Before I look.-見つめる先に-
ボクは物心がついた頃には既にお嬢様のお屋敷に住んでいた。
まだ4歳か5歳、小さなボクにとってお屋敷はまるでお城のように見えた。
白い壁、赤いレッドカーペット、廊下の途中にいくつもある花瓶、壁に飾られた誰かの自画像。
廊下だけを見れば全て同じに見える景色、ただただ広く、間違えれば迷子になる。
ボクは迷子になっていた、部屋でずっと生活をしてきた、理由はわからない。だけど5歳くらいになると部屋から出てもいい、そう大人の人に言われた。
このお屋敷は頻繁に色々な人が出入りする、科学者とか魔法学者とか、技術者とか。
部屋に居ても隣から聞こえる会話は難しい話ばかりで、自然と頭の中に残るようになった。
「ここは、どこだろう」
服装はパジャマ、真っ白なパジャマ、髪もこの頃既に肩にまでかかる位伸びていた。そんなのは気にならない、今はどこが自分の部屋か探さなければ行けない。
部屋から出られて少しウキウキしたのか、この広い屋敷を歩き回りすぎたようだ。
「こっちかな」
適当に階段を降りたり、適当な部屋の扉を開けてみたりした。
しばらく歩き続けたのち、疲れてしまったボクは奥にある部屋を目指した、その部屋の扉だけ高級感があった。
「誰かいるの?」
扉が閉まりきってなかったのか、半開きになった扉を開けて中に居る人に話しかける。
「あなた、どうしてここに」
女の子、同じくらいの年齢。大きな椅子に腰掛けて自分の身長の半分くらいの古い本を読んでいた、ボクは部屋の中に入りその子に近づく。
「絵本?」
「そんな子供が読む本ではないわ、魔法の本よ」
この頃のお嬢様は、口調もキツイ感じではなく本当にお嬢様口調だった。
「魔法の本?どんなことが書いてあるの?」
「あなたには教えられない、だってあなたには名前がないもの」
「名前……」
そう、この頃のボクには名前なんてなかった、物心がついた時には母親父親など居なかった、見たことも、声も聞いたことがない。どこの何者かすらわからない、だが子供だったボクにそんなことを気にする頭は無く。
「名前、付けてよ」
「え?」
ボクは名前という固有名詞が欲しくなる、お嬢様はポカーンとするが
「名前、名前ねー………」
お嬢様は何か参考になる物がないか、あたりを見回す。何かを見つけたのか、本を閉じて見つけた本棚の前まで歩き、また古い本を取り出しボクに背表紙を見せる。
「読んでみなさい」
「………難しい字で読めないよ」
「はぁ、『YOU』よ。あなたって意味、わかる?」
「なんとなく」
YOU、あなたを表す言葉。お嬢様はその本をボクに手渡した、ボクは意味もわからず受け取る。お嬢様はまた椅子に腰掛けて先程読んでいた本を開ける。
「今日からあなたはユウ、わかった?」
「ユウ……ボクの名前……」
「わたしはリュリカ、同じ屋敷に居ながらお話は今回が初めてよね?」
「ボクはずっと部屋に居たからね」
お嬢様は少し考える、何について考えているのかわからない。だけど口にしたのは
「あなたがずっと部屋に隔離されていたのって、わからないのよね。お爺様は何も言わないし」
「そうなんだ、でもこれからはボク達友達だよ」
「友達?あはは!無い無い!どっちかと言うとあなたはわたしの執事ってとこね」
執事?ボクはそれの意味すらわからなかった、でもなんとなくわかる。その理由すらわからないけど頭の中にその意味が少しずつ浮かび上がってくる。
「わかったよ、ボクは今日から君の執事だね」
「見た目女の子だから執事ってのはおかしいかな?でもぴったりね」
お嬢様はケラケラ笑いながらボクに指を指す、しばらく会話をしていると。
「君こんな所に居たのかい?さぁ部屋に戻るよ」
扉を開けて入ってきたのは白衣を着た大人、ボクの手を掴むと部屋から出ようとする。
「待ちなさい、君ではなく、ユウって名前よ」
