第5話 隣にいてほしい
風邪なんて、いつぶりだっただろう。
数日前から喉に違和感はあった。
それでも優作は、いつも通り仕事を優先していた。
締め切り、メール、画面の光。
気づけば身体のほうが先に音を上げていた。
朝起きた時には、熱で頭がぼんやりしていた。
「……最悪だな」
ソファに倒れ込みながらスマホを見る。
昼過ぎ。
桃華からメッセージが来ていた。
おはようございます
今日もお仕事ですか?
少し迷ってから返信する。
『今日は休みます。熱出ました』
数秒後。
え!?大丈夫ですか!?
『たぶん風邪です』
病院行きました!?
『まだです』
だめです!!今すぐ行ってください
その勢いに、少しだけ笑ってしまう。
でも笑った瞬間、頭が痛む。
夕方になっても熱は下がらない。
冷蔵庫には水だけ。
食欲もない。
一人の部屋は静かすぎて、体調の悪さだけが浮き上がる。
スマホが震えた。
今なにしてます?
『倒れてます』
すぐに電話がかかってくる。
「大丈夫ですか!?」
「まぁ、生きてはいます」
「そういう問題じゃないです」
声は明らかに焦っていた。
「薬は?」
「まだ買ってないです」
一瞬の沈黙。
そして桃華が少しだけ真面目な声になる。
「……今から行っていいですか?」
「いや、大丈夫ですよ」
「でも心配です」
「うつりますよ」
「別にいいです」
迷いがなかった。
一時間後。
インターホンが鳴る。
扉を開けると、桃華は両手に袋を抱えて立っていた。
「こんばんは」
マスク越しでも分かるくらい、真剣な顔。
「ほんとに来たんですか」
「来ますよ」
部屋に入ると、すぐに袋をテーブルに置く。
「まずこれ」
ポカリ、ゼリー、おかゆ。
「あとこれも」
薬局の袋。
中身を丁寧に並べながら、桃華は言う。
「ちゃんと症状聞いて買ってきたので、食べたらすぐ飲んでください」
優作は少し言葉を失う。
「そこまで……」
「当たり前です」
迷いのない声だった。
看病というより、段取りを組んでいる感じに近い。
それが不思議と安心感になっていた。
「優作さん、絶対普段無理してますよね」
おかゆを準備しながら桃華が言う。
「してないですよ」
「してます」
即答だった。
少しだけ笑いながら、でも目は真剣だった。
「こういう時、一人だとちゃんと休めないでしょ」
その言葉に、優作は返せなかった。
図星だった。
薬を飲み終えたあと、部屋に少しだけ静けさが戻る。
桃華はテーブルの向かいに座っていた。
「……来てよかったです」
ぽつりとそう言う。
「なんでですか」
「こういうの、一人で我慢するタイプっぽいので」
優作は小さく笑う。
「バレてます?」
「めっちゃバレてます」
その笑顔は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「桃華さん」
「はい?」
「なんか……すごいですね」
「なにがですか?」
「普通そこまでしないですよ」
桃華は少し考えてから、当たり前のように言った。
「でも心配だったので」
それだけだった。
理由が単純すぎて、逆に強い。
帰る前。
玄関で靴を履きながら桃華が振り返る。
「明日もちゃんと連絡してくださいね?」
「はい」
「既読つかなかったら来ますからね」
「それは怖いですね」
「本気です」
笑っているのに、冗談に聞こえない。
扉が閉まる。
静けさが戻る。
でもさっきまでの静けさとは違った。
部屋に、まだ温度が残っている。
優作は天井を見上げる。
この子となら。
そう思ってしまった自分を、もう誤魔化せなかった。




