出発
外ではすでに出発の準備が整えられていた。
フランクは用意された馬に、法衣の裾を翻し、ひらりと跨った。その洗練された無駄のない動作は、彼が名家の出であることを雄弁に物語っていた。
「おめぇ、馬かよ。いいご身分だな」
「仕方がありません。私の方が少しだけ年長ですし」
カルロスの嫌味にフランクは涼しい顔でこたえると、少しいたずらっぽく軽く片目をつぶってみせた。その仕草は、あの食えないオヤジであるサーベルトを彷彿とさせ、カルロスは軽くため息をついた。
「フランク殿。貴殿は私の後方、馬車の前方左側に付いていただきたい。……おい、そこの赤毛」
護衛の長を務める騎士がカルロスに蔑みを含んだ視線を送る。
「貴様は馬車の右扉のすぐ横を歩け。……側妃様からの直々のご指名だ。気に入られたからといって勘違いするなよ。万が一の際は、その身を挺してお護りしろ。貴様の価値はそれぐらいしかない」
「……了解」
カルロスは、ぼやくように返事をすると、足に絡みつく邪魔な法衣の裾をさばきながら歩きはじめた。
騎士の傲慢な態度は、カルロスにとっては日常茶飯事だ。貴族や騎士たちは、魔術師を下賎の者たちと見下している。それは彼らが持っていない魔力という異能に対する潜在的な恐れと、その異質性から貴族をはじめとした階級制度にとらわれず、実力を元にした独自の位階制度の中で生きている魔術師に対する反感からくる嫌悪感のあらわれであると、カルロスは認識していた。
カルロスが指定の位置についた途端、豪華な装飾が施された馬車のカーテンがスッと開き、ヴィオレッタの艶やかな瞳が覗く。
「カルロス、そこにおるか?」
「はっ。ここに」
カルロスがぎこちなく応じると、ヴィオレッタは扇子で口元を隠し、くすくすと声をたてた。
「うむ。その、法衣からはみ出さんばかりの肩幅……やはり良い。常にその大きな背中を見せて歩くのじゃぞ」
これじゃ、護衛っつうより、見世物じゃねぇか……。
カルロスは舌打ちを辛うじて飲み込んだ。
馬車を挟んで反対側では、フランクが、同情と明らかな面白味を含んだ瞳を馬上から投げてくる。
「カルロス先生。ヴィオレッタ様にあれほど気に入られるとは、流石は師範魔術師ですね。馬車の横を歩く姿も、さぞかし絵になることでしょう」
「……お前、あとで覚えとけよ」
カルロスが低い声で唸ると、見送りに残っていたダニエルが、ふわふわとした猫毛を揺らしながら近づいてきた。
「カルロスくぅ〜ん。頑張って下さいね」
「ダニエル、おめぇも……」
文句を言おうと睨みつけたカルロスの目が、大きく見開かれた。
「きひひ」
ダニエルはニタァっと気味の悪い笑みを浮かべる。その青い瞳が一瞬だけ灰色に妖しく光った。
「げっ」
カルロスは息を呑む。
「出発だ!」
隊長の号令が響き、行列がゆっくりと動き出す。馬蹄の音が石畳に響く。
我に返ったカルロスは視線を動かした。しかし、既にダニエルの姿はなかった。前方では優雅に馬を操るフランクの姿が見える。カルロスは慌てて動き出した馬車に遅れないように歩き出した。冷たい汗がどっとふきだしてくるのを感じる。
「……ニコラスせんせ……まじ、心臓に悪いぜ……」
カルロスは額をぬぐった。




