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不思議な塔にまつわるあれこれ。  作者: ちびやな@やなぎ
96/96

080 ――Side C―― ・・・何が起こったの?!

IFバーション後日談・ミュルカと元の世界の彼氏編。

※078から080まで三連投稿しています。お気をつけください。

「なんだか嘘くさいな」

 つい口からこぼれたつぶやきに小さく笑う。

 これ、一体何度目だっけかな。

 視線の先には、写真嫌いの漣葉が残した数少ないうちの一枚が飾られている。いたずら半分でワインを飲ませた時、酔ったあの子を写したもの。うっすらと色付いた頬で楽しそうにけらけら笑っているところを僕がスマホのカメラで写したんだ。

 普段笑わないわけじゃなかっかたけど、全開笑顔で笑いっぱなしなんてめったに見られるものじゃない。だから、あの子が酔うと笑い上戸になるっていうのは嬉しい発見だったなぁ。一時、まったく笑わなくなってしまっただけに、僕はあの子の笑顔が何より好きだから。

 それがもう二度と見られないとかどんな悪夢だろう。あの子の笑顔が見られなくなるのは僕が寿命を使い果たす時だって思っていたのに、現実には漣がいなくなってしまった。

 なんというか、階段ですっ転んで打ち所が悪かったとかいつの時代のドラマだよ、と小一時間問い詰めてやりたい。しかもあの子が嫌っていた相手をかばったせいだとか本当どれだけお人好しなんだと。あの子らしいと言えばあの子らしい。でも、僕はそんな笑い話を提供してもらうよりも漣が側にいてくれる方が何百倍も嬉しいんだけどな。

「ねぇ、漣? 僕の病気が治って君がいなくなるとか、予定外にも程があるよねぇ」

 ぼやき半分に言ってベッドの一角を占領している、八十センチはあろうかという大きな熊のぬいぐるみを抱えてそのまま横になる。

 いい年した男が気持ち悪いとかいう文句なんて知らない。これはあの子の両親の形見でもある、漣が大切にしていたものなんだから。くまこ、なんて安直な名前を付けてずっと、寮生活をしていた間以外はずっと手元に置き続けていた宝物。左足の肉球には「誕生日おめでとう漣葉」、右足の肉球には「君が大好きなパパとママより」の文字が刺繍されている特注品だ。

 抱きしめるとあの子がよく使っていたの香りが残っている。ぬいぐるみの手入れをする時、汚れ落としの重曹に少しだけお気に入りのアロマオイルをたらすのだと言っていたからそれでだろう。

「君のご主人様は本当に困った子だよねぇ。君まで置いて行っちゃうなんてさ」

 本当は棺に入れてあげたかったけどいくらなんでも大きすぎると断られてしまったんだ。それで行く場をなくしたくまこは漣が使っていた物と一緒に僕の部屋に来たというわけ。

 それにしても、本当に小さい頃をのぞけばあの子を抱きしめることも抱きしめられる事もなかったから実は少しくまこに嫉妬してたんだよね。でも、いくら漣が大切にしてたっていってもぬいぐるみ抱きしめても嬉しくない。

「こんなことになるんだったら、変な遠慮しないであの子を抱いとけばよかったなぁ……」

 これも何度目になるかわからないつぶやきをもらしてくまこの頭をなでる。

 僕の方が先に死ぬんだから漣に触れたら駄目だと思ってた。僕がいなくなった後何十年も生きていかないといけないあの子を僕のものにしてしまったら、きっと彼女は僕に義理立てすると思ったんだ。うぬぼれでもなんでもなく、あの子はそういう性格だから。

 だからあの子には僕がいなくなった後の生き方を考えるように散々言ったし、大切な人を作らないと駄目だって繰り返した。

 聡いあの子は僕が手を触れない理由に気付いていたと思う。あんなにも僕が全てだと言葉でも態度でも示していたのに、その手のことをねだられたことだけはないから。

 本当は寂しがり屋で甘えたなあの子がそれを望まないはずがなかったのに。

「これで僕がふぬけたことをしたらあの子にあきれられちゃうよなぁ」

 漣に望んだことを僕ができなかったらあの子は悲しむだろうから。眉をはの字にして少し上目遣いに僕を見上げる、すごく可愛いけど本当に心配してる時の顔をさせてしまうだろうな。

