Act.83『妖精猫の王国Ⅵ』
「猊下。本題に入る前に、先ずはこちらも紹介を。今回、猊下のご依頼を受けて任務に就くのは、私が率いるチーム『雪花の冠』の五名と──」
カイエンに一瞥され、頷いたアルトライトも前へと進み出て一礼する。
「お初にお目に掛かります、聖王猊下。彼ら五名に加え、このセン・アルトライト・ウォーノルンが率いる『白の光明』の四名が任務に参加させていただきます」
「ウォーノルン……と言うと、あの?」
「はい、そのウォーノルンです。有名なのは父の方になりますが」
「……そうでしたか。成程……不思議な縁があったものですね」
「?」
自分の顔を見て微笑まれたことに疑問を覚え、首を傾ぐアルトライト。
ウォーノルンの名に反応したようだが、父とセレスティアルに何か関わりでもあるのだろうか。
と、聖王の視線はそのままアルトライトの後ろへ流れて──アリエルの顔を真っ直ぐに捉えた。
思わず目が合ってしまったアリエルは反応に困ったが、聖王はすぐに視線を外すと、彼ら執行者達をこの地へ招いた目的について厳かに語り始める。
「さて、皆様に依頼した概要は既に伝わっているかと思いますが、改めて私から説明をさせてください。今回、皆様の力をお借りしたいのは、ケット・シーの王の捜索のためとなります」
ケット・シー。その姿は二足歩行をするネコと言い伝えられており、セレスティアルでは彼らを亜人族として扱っているという。
彼らは人間のように国を築き、法を整え、しかしネコのように自由気ままに生きる妖精と知られているが、他種族とは交流を持とうとしないため多くの事が謎に包まれた種族だ。
今回、そんなケット・シーの国から王家に緊急の依頼が舞い込んで来たのは青天の霹靂だった。しかし彼らが他種族を頼るほどの事だ、何か重大な事件が起きたのだろうと聖王は判断を下した。
故にこうして、事件解決のプロフェッショナル達にわざわざ来てもらったのだ。
「王が消息を絶ってから既に一週間以上は経っていると聞きます……最悪の状況は考えたくありませんが、私は何か事件が起こっているのではと考えました。それ故に出来得る限り、王の捜索を急がなくてはなりません。皆様、どうかその事を念頭に置いて活動されるようお願い致します」
一週間以上も行方不明となれば、人間社会ならば生死を疑うこともあるような期間だ。妖精の一種となればその限りではないかもしれないが、聖王の言う通り急ぐに越したことはない。
「この他の詳しい事情は、現地のケット・シー達に訊ねられると良いでしょう。皆様のことは、私から彼らに話を通しておきましたので、入国は許される筈です。きっと協力も仰げるでしょう」
「承知しました。直ちに現場へ急行したいところですが……猊下、問題のケット・シーの国は一体どこにあるのでしょうか?」
「アイギス」
「かしこまりました」
カイエンの問いに応えた聖王がアイギスを一瞥すると、彼女はいつの間にか準備していた地図をカイエン、そしてアルトライトへと手渡した。
二人が地図を見ると、そこには聖都を中心としたものではなく東方に広がる平原が描かれていた。
西部には聖都を含む人里、北部には山脈、南部には東へ長々と伸びる大樹海に囲まれており、南の樹海に接するとある地点にマークが記されている。
おそらくはその地点にあるのが、これから向かう目的地なのだろう。
「お察しの通り、その地図に記された地点にケット・シーの国があると思われます。ですが彼らの国は幻術の結界の中に存在しており、外部からは視認が出来ないようになっています。どうかご注意ください」
「了解しました」
「それともう一つ。こちらも皆様へお渡ししておきます」
そう言って聖王が手を虚空に差し出すと、その手のひらに光が集まり、小さな球体となって浮遊する。
そして聖王はそれを執行者達の元へと飛ばし、カイエンの眼前で停止させた。
「その子は通信用の人工精霊です。通信にしか利用出来ませんが、代わりにどこであろうとこちらと交信することが出来ます。我々に何か援助を求めたい時に、遠慮なくご活用ください。我々に可能な範囲で皆様を支援致します」
