第11話 夜の着信
夜の街は、昼より少しだけ素直になる。
ネオンも声も、どこか柔らかく見える時間。
サクとモモは、遅めのデートの帰り道をゆっくり歩いていた。
映画を見て、軽くご飯を食べて、ただそれだけの夜。
でも、それがやけに満たされていた。
「サク」
「ん?」
「今日の映画さ、サクちょっと寝てたでしょ」
「寝てない」
「いや絶対一瞬落ちてた」
「記憶はあります」
「それもう寝てるんだよ」
モモが笑う。
サクも少し笑う。
夜の街は柔らかい空気で、二人の足取りも軽い。
時計は22時を少し過ぎていた。
「そろそろ帰る?」
サクが言うと、モモは少しだけ名残惜しそうに空を見る。
「もうちょい歩こ」
「いいけど」
そんな何でもない会話の途中だった。
モモのスマホが鳴る。
画面を見た瞬間、モモの表情が少しだけ変わる。
「……お兄ちゃん」
一度は出ない。
でもすぐにまた鳴る。
また切れる。
また鳴る。
静かな夜に、着信音だけが浮く。
「出た方がいいんじゃない?」
サクが言うと、モモは少しだけ困った顔をする。
「うん……」
でもすぐには出ない。
また鳴る。
三回目。
モモは小さく息を吐いて、通話ボタンを押す。
「……もしもし」
最初は普通の声。
でも、すぐに空気が変わる。
「今どこだ」
低い声。
落ち着いているのに、圧がある。
「外」
モモは短く答える。
「誰といる」
すぐに重ねてくる。
モモは一瞬だけサクを見る。
そして言う。
「サクといる」
その瞬間、向こうの空気が変わる。
「サク?」
少し間。
知っている名前のはずなのに、確認するような声。
「そう。彼氏のサク」
モモは落ち着いて言う。
電話の向こうで、小さく息を吐く音がする。
「……あいつとまだ続いてるのか」
その言い方は、驚きというより評価に近い。
モモは少しだけ眉を寄せる。
でも、怒らない。
「うん」
それだけ。
「どこで会ってる」
「ちゃんと説明しろ」
言葉が続く。
質問というより、確認。
モモはスマホを少しだけ持ち直す。
でも声は変えない。
「今帰る途中」
「サクと一緒にいるだけ」
その言い方は、淡々としている。
でもどこか慣れている。
電話の向こうはまだ何か言っている。
「遅い時間だ」とか「ちゃんと考えてるのか」とか。
モモは一度だけ軽く息を吐く。
そして、少しだけ困った顔でサクを見る。
「ごめん、ちょっと長くなるかも」
その顔はいつものモモだった。
明るくて、少し困ってて、それでもちゃんと笑ってる。
サクは小さく頷く。
「大丈夫」
モモは少し安心したように笑って、また電話に向き直る。
夜の街は静かだった。
でもその静けさの中に、サクはひとつだけはっきり感じる。
モモの世界には、すでに“知っている人間の声”がいて。
その声は、まだ遠くない場所から二人の距離を見ている。