 だから、今だけだ。

 懐かしい気配が残っていそうな柔らかいぬいぐるみに顔をうずめて唇をかむ。

 もうどこにもいなくなってしまったあの子を見送るためにあつらえたこの服を脱ぐまでの間だけ。

 自分の命の短さを知ってすら流れなかった涙をこぼしてもいいことにした。


――――――――


「困ったわねぇ」

 ふぅ、とため息をこぼしてその存在は頬に手をあてた。タイトな真紅のドレスに身を包んだ筋肉質な男性という中々に破壊力のある外見をしたその人物は、某世界の神の一員であり、通称を紅という。

「これは、叶えられるのか?」

 となりでカカオ九十九パーセントチョコでも口に含んでいそうな表情をしているのは同じく神の一員である幼児にしか見えない女の子である。つつけば大福のように柔らかでしっとりしているに違いない頬をしているし、赤い着物が三才のお祝いのようでなんとも可愛らしい。

「叶えないといけないんだけど……。漣ちゃんの執着もすごいと思ったけど、彼の方が相手に依存していたのかしらねぇ」

 なんとも渋く男前な美声の主である紅が女言葉でつぶやくのだからこれまた結構な破壊力なのだが、幼児――もとい別の神である朱玉――は気にした風もない。

「叶えなければ契約が不成立になってしまう。そうなれば後は世界がいくつ消えるか……」

「でも、あの子、表面は普通にふるまっているけど時間とともに壊れていってるわ」

 二人が見守っているのは、世界を救うことを神々に願う代わりにとその幸せな生涯を望んだ、ある少女の思い人だ。

 本人は大切な相手を失った痛みを乗り越えようとしているのだが、心の深い部分に細かな傷がどんどんたまり続けている。このままではそう遠くないうちに破綻するのが目に見えていた。

 そうなればたとえ事実を隠し通したとしてもかわした契約が履行されていないとされて術が破棄されてしまう。つまり、せっかく回避したかに思えた世界の滅亡が訪れてしまうことになる。

「何かいい方法ないかしら……」

「あの男の精神に干渉して少女への執着を薄めるくらいしかないだろうな」

「それは規則に触れるでしょ。やったら契約不履行になると思うわよ?」

 神と言ってもより上位の神々が定めた規則に縛られる紅の答えに、同じ立場の朱玉はため息をつく。

「こちらから条件の緩和を申し出るのは許されても、向こうに譲歩を求めては規約に触れるからな……」

「そうよねぇ。こと、漣ちゃんはずいぶんと悪条件にも関わらず契約に応じてくれたのだから、これ以上対価を奪うことは許されないわ」

 会うことが叶わないだけで相手が生きていると知っている彼女ですら、時を重ねた分だけ大きくなる孤独を紛らわすように魔術の研究や塔の攻略に没頭することでごまかしながらなんとか生きているのだ。自分の体を頓着しない生活ぶりは普通であれば確実に命を縮めている。

「かと言って、あの少女を元の世界に戻すことも許されなかろうな」

「そうなると対価が軽くなりすぎてしまうものね」

 困ったものだわ、とこぼした紅の視線の先では早送りで人間たちの時間が過ぎて行く。この場所と人の住まう世界では時間の流れが違うのだ。二人は願いの対価として支払う願いを叶えるため、人の世界の動きを探っているのだ。多少なら時を巻き戻してやり直せるが、あまり何度もはできない。

 それなのに漣葉によく似た性質の女性と出会わせても、違う傾向だがかの男が愛情を感じる存在を与えてみても失敗している。一時であれば二人の用意した存在と心を通わせて安らぎを得るようなのだが数年と立たずに破綻してしまう。派手に破局したりはしない。あてがった女の方は愛され幸せになるのだが、肝心の男はおのれの幸せをあきらめてしまう。大切な相手を失った孤独と喪失感を抱えたままで、決して幸せだとは言えない。

「やり直せるとしても後一回が限度よねぇ。……まさか、こんなところに難問が潜んでいるとは思わなかったわ」

「まったくだな」

 二人が視線を送る先では今回もうまくいかないまま、男が生涯を終えようとしている。

「真実を告げても駄目だし、漣ちゃんの姿を夢で見せるのも駄目っていうのが辛いわよね」

「あの娘は死んだことになっているからな。かの人物に生きていると告げては世界の均衡を狂わせる」

「……最後の手段しかないかしらねぇ」

 紅にはひとつだけ現状を打開できそうな案があった。しかしそれも下手をすれば対価不足で契約不履行になりかねないぎりぎりのところである。

「どんな手だ?」

 朱玉に尋ねられ、紅は肩をすくめてから説明を始める。

「……確かに可能ではあるが……。かなり危険だろう?」

「ええ。だからぎりぎりまで様子を見る必要がある。一歩間違ったら失敗って覚悟でやるしかないわ」

 さすがに真剣な表情で告げる紅を見て朱玉は嘆息する。この同僚は人に甘くていつも危険な賭けをする。そのせいで何度も叱責を受けているのに、それでもまた人に甘いことをするのだ。

