Act.82『妖精猫の王国Ⅴ』
聖セレスティアル王国──そこは建国の母である聖母レイア・レア・セレスティアルによって興され、彼女から国民や国土を受け継いだ何代もの聖王が現代に至るまで守り抜いてきた聖なる幻想の国。
大陸の東方に版図を広げるその国には、実に領土の四割の土地でしか人間は暮らしていない。残りの国土はすべて、人ならざる存在達が生きる幻想郷となっていた。
東南部に大きく広がっている大樹海に棲むのは小型の精霊や霊獣、魔獣達。
北東の山々や外海に生息するのは竜などの大型の魔獣達。
中央部の平原やその周辺域には亜人達が住み着き、独自に集落や国を形成している。
人間達は大陸の内海である魔海の沿岸──北西部から西南部にかけた縦一線に伸びた平野に市街を点在させて暮らしており、首都に当たる聖都フレイヤは亜人達の領域に接する中央部西側に位置していた。
その聖都フレイヤに築かれた王城セレーネは、国民全員が聖王の信徒であるという聖セレスティアル王国においては不可侵の領域だ。
王族や王家に仕える者、他には王家に招かれた客人しか立ち入ることを一切許されず、敬虔な信徒であっても許可なく踏み入れば厳しく罰せられるという。
そんな神聖なる城内に、『白の光明』と『雪花の冠』の面々は転移の光に誘われて降り立つ。彼らが現れたのは、王族専用の転移門が設置された広大かつ壮麗な大広間だった。
儀式の祭壇と思しき巨大な台座の上に現れた九人の執行者は周囲を見やり、白塗りの壁に覆われた空間を鮮やかに彩る華美な装飾の数々にいきなり圧倒された。
絢爛豪華。まさにその一言に尽きるだろう。王家の威光を現すような荘厳な光景に突然囲まれ、執行者達はしばらく言葉が出なかった。
すると彼らの来訪を察知したのだろう。大広間の出入口に、一人の気配が出現した。
王家において盾の乙女と称される聖霊、アイギス。
そんな彼女の登場に気を取り直したアルトライトとカイエンは、仲間達を促して階段を下りて行った。
「ようこそお越しくださいました、総魔導連合の執行者の皆様。私はアイギス。聖王猊下より、皆様の案内をするよう仰せつかっている者です。どうぞお見知りおきを」
目の前までやって来た九人の執行者へ、深くお辞儀をする女性。
対して彼女へ真っ先に挨拶を返したのはカイエンだ。
彼は臣下の礼を取るように丁寧に頭を下げ、慎んだ口調で言葉を並べていく。
「お久しぶりです、アイギス様。不肖ながらカイエン・ハセクラ、再び王城に戻ってまいりました」
「おや……懐かしい顔がいると思えば、貴方ですかカイエン。五年ぶりになりますね、健勝のようで何よりです」
「はい。此度は王家に仕えていた私の経歴を買われ、総魔導連合より遣わされました。是非とも猊下のお力になれるよう努めさせていただきます」
「期待しています。それでは早速で申し訳ありませんが、これから皆様には玉座の間にて聖王猊下と謁見していただきます」
「聖王猊下と?」
流石に謁見するとは予想していなかったのか、アルトライトが驚きの声を上げる。
何せ相手は聖王。聖セレスティアル王国内のみならず国外にも信徒を持ち、民衆から女神のごとく崇拝されている存在だ。依頼者とは言え、聖王が執行者と直に言葉を交わすことなど本来あり得ないことだろう。
そんな彼の心配を察したのか、アイギスは微笑みながら言葉を足す。
「今代の聖王猊下は民に寄り添おうとする御方なのです。皆様とは是非とも直接視線を交えたいと、そう仰っておりました。なのでどうか、猊下のご意思を酌んでいただけると幸いです」
「……分かりました」
頷いたアルトライトは仲間達にも理解をするよう視線で伝え、アイギスの案内に従って歩き出した。
