船上
空が夕闇に染まりはじめた頃、大神殿へと続く大河に、白亜の優美な帆船がゆっくりと滑り出した。薄紫色の空に真っ赤な夕日が輝き、水面をきらきらと照らしている。風は心地よく、令嬢たちの歓声が甲板に響いた。
「見よ、カルロス。夕日に透けた水飛沫は、まるでそなたの髪のようじゃ。そうは思わぬか?」
ヴィオレッタは手すりに身を預け、隣に直立不動で立つカルロスを見上げる。扇子でカルロスの胸元の革鎧をコツコツと叩き、その硬さを確かめるように目を細めた。
「はぁ……確かに赤いっちゃ赤いですね」
「無粋な返事だこと。ほほほ、だがそれも良いわ。……フランク、そなたからも何か言ってやっておくれ」
少し離れた場所で手すりに背を預けていたフランクが、翠玉色の瞳をこちらに向けた。
「カルロス先生は、情緒よりも実利を重んじる性質ですから……。側妃様、あまり困らせては、せっかくの美しい水面が彼の溜息で濁ってしまいます」
フランクの言葉に、ヴィオレッタは満足そうな笑みを浮かべ、他の令嬢たちを連れて船首の方へと歩き出した。
ようやく一息ついたカルロスが、手すりに体重を預ける。
「……助かった。マジで生きた心地がしねぇ」
「災難ですね。ですが、側妃ともなると、おいそれと外出など叶いません。彼女なりに自由を満喫なさっておられるのでしょう」
フランクが隣に並び、同情を含んだまなざしで女性たちの後ろ姿を眺めながら、カルロスだけに聞こえる声で洩らす。
「……確かにな。身分が高いとなると、俺には想像もできねぇしがらみみたいなもんがあるんだろうな」
「ええ」
カルロスの言葉にフランクは頷く。
「とはいえ、正直、俺で遊ぶのは勘弁してほしい。お前はいいよな。船の上でも、まるで舞踏会にでもいるみてぇに様になってやがる」
「慣れですよ。ですがカルロス、あながち戯れだけではないようです。貴方のその姿は、薄闇に輝く夕日によく映えていますから。ほら、あちらの侍女たちも貴方に熱い視線を送っています」
フランクが顎で示した先では、侍女たちが何やら話しながらこちらをチラチラと見ている。カルロスがそちらをチラリと見ると、彼女たちは「キャッ」とばかりに視線を逸らし、またこちらを盗み見しながら囁き合った。
カルロスは盛大に舌打ちをした。
「俺は見世物じゃねぇ。護衛なんだよ……!」
「ええ、分かっています。最高位階の師範魔術師が、今や一鑑賞物。……同情しますよ、本当に……」
「……」
フランクの言葉にカルロスは黙ったまま、恨みがましい視線を送った。
「カルロス、ヴィオレッタ様の侍女がこちらへやってきます」
フランクは船首の方をチラリと見、一瞬だけカルロスの腕にポンと手を置いた。
逃げ場のない船の上。カルロスは、穏やかな風とは裏腹に、どんよりと重い溜息をついた。