お嬢様はその白衣の大人に言いつける、その大人は少しお嬢様を見てからボクの目を見る。
「そうか、ではユウ部屋にいくよ」
ボクはさよならも告げられぬまま、お嬢様の部屋を後にした。
あの渡された古い本を持って。
そしてそこから数年、13歳くらいになると今のボクと変わらないくらいにまで成長した。お嬢様もいつのまにか口調はキツイ物になっていた、あの部屋を後にしてからまた数年間は隔離されたまま、部屋から一切出ていなかった。
そんなある日、ほとんど開かない扉が開いた。ご飯も決まった時間に持ってきてはそれだけで、ほとんど開かずの扉だったのに、ご飯でもない時間に扉が開いた。
ボクは知識を身に付けるために色々な本を読まされた、だが見れば直ぐに記憶してしまうボクは、一度見た本を棚から出すことは無かった。
「ユウ、貴様を迎えに来たぞ」
「ぇ……」
あれ以来見ていなかったお嬢様は、美しいくらいに成長していた、身長もボクと変わらない170cm。お嬢様も数年間見てなかったボクを見て、こう呟いた。
「やはり、貴様は男の娘だな。というか女にしか見えん」
「リュリカ…」
「貴様、私の事はお嬢様と呼べ。でなければ死刑だ」
「は、はぃお嬢様」
「よろしい」
不敵な笑みを浮かべながら、ボクを部屋の外に連れ出す。気がつけば人の気配が無くなっていた、2人だけの声が屋敷に響く。
「他の方はいらっしゃらないのですか?」
ボクは自然と丁寧な口調になっていた、頭の回転が速くなる、皆同じ事なのだろうか?ボクは気になったことを素直に聞いてみる。
「あぁ、居ない。私とお前だけだ、他の人間はもう居ない」
「おでかけですか?」
「あぁ、永遠の遠出だな」
この時の言葉の意味はわからなかった、でもボクは直ぐに知ることになった。屋敷で一番広い客間にいくと
「これは………」
「だから、言っただろう?永遠の遠出だと」
初めて見る魔法陣の真ん中には、白衣や衣服だけが残されていた。誰かが脱ぎっぱなしだなんて、この屋敷では有り得ないことだとボクは感じた。
「私に歯向かった罰と、お前を隔離していた理由を述べない罰だ。」
「存在を消したのですか」
「魔法陣だけを見てよくわかったな」
ボクも魔法陣を数秒眺めるまではわからなかった、だが頭に浮かび上がるそれはまるでパソコンで意味を検索したようなものと、似ていた。
「これで、お前は自由だ。それに私はここの当主となった、あの爺はどうなったか知らないがな?」
「自由……」
突然自由を手に入れたボクと、当主となったリュリカお嬢様。ボクとお嬢様の出会いは突然で、そこから2人の魔術録について調べ始めた。
そして今、16歳になったボクは。
「お嬢様、どうかされましたか?」
お嬢様はボクの部屋に入ってくる、ノックも無しに。
「その本まだ持っていたのか?」
「はい、毎晩寝る前に読んでいますから」
「お前、一度読んだら忘れない天才ではなかったか?」
「確かにそうですが、これは、宝物ですから」
ボクは開いていたその本をそっと閉じる、軽く本を撫でながら立ち上がる。
「宝物、か。ま、気に入ったのならよかったがな」
「はい、ボクにとって初めての出会いがあって、初めて名前をつけてもらったものです。お嬢様から頂いた名前、だから宝物なんです」
「ふ、そうか。YOU……『あなた』か」
優しい目つきでその本を見つめるお嬢様、ボクはどこの誰かはわからない、だけど今はお嬢様の執事で十分だ。
「『あなたは私、私はあなた。』」
「ほー、その本の一節だな。だがそれだけじゃない」
ボクとお嬢様は同じ言葉を口にする、打ち合わせをしたわけでもない、だが自然と一緒になった。
『あなたの側に、あなたの心に、一生あなたと近くに――』
契約を破ることは無い、お嬢様が死ぬまで、ボクが死ぬまで、契約は消えない。
「では、お嬢様時間です。参りましょう」
「あぁ、いくぞ」
歩き出す、1歩1歩。確実に。