城内は各部屋や歩廊の隅々に至るまで、徹底して厳粛な雰囲気に満ちていた。
空気中には塵一つ含まれておらず清らかに保たれ、そのせいなのか一歩ずつ進む度に、何故か緊張が高まっていってしまう。
しかし華美な内装の彩りとは裏腹に、城の内部構造は意外とシンプルなものだ。
客室は少なく、聖王が目的に応じて利用するための部屋くらいしか城内には備えられていない。
政事のための場はすべて城外に造られており、家臣達の姿があまり見られないのはそんな理由があるからだという。
ここはまさに聖王のための城。信徒達からの崇敬を一身に受ける聖王が、穏やかに日々を過ごすための場所なのである。
(なんか本部とは違った静けさがあるな……)
“長”レイアが普段活動する階層と比較して、アリエルは何となくそれぞれの雰囲気の違いを感じ取る。
レイアのいる本部上層の雰囲気を夜の静寂とするならば、こちらは朝の静寂と言ったところか。荘厳な静けさの中にも微妙な違いがある。
それは特に意味のないイメージの差違ではあったが、こちらの空気からは不思議と開放的な印象を受け、少しだけ緊張感は和らいだ気がした。
(聖王ってどんな人なんだろう……?)
あのレイアの子孫だということで何となく人物像は想像出来るものの、王である以上は厳格な人物なのだろうか。
しかし今代の聖王はまだ十八歳の少女であり、先代から王位を受け継いだばかりの若い王だった筈だ。もしかしたら、意外と接しやすい人物かもしれない。
「到着です。この先が玉座の間となります。既に猊下は玉座にてお待ちになられていますので、どうか静粛にお願いします」
アイギスがそう忠告を述べると、静かに大扉に手を触れた。すると大扉には魔術が働いているのか、自動でゆっくりと内側へ開いていく。
そして進み出したアイギスに続いて玉座の間の中へ足を踏み入れると、九人の視界の奥に、玉座に座す王の麗姿が映り込んだ。
聖女レイアを彷彿とさせる美しい白銀の髪と真白の肌。整った顔立ちに宿す深い青色の瞳は髪や肌の色と対照的で鮮やかに映え、嫋やかな細身を穢れのない純白のドレスが足許まで包んでいる。
聖王アテナ・ルナ・セレスティアル。
十八歳にして大国の王となったその人物は、玉座に優美に腰掛け、執行者達の来訪を穏やかに微笑んで歓迎した。
「よくお出でくださいました、執行者の皆様。私がこの国の王を務めております、アテナ・ルナ・セレスティアルと申します。先ずは私からの突然の依頼に応じていただいたことを、皆様に心より感謝致します」
目を閉じ、軽く顎を引いて礼を述べる聖王。
そんな彼女に敬意を表し、カイエンが前に進み出て片膝を床に着いた。
「お久しぶりです、姫様──いいえ、聖王猊下。かつて近衛騎士としてお傍に就かせていただいていたカイエン・ハセクラです。覚えていらっしゃいますか」
「忘れる筈もありません。貴方やアルティス卿は、幼い頃からよく私の護衛に就いてくれていた恩人ではありませんか。総魔導連合に身を移した後も、執行者としてご活躍されていると聞きます。
ふふ、やはり貴方に総魔導連合へ行くように勧めた私の眼に、狂いはありませんでしたね」
「はい。微力ながら再び猊下の力になれるよう、努めさせていただきます」
アルトライトは深々と一礼するカイエンの姿を見据え、彼と聖王の関係を察する。
先ほどカイエンも述べていた通り、彼のチームが選抜されたのはカイエンと聖王が旧知の仲であったことも関係していたのだろう。
(聖王直々の依頼である以上、母さんはそちらにも気を遣ったみたいだな……)
母の意外と細やかな仕事ぶりに感心しつつ、アルトライトはリーダーとしてカイエンに引けを取らないよう、しっかりと聖王の姿を見据えた。