 わかっていても手を貸してしまうのは惚れた弱みだなどと、死んでも認めたくない。


――――――――


 久々に中に入っても塔は相変わらずだ。ここ半月ほど、なんやかやと忙しくてまったく塔に来ていなかったけど特に変わったこともない。

 普段通り途中休憩を取りながら探索をしてたどり着いた百八階。

 変化があったのはこの階でだった。

普段なら五十階ごとのはずの大型モンスターが現れて、いつもならある階段もない。

「どういうこと……?」

 思わずつぶやくけど私しかいないんだから答えがあるはすもない。

 まぁ、しょせん一撃必殺なんだから大型でもかまいませんけども。

 ディノお手製魔術具で一撃……って、あれ? 命中したはずなのに倒せない?

 初めての事態に小首をかしげる。なんでだろうと考えていると、なんかもっさりした雰囲気の巨大な――たぶん全長二十メートルくらいはある――くまのぬいぐるみもどきが、ずしんっと足音を響かせる。

 あ、こいつ歩けるんだ? 足の裏の肉球に文字が刺繍してあるとか芸が細かいなぁ。なんて書いてあるんだろ?

 頭上に迫った足の裏を見上げながらそんなことを考えて……。

 ……って、踏まれるし?!

 我に返って慌てるけどもう逃げる余裕もない。とっさに両手で頭をかばうのが精一杯。踏み潰されるのを覚悟したけれど、次の瞬間服のポケットからやたらとまぶしい光があふれた。

「……さすが。本当、頭上がんなくなっちゃうなぁ」

 思わず苦笑いになったのは、いつの間にかディノが服のポケットに潜ませていたらしい魔術符が発動したおかけで助かったのだと気付いてからだ。

 ディノ謹製なだけあって、内側から外側への攻撃は通す癖に、外部からの攻撃は魔術符に込められている魔力と内部にいる人間の魔力が尽きるか、符を破いて破棄するまで一切通さないという素敵仕様。

 さすがにこのクラスの攻撃まで防いで小ゆるぎもしないとかどんだけの性能にしたのか問い詰めたい気もするけれど。

 結界ごと私を踏み潰そうとがんばっているくまの足の裏を見上げるとそこには「君が大好きなパパとママより」の文字。

 …………ちょっと待て?!

 嫌という程見覚えのある文句は定型文だから、可能性があるってだけの話でしかない。でも、よく見ると毛色がくまこそっくり……?

 いやでもまさか、ねぇ?

 この位地からだと足と足の裏くらいしか見えないし、なんとも言い難い。確かめるって言ったってなぁ。片足を結界の天井に乗せて体重かけてきてるし、反対の足の裏見るのはおおごとだろう。

 ん? 片足あげてるってことは、軸足に膝かっくん決めたらすっころばないかな?

 思い付いたら即実行。さっきノーダメージだったし、今回は七割の威力で派手に爆発するように仕込んでみよう。狙いはくまもどきの軸足の膝裏っと。

「いっけーっ」

 必要ないけどのりでかけ声とともにディノお手製魔術具を発動させると、意図した通りに相手の膝裏に回り込んで豪快に爆発。馬鹿でかいくまもどきがゆっくりとあおむけに倒れた。

 というか、かなり本気の攻撃だったのに目立ったダメージなしか。倒すとなると大変そうな相手かもしれない。

 そしてさらされた足の裏には「誕生日おめでとう漣葉」の文字。

 …………。

「紅ぃ?! なんの冗談だっ?!」

 声が耳に届いてから自分が叫んだことに気付いたなんて、初めての経験かもしれない。

 この塔に現れる魔物はすべて私の世界に存在した物だけど、私に直接関係する物は現れない。

 あいつは確かにそう言った。それが決まりなのだと、私が倒すことをためらわずに済むよう、攻撃できなくて危険な目にあわないようそうしてあるのだと。確かにこれまで一度たりとも私が使っていた物そっくりな物や愛着のあるものなんかは現れなかった。

 なのになぜ、私があの人以外ではもっとも大切にしていたくまこがここにいる?! しかもこんな馬鹿げたおおきさでっ!

