた半年後にパトリシアが生まれた。つまり僕の父親は母親が妊娠中に浮気をしていたという訳だ。良くある話だけど、人としてダメだと思う。
パトリシアが生まれてもマイアは側室として認められず、娘のパトリシアを様づけで呼ぶ。それでも食卓の雰囲気が悪いということはない。マイアのお腹が大きくなり、父親のジョセフの浮気がバレて、母親のサーシャは実家に帰ってランドルフを産んだ。
だけど離婚せずに戻って来た母親は子供には罪がないと、パトリシアをベルナルド家の娘と認めた。浮気相手のマイアのことも、主人に迫られたら断れる筈がないと罪を不問とし、侍女としてベルナルド家に残ることを許した。
追い出されることを覚悟していたマイアは、泣きながら母親に感謝していた。
今では母親とマイアが結託して、父親が他の侍女に手を出さないか監視している。自業自得だから同情しないけど、父親は肩身の狭い思いをしている。
「それにしても、アレクは今日も遊び歩いていたようだけど、ベルナルド家の嫡男としては感心できないわね」
「そうですよ、アレックス様。ランドルフ様とパトリシア様のお手本となるように、もっと落ち着いて頂かないと」
今度は僕にお鉢が回って来たみたいだな。パトリシアが生まれたことで、僕と父親の取引は無効になった。それでも僕が一人で外出することを一度認めた以上、父親は僕を止めることはできない。今さら止めたら、僕と取引したことを認めることになるからだ。
だけど母親に秘密にするのは止めた。僕の不在に気づいた母親に問い詰められて、話さざるを得なくなって、僕が出掛けたことを隠すような真似は二度としないと誓わされたそうだ。
「母上、マイア、僕は別に遊び歩いている訳じゃありません。世の中を見て勉強しているんです。それも週に数回出掛けるだけで、夕食の時間には必ず帰って来ています。魔法と剣術の練習はサボっていませんし、勉強だってやるべきことはしています。貴族として、世の中を見て回ることも必要でしょう?」
僕の魔法と剣の腕は二人も知っているし、僕は一週目で魔法大学に進学したから、知識も両親に負けていない。戦争になって周辺諸国のことを必死に調べて、各地を転戦したから、見聞って意味でも大半の人より広いつもりだ。
「アレクが練習も勉強も十分以上にしていることは認めます。その点で文句を言うつもりはありません。だけど度々出掛けていると、弟と妹は貴方が遊んでいると思うわ」
「そうよ、お兄様だけズルいわ。私もお兄様と一緒に行きたい」
パトリシアが頬を膨らませる。
「良いかい、パティー。僕は貴族としての務めを果たすために出掛けているんだ。おまえももう少し大きくなったら、世の中を見て回ると良いよ。今直ぐ出掛けたいなら、今度母上やマイアに頼んで買物に連れて行って貰えば良い」
「僕はお兄様と一緒に魔法の練習がしたいよ!」
「ランディーは魔力が上手く操れるようになったら、一緒に練習しようか。今はまだ魔力操作を始めたばかりだから、魔法を発動できないだろう」
一周目の僕は一七歳まで魔法が使えなかったから、家では肩身の狭い思いをしていた。それに対してランドルフとパトリシアは普通に魔法が使えたから、僕たち兄弟の関係はぎこちなかった。
だけど二週目は生後半年で魔法が使えるようになり、自分で言うのは恥ずかしいけど天才と呼ばれている。城で魔法や剣の練習をしていると、弟と妹が憧れの視線を感じる。
自分がズルをしているようで、ちょっと心苦しいけど、最悪の未来を変えるためには、僕の気持ちなんて些細なことに過ぎないだろう。
食事を終えて、母親とマイアが妹と弟を寝かしつけに行く。
「父上、相談したいことがあります」
「アレク、おまえがそんなことを言うと……悪い予感しかしないな」
「嫌だなあ、別に変なことを言うつもりはありませんよ。僕も一〇歳になりましたので、そろそろ遠出をしてみようかと」
「おい、またそんなことを言って。サーシャたちの話を聞いていなかったのか?」
「母上が心配する気持ちは解りますが、一人で出掛けても何の心配も要らないことは証明しましたよね? 日帰りできる行動範囲は限られます。僕はもっと広い世界を見て勉強したいんです」
「……私にサーシャを説得しろと言うのか?」
「いいえ、その必要はありませんよ。母上に訊かれたら、外泊を許可したと言って下さい」
「それは……結局、事後で説得しろということではないか……」
「父上、僕はベルナルド家の人間として恥ずべきことは絶対にしません。もっと世の中のことを知って成長したいんです。僕のことを信じてくれませんか?」
「解った……おまえの好きにしろ」
何だかんだと言って、父親が僕に甘いことは解っている。それを利用するようで、ちょっと心苦しいけど、次のステップに進むためには、いつまでもベルナルド家に縛られている訳にはいかないからね。




