Act.84『妖精猫の王国Ⅶ』
「ケット・シーの国って一体どんな所なんだろ……」
そんな独り言のようにこぼれてしまったアリエルの疑問を、隣を歩くメシエがすかさず拾ってくれる。
「さあ? そもそもケット・シーって正体からして謎だしね。ツバサはなにか知ってる?」
「……ネコと言えば、猫又くらいなら」
「なにそれ?」
「ネコの妖怪だ。長生きして、尻尾が二つに分かれた化け猫と言えばいいか」
「なんで長生きすると尻尾が二つに分かれるわけ?」
「それは知らん……」
翼とメシエが横でずるずると話を脱線させていく中、アリエルも話題を外れて、ふとネコに関することで思い出すことがあった。
(そう言えば師匠が昔、ネコを二匹飼ってたとか言ってたっけ)
確かあれは人界の日本で、アリエルが初めてネコを目の当たりにした日のことだ。
ウィスタリア家で生活していた頃のアリエルは、犬やネコなどの動物を実際に見たことがなかった。ネズミや鳥くらいは目撃したことはあったが、屋敷の周辺にはそういった獣は棲んでいなかったのである。
そんなアリエルが初めてネコを見た日には、その愛らしさからついつい飼ってみたいと思ってしまったが、師匠はそれをすぐに見抜くなりこう言った。
“──昔、ウチにも双子のネコが居たんだけどな。居なくなってみると結構寂しくなるものだから、やめておいた方が良いぞ──”
そう言われてしまい、アリエルは落ち込みつつも大人しく諦めざるを得なかった。そもそも日本に三年間しか滞在出来なかったアリエルにとって、ネコを飼ってみたいと思うのは少し無責任な願いだっただろう。
すると師匠はそんな弟子のためにと、ネコミミを着けさせたフェイトや読に一日中ネコとして過ごさせるという暴挙を働いたことがあった。
元々自由気ままでノリの良かったフェイトはともかく、読がその一日中羞恥に震えていたことは今思い出しても笑えて来てしまう──と、その時。
思い出に浸っていたアリエルは突然、道端に立っていた男性に全身でぶつかってしまった。
「あぅっ。す、すみません! 大丈夫ですかっ?」
「──ああ、大丈夫だ。考え事をしながら歩いていると危ないぞ、お嬢さん。気を付けることだ」
アリエルが小柄だったおかげかぶつかられても特に衝撃を受けなかったようで、平然と佇む若い男はそう言うと、アリエル達の進行方向とは逆の方へ歩き去っていく。
突然のアクシデントに隣のメシエや翼が心配して目を向けてくるが、アリエルは乾いた笑みを浮かべて平静を装って歩き始める。
(うぅ……油断した。ちゃんと周囲には気を配ってたのに、人とぶつかっちゃうなんて……)
確かに思い出に意識を向けていて注意は少し散漫になっていたかもしれないが、それでもアリエルとしては人とぶつかるような失態は起こさない自信があった。
狙撃手だからと言って目だけに頼るな、とは師匠の教えである。故に人の気配の感知や障害物の位置の把握は、目を閉じていても出来るくらいには鍛えていた。
先ほども男性にぶつかってしまう前に何度か通行人と接触しそうになる機会があったが、それらは見ずとも難なく躱していたくらいだ。
だがあの男性だけは、不意に目の前に現れたかのような……いや、気配を感じ取れなかったと言うべきか。
それに彼は、どうしてアリエルが考え事をしていたと見抜いたのだろうか──?