「次会ったら覚えてろよ……」

 あの人が聞いたら、がらが悪いよ、とたしなめられそうなうなり声がこぼれる。

 なんか、生まれて初めて本気で殺意覚えたかもしれない。

 普段は素通りできていた大型の魔物なのにわざわざ階段を隠しているということは、倒せという意味だろう。わざわざ人の逆鱗だと知って踏みつけてきたんだ。相応の覚悟はあってのことだよね?

 次会ったら全力で攻撃する。絶対やる。魔力切れで倒れるまでぶち込む。

「いいじゃない、やってあげるわよ。次はあんただからね」

 どうせどこかで様子を見ているに違いない相手に向かって宣言してから、自分が笑っているのを自覚した。人間、怒りが突き抜けすぎると笑えてくるのかもしれない。

 これまで、制御に不安があるからと封印してきた左腕の手甲も解禁で本気出してくれるわ。何が起ころうが知ったことか。


――――――――


 手甲の本領は装備者の身体能力と魔力の底上げと効率化にある。つまり、すべての行動において最小の力で最大の効果を発揮できるようにしてくれるわけ。ただし、その効果を使えば使うほど気力体力が削られる。もちろん魔力の消費も半端じゃない。

 だから、ディノは危険だから本当に危ない時にだけごく短時間に抑えて使う以外には発動させるなと言っていた。

 でも、今回は仕方がないと思う。他の攻撃手段がほとんど効果なかったわけだし、こいつ使ってもけっこう手こずるほど厄介な相手だったし、ね。

 首を集中狙いして頭を跳ね飛ばすなんて倒し方をしたのは、くまこの首に小さなほつれがあるのを知っていたからだ。直さないとと思っている間にこっちに飛ばされてしまったのだから、間違いない。

 頭をなくしたくまこが他の魔物同様消えて行くのを眺めていると、なぜか数歩離れた場所にドアがひとつ現れた。

 このまま対面しようってなら紅もいい根性してる。

 薄く笑ってドアに視線を向けていると、ゆっくりと扉が開き始めた。

 さて何を言ってやろうかと思いつつ、手甲は解除せずにいたけど、ドアから現れた人影を認めて目を見開く。

「……え?」

「……って?」

 現れた人も私を見て同じようにかたまった。

 懐かしいいくらか茶色味をおびた黒髪と、覚えているよりもしっかりとした体つき。でも顔は少しやつれたようにも見えて、なんでか知らないけど喪服なんて着てる。けど間違え様もない。間違えられるわけがない。

「本物?」

「幻覚?」

 声が重なってうまく聞き取れなかったのか、目の前にいると信じられなかったからなのか。

 つぶやいたきり沈黙が落ちた。

 しばらくの間、お互いに何か言いかけては言葉につまるのを繰り返した。

 そんなことを一体何度繰り返したのか。

「漣?」

 懐かしい声が、少し困っているような声音で私を呼んだ。

 もう二度と呼ばれることはないと思っていた名前を、聞くことができなくなったとあきらめた声で呼ばれ、涙があふれた。

「和希っ」

 声と同時にわずかの距離を駆け寄って抱きつくと少しきついくらいに抱きしめられた。

「……まったく君って子は……」

 懐かしい声と手のぬくもりに、初めて感じる抱きしめられる感触。

 この人は絶対に私に触れなかったのに、今はなにかを確かめるようにしっかりと腕の中に抱き込まれていた。

 それだけのことが、確かにこの人の抱えていた病気が治ったのだと教えてくれる。優しいこの人が自分で課した制約を破る理由はそれしか思い付かない。

 だから、これが夢でも、わずかな時間だけの奇跡でも、かまわない。かなわないとあきらめていたのに、この人に抱きしめてもらえるだなんて、こんな幸せなこと他にない。


「まったくもぅ……。酷い顔だよ?」

 私が泣き止むまで黙って抱きしめていてくれた和希が苦笑いで私の頬をぬぐう。

 その目が赤いのもうっすら涙のあとが残っているのも気付いていたけど口にはしない。きっと、指摘したらすごい毒舌が返ってくるだけだし。

「というか、これどういうことなの? 僕、君の三回忌に出るところだったんだけどね?」

「ええっ?!」

 思わぬ言葉についすっとんきょうな声を出してしまった。

「……もうそんなにたってるんだ」

 帰らないと決めたあの日以来、あんまり日付を考えたくなくてわざと意識の外に置いていたから、改めて言われると随分たっているようでもあるし、まだその程度だったのかという気もする。