「感謝致します。必ずや猊下のご期待に応えられるよう、我々は一丸となって務めを果たさせていただきます」
代表して宣誓を告げて一礼するカイエンに合わせ、他の執行者達も聖王に向けて首を垂れる。
そんな彼らを慈しむように見据えながら、聖王はこれから旅立つ彼らへの激励として、王家に伝わる祝詞を口にした。
「──どうかお気を付けて。皆様に真理の導きが在らん事を」
………
……
…
聖王に見送られて王城を後にした一行は、ケット・シーの国へ向かう前に聖都で準備を行うことにした。
地図を見れば、聖都から目的地までは距離がある。半日を費やすほどではないが、数時間は移動に体力を使わなければならない筈だ。
それに執行者達は、自身の装備以外は基本的に現地調達である。食糧はもちろん、時には着替えの衣類まで現地で賄うこともあるほどだ。
そのための資金は事前に支給されるとは言え、今回のように人里離れた場所へ行くとなると多少なりとも不安を覚えるものだ。
中には何も気にせず平然としている者もいるが──
「いやぁ……王様、すげぇ美人だったなぁ……」
「城を出てから最初に浮かんだ言葉がそれか、お前」
人生で初めて高貴な空気に触れたためか、気持ちが今も浮ついたまま歩く阿貴に、涼は冷ややかに言う。
「なんて言うかさ、礼儀とか知らない俺でも、あの空気じゃマナーとか守らなきゃなって思わせられるもんなんだな。ああいう感覚は初めてだわ。王様も美人だったし」
「……まあ、お前が問題を起こさなかっただけでも及第点か」
「だろ? 王様も美人だったしな!」
「さっきから美人、美人うるさいわよ! 聖王猊下なんだから当たり前でしょ、気持ち悪いわねぇ! あんたの下心で猊下を穢さないでくれますかー、ツンツン頭」
「別に下心なんてねえよ! 綺麗なモンを綺麗だって言ってなにが悪いってんだ、チビのくせに変な難癖つけんなよなぁ!」
「チビとか関係ないでしょーがっ!?」
「……はぁ」
往来の真ん中にも関わらず大声で言い争いを始める阿貴とシルビアに、涼は盛大な溜め息をこぼす。
そんな後方にいる彼らを見やるアリエルは周囲の目を気にしたが、街路にいる市民達は何故か二人の口喧嘩を誰も気にしていないようだった。
「ああ、ごめんね騒がしくて。私達以外の周りには聴こえないようにしてるんだけど、耳障りなら君達にも聴こえないようにするよ?」
アリエルの疑問を察したソニカが、申し訳なさそうに説明する。
「いえ、それは別に構わないんですけど……阿貴さんとあの人、いつもあんな感じなんですか?」
「うん、まあ……顔を合わせたら大体は。なんか気が合わないみたいで」
「ケンカ、止めないんですか?」
「子供がオモチャを取り合っているようなものだし、止めるほどのことでもないわ。それにシルビアも、やっと同年代の仲間が出来て楽しそうだし」
「は、はぁ……」
阿貴と涼がチームに加わってまだ日が浅いだろうに、既にここまで慣れ切っているということは本当に毎度のことらしい。
そのおかげなのか、二人はもうすっかりチームに溶け込んでいるようだが。
「さて、先ずは食糧だな。ケット・シー達が我々の面倒を見てくれることを期待するにしても、三日分くらいは自分達で持っておきたい。どう思うね、セン君?」
「俺も異論はありません。ですがこちらの食事情には疎いので、いろいろとご教授していただけると助かります」
「うむ、任せておけ。そうだな、取り敢えず定番は──」
先頭で今後の動きについて話し合うリーダー達の会話を聞いて、ふと疑問に思うことがあった。
それはこれから向かうケット・シーの国についてだ。彼らの大まかな情報は本部で調べてみたものの、これと言って情報が見つからなかっただけに、やはり何度も考えてしまう。
その姿は? 性格は? 話し方は? 文化は? そもそもネコの妖精の国とはどういう所だ?
師匠が居てくれれば何か教えてくれそうな気がするが、無い物ねだりしても仕方がない。