「アリエル。ぼーっとしてるとまたぶつかるわよ?」
「ご、ごめんなさい」
一緒に隣を歩きながら注意してくれていたのか、メシエに指摘されてアリエルはすぐさま疑念を捨てた。
今は任務の方に意識を向けるべきだ。先日も師匠達の事をすぐに思い出してしまうことを反省していたのに、これではまたどこかで痛いミスを犯してしまいかねない。
気を取り直して、アリエルは先頭を行くリーダー達の背中を真っ直ぐに見据えて、任務に集中することにした。
聖都フレイヤでの食糧調達などの準備を終えた執行者一行は、街を出て東に向けて歩き出した。
地図に記されているケット・シーの国の位置は、聖都から東に少し離れた平原の中、南東部に広がる大樹海との境界線に沿ったとある地点だ。
そのため南方にある大樹海を視界に収めて一定の距離を保ちつつ、東進していく進路で二人のリーダーは合意した。
大樹海には危険かどうかも判断の付かない様々な幻獣、植物などが存在しており、中毒症状を引き起こす恐れがあるほどマナが濃いため不用意に近付くことを避けたいからだ。
そして一行は徒歩で東に進みながら、その間にお互いのチームの戦力について確認を行っていた。
任務の主な目的は捜索だが、だからと言って戦闘が起こらないとも限らない。調査員ではなく執行者が派遣されたのも、そういった可能性を考慮してのことだろう。
『白の光明』の紹介が終わり、見知った阿貴と涼の紹介を省略したところで、カイエンが口を開いた。
「俺は水と氷の属性の魔術を得意としている。戦闘にも捜索にもいろいろと応用は利かせられるが、俺の本命は見ての通り剣でな」
カイエンはそう言って、自分の腰に帯びた鞘入りの剣を軽く鳴らす。
すると彼はアルトライトを見やって、何やら全身をくまなく確認した後に問いを投げ掛けた。
「噂によればセン君も剣士だという話だが。剣は普段持ち歩かないのか?」
「ええ、まあ。単純に重くて不便なので、普段は格納しています」
淡々とそう答えるアルトライトに一斉に目を向けたのは、チームメイトであるアリエル達だ。ついでに彼と交戦経験のある涼も、つい話に釣られて非武装のアルトライトを見やった。
「リーダー、剣なんて持っていたんですか?」
「前回の任務では使っていなかったような……?」
「……まあ、使う機会がなかったからさ」
阿貴と涼を一瞥して申し訳なさそうに言うアルトライト。
彼とは直接戦っていない阿貴はともかく、徒手どころか魔術すら使っていないアルトライトに完敗した涼としては、ぐうの音も出ない話だった。
「持ち歩いてる風な言い方でしたけど、どこに隠し持ってるんですか?」
「どこって。これだよ」
アリエルの問い掛けに少し不思議そうに応じながら、アルトライトは右手の人差し指に填めた指輪を見せた。
その指輪に、新人達は誰もが見覚えがあった。それは執行者と認められてから渡された書類に混じっていた、無地の封筒に収められていた用途不明の指輪と同じものだからだ。
「あの、それって……?」
「これは魔術研究科が開発した魔術儀装で、簡単に説明するならば自分の所持品をいくつか保管出来る、小さな異空間を個人で持ち歩けるようにするモノだ。執行者には必ず一個は支給されているし、みんなも持ってるだろう?」
「も、持ってますけど、そんな四次元なんとかみたいな便利アイテムだとは一言も説明されてませんよ!? てっきり、ただのアクセサリーかなにかだと……!」
「ああ、まあ……一昔前から執行者の中では当たり前になっているモノだからな」
他の新人達はわざわざ持ち歩くようなものを所持していないからか反応が薄かったが、アリエルだけは大きな衝撃を受けていた。
新人の中では唯一、魔術の使用に自前の道具を用いる彼女にとっては、その指輪の有無はかなり影響が大きい。
魔銃は元より、魔弾用の弾薬やメンテナンス道具一式を常に携帯しなければならないからだ。必要なものだとは言え、戦闘時にはそれらの道具の重量が足枷になり得る場合がある。
異空間に格納することでその重さから解放されるのなら、アリエルにとっては望ましいことこの上ない。
「リーダー! 指輪の使い方、教えてもらってもいいですか!? どこかで必要なものなのかと思って、今回も持って来ていますので!」
「あ、ああ……それはいいけど。そろそろ三十分は経つが、その眼の方は平気なのかアリエル?」