「あのね? 僕は漣が君らしいけど笑えない死に方をした後、通夜も葬式も初七日も四十九日も一回忌も出たんだよ? そして今日、三回忌の会場でトイレから控え室に戻ろうとドアを開けたらこの状況なんだけど。一体何がどうなってるの?」

 笑顔の裏で怒ってるらしい和希の言葉にどう答えたものか悩んでしまう。なんだか色々あり過ぎてなにから話していいのかわからない。それに、なんで和希がここにいるのかは私にもわからないから説明のしようがないし。

「ええと……」

「漣、君は生きてるよね? これが夢でしたとかなったらさすがに僕ももう限界」

 らしくない弱音とともに和希が私の肩に額をよせた。

「何度、漣が死んだなんて悪い夢だったって、そう思った瞬間目が覚めるなんていう酷い夢みたと思う?」

 答えようがない問いに、答えがあると思っていないのか和希が小さく笑った。

「夢でね、漣が笑ってるんだ。幸せそうに笑って、和希が元気になったからやっと一緒にいられるねって。そうだよって答えると、目がさめて、君はいない。一体何回そんな夢見たのかもう覚えてないけどさ。

 ……さすがに、覚えてるより成長してる君が僕を見て、間違いなく長いこと離れてた後突然再会したらこんな反応だろうなって反応してくれて。名前呼んで泣きながらしがみついてくるし、抱きしめたらなんかあり得ないくらいリアルな感触があるし、これまで夢だったらおかしくなっても許されると思うんだけど」

 わずかに笑みを含んだ声で告げられた内容に唇をかむ。

 こうなる可能性を想像しなかったわけじゃない。私は長い時間をかけてゆっくりと失う覚悟を決めたけど、この人は突然だったから。絶対にあり得ないと思っていたまさかの逆転に、心が追いつかなくて苦しめてしまうんじゃないかって、心配だった。

 紅の言葉を信じるしかないとわかっていたけど、不安に思っていたことが現実になるとやっぱり申し訳ないし辛いのにどこか嬉しい。この人にそれだけ大切にしてもらえてるんだっていうのがわかって、それが嬉しいなんて酷い話だと思う。

「漣? せっかく会えたのに声聞かせてくれないの?」

 顔をあげた和希が私の目をのぞきこむようにして言ってくる。私の名前を呼ぶ声が優しくて、それだけのことが泣きたくなるほど幸せだなんて知らなかった。

「ごめん、なんか今ものすごく幸せかも」

「君は離れても幸せだった?」

「和希がすごく私のこと好きでいてくれたってわかったから」

 もう一度抱きつくと、少し眉をひそめていた和希が笑う。世に言う天使の微笑みっていうやつだ。きらきら輝く笑顔だなんてこの人以外だと本当に小さな子供くらいしかやれないんじゃないかな。

「君がかわいいこと言ってくれたから僕も幸せだよ」

 甘い声と共に額に唇が降ってきた。

お読みいただきありがとうございます♪


ご指摘いただいたので、この話の補足などを少し。(2014/07/05追記)

あれは紅=神様からのご褒美というか、ミュルカの願いが「和希(残してきた恋人)の幸せ」で、でも和希はミュルカがいないと幸せになれないという矛盾解消のために無理をやらかしたわけですね。

お互いに執着してる相手を一つの世界にまとめちゃえば妙な影響が出る可能性もつぶせるし、彼をこちらに呼び寄せるのは、ミュルカに課した「二度と帰れない(ゆえに二度と和希には会えない)が、死ぬ事は許さない」という条件に抵触しないから。という完全な屁理屈ですw

ぬいぐるみのくまこは和希を異世界に渡すための生け贄に使われました。

もちろん、この後紅と手を貸した方はお叱りを受けますが、幸せそうな二人を見て結構満足している、という流れになりますね。

世界消滅エンドではないのでご安心を。


これにてIF編、後日談ともに終了になります。


長い間のおつきあい、ありがとうございました♪



水瀬柳名義で別作も書いています。よろしければお読みくださいませ。

「逆ハーレムフラグ叩き折ってみました。」シリーズ

http://ncode.syosetu.com/s9381b/


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